三話
難産でした……
そしてやっぱり定まらないレジフの喋り方orz
浮遊感が終わる。
硝子製や陶器製の物が砕けたような音と同時に、足が地に着いた。
閉じていた目を開ける。
魔法陣のすぐ外で、招くように両腕を広げていた緩やかなウェーブのかかった長い金髪の女性が、嬉しそうに微笑んでいた。
左右に視線を滑らせると、質のいい布や見事な細工の台座の上や周囲にきらきら輝く破片が散っている。砕けた音の元はあれららしい。
大方召喚された時の俺の魔力に耐え切れなかったんだろう。元に戻すのぐらい簡単に出来ると思うが、今はまだ放っておく。
ここはどうやら神殿の一室らしく、窓から入る光で室内は明るい。昼時あたりか?
いるのは神官らしき服装の男が二人。その二人に囲まれている細かな刺繍の施された上位神官らしき服装の男が一人。騎士服を着た男が四人と女が一人。やたら豪華な服を着た男女が一人ずつ。恐らく国王と王女だろう。この国の王妃は既に故人だった筈だ。そして、広げていた腕を下ろしたものの、まだ満面の笑みを浮かべている美女一名。
俺の中の知識が正しければこの美女は……
「私の召喚に答えてくれてありがとう。当代にして初代と同じ行いをしている魔界の王」
「……理解してなお、俺を選んだのか」
「そうよ。私はこの世界の女神エリスアーカンジェラ。この世界を生み出し、維持し、見守る者。――あなたも本来ならそうなのよ?初代の力と知識を受け継ぎ続ける魔界の王」
威厳のある声音で名乗りをあげた後、とんでもない発言をかましやがりました、この女神様。
後ろで絶句してる人間達の存在を忘れたのか、それとも故意に聞かせているのか、女神は世界の始まりを語り出す。
俺の中にある知識と力の、本来の持ち主と二人で人間界と魔界を作った事。女神は人間界を、もう一人は魔界を、それぞれ維持し、見守る事にした事。俺が魔界でやっているように、魔王の魔力で魔界を豊かにしていた事。ある時突然魔王は消え、知識と魔力のみが残されていた事。そして数百年後、それを受け入れる事が出来た存在が、その力と知識を持って人間界に攻め入った事。人間達の嘆きと、崩れかけた世界のバランスを保つ為に、器を壊せる調停者(後の勇者)を選定し、地上に送った事。
「それから、何百年も何千年も、どれだけ器を壊されても初代の知識と魔力は新しい器に受け継がれ続けていった。……当然よね。もとをただせば、彼も私と同じ創世の神にして世界を支える一柱。その消滅は、世界の崩壊を意味する」
「……女神一人では、支えきれないのか?」
「無理ね。仮に崩壊を防げても、今度は世界の運行に支障が出る。そして遠からず、世界は壊れる。――当代の魔王が、初代みたいな人でとても嬉しいわ。だから、あなたを選んだの」
「俺に否やはないが……後ろの人間達はどうかな」
「?あなた達の望みどおり、地上で暴れてる魔王を倒す勇者は召喚したわよ。何か問題がある?」
くるっと後ろを振り返って首を傾げる女神様。どうやら本気でわかってないらしい。
今まで憎悪の対象だった魔王が実は二人いて、地上で暴れてる方が偽物ってだけでも信じられないだろうに。魔界から本物の魔王が勇者として女神に召喚され、さらにその魔王が女神と同種の存在でしたとか、神殿関係者が残らず発狂してもおかしくないんじゃなかろうか。
そんな事を考えていたものだから、反応が遅れた。
胸倉を掴まれて引き寄せられ、咄嗟に踏ん張れずに上体が前に倒れる。
で、何が起こったかといえば……問答無用で女神様にちゅーされました。
なんかとんでもない量の力が流れ込んできたんですけど、これ、あれか?勇者に与えられる女神の祝福とか言う奴か?いいんだろうか、魔王の俺に与えちまって。
「問題ないわ。だってあなたは当代の魔王であると同時に、私が選んだ当代の勇者でもあるもの」
輝かしい笑顔で宣言して、女神様はあっさり消えた。世界を見守る存在が、あまり長い間ひとつの国に出現し続けるのは色々とまずいらしい。
女神様があっさり消えた室内にはどうしようもないぐらい重たい沈黙が流れてる。
とりあえず、砕けた祭具っぽいのを直しといてやりますかね。女神様から放り込まれた力なら余計な効果はつかないだろ。
パチンと指を鳴らすとビデオテープとかを巻き戻したように砕けた破片が寄り集まって元の形に戻った。余計な効果はつかないだろうと高を括ってたら、どうも力の配分を間違えたらしく祭具がパワーアップしやがった。慣れるまではこっちもかなり細心の注意を払って揮った方が良さそうだ。
「……来い」
パワーアップした祭具のおかげで、召喚の円陣にも魔力が満ちていたから利用させてもらう事にする。魔大公四人に呼びかけたら、即座に応じてきましたよ。待ち構えてたのか?お前ら。
警戒を強めた騎士達に気付いてないわけなかろうに、四人は綺麗にシカトして俺の前に跪く。何気に四人とも本気装備でした。小1時間ぐらいであっさり片つきそうだな、おい。
「お呼びにより、参上いたしました。陛下」
「……で、バカ共はどこです?」
「気が早いぞ、レジフ」
きょろきょろわざとらしく周囲を見回して、警戒してる騎士に喧嘩を売りそうなレジフはアディスが窘めてくれた。頑張れ唯一の常識人。
イデアとアースラは周囲を見回して事情を飲み込んだらしく、非常に面白そうな顔をしている。頼むから喧嘩ふっかけるなよ。
「人間界には久々に出てきましたが……全く変わり映えしませんねぇ。陛下、転移で本拠地に乗り込んでさっさと終わらせて帰りましょう。料理長に陛下がお留守では作り甲斐がないとぼやかれてしまいました」
「私には香辛料の調達をしろと言ってきたぞ、あの女」
「おや、頼りにされているではないですか。アースラの舌は厳しいですからね。では、さくっと片付けて、どこかの市場で香辛料を見て帰るとしましょうか」
「……エレノアへの土産を忘れるなよ」
とっとと帰る算段をしているイデアにぽつりと付け加える。途端に雪花石膏のような白い肌がぱっと赤くなった。何故そこで赤くなる。
城で料理長を務めているエレノアは、ハーフエルフ。それもエルフとダークエルフのハーフと言う極めて珍しいハーフだ。どう言う経緯でそうなったのか、馬に蹴られたくはないから必要以上に首をつっこんでないのでわからないが、今はイデアの妻でもある。
ちなみに普段はそうは見えないが、イデアの方がベタ惚れだったりする。
「光物の類はともかく、新しいレシピ集や衣服などは喜ばれるのではないか?」
「木彫りの髪留めとかも良さそうだよな。料理の時に髪が邪魔だって前言ってたし」
「何でアディスが知ってるんです、そんな事」
「軽食を作ってもらった時、ぼやいてたのが聞こえたんだ」
メラメラ嫉妬の炎を燃やし始めたイデアにアディスがあっさり答える。放っとくと大変な事になるからなぁ。エレノアが関わると途端にいつもの完璧人間っぷりがガラガラ崩れるのは面白いが、気をつけないと嫉妬の炎に炙られる。
さて、何時までもじゃれてないで、さっさと終わらせるとするか。俺もエレノア料理長の料理が食べれないのは寂しいからな。美味いんだもん、あの人の料理。味噌とか醤油があったらぜひ日本食を作ってもらいたい。米とか大豆とか、どっかに原種ないもんかねぇ。見つけたら品種改良を頼んでいつでも米が食べれるようにしたいもんだ。
「……行くぞ」
『はっ!』
「お待ちください!」
大掛かりな転移の魔法陣を展開した所で、待ったがかかった。
誤字脱字の有無は一応何度も見直してますが、見落としていたらご一報くださいませ。