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「まったく、やってられないわ」


 キセンセシルはぼやいた。卒業記念パーティは一生に一度。それを中座する羽目に陥ったことが面白くない。その原因の王子クースデルセには腹立たしさを感じる。婚約破棄できたのが唯一の利点だった。

 パーティ会場を出ると、その足で会場に隣接の使用人待機所に入って行く。普通なら係員に言って呼び出して貰うのだが、キセンセシルは頓着しない。ほぼ無視された係員はおろおろだ。

 待機所にも会場に並んでいる料理のような豪華さは無いものの、軽食が用意されていて、使用人達は主を待つ時間を、それを抓みながら談笑などをして過ごしている。そんな彼ら、彼女らに緊張が走った。ざわっと一瞬のざわめきの後、静まり返る。ここには来ない筈の貴族令嬢が来ているのだから身構えもしよう。

 そんな中でも気にせず軽食を頬張る女性が居る。キセンセシルはその女性の後ろに立った。


「メーサ、帰りますわよ」

「ん、が、ん、ぐ……」


 飲み込もうとして喉に詰まらせ、どどどどどと胸を叩くメーサ。残念感が漂っている。

 この主にしてこの使用人だ。メーサの方が少し年上なのを考慮するなら、この使用人にしてこの主かも知れない。確からしいのは、主の方が胸の叩き方が上品なことだろうか。

 キセンセシルも溜め息だ。


「メーサ……」

「ぐはぁ! 死ぬかと思いました」


 詰まったものをどうにか飲み込んだメーサは大きく息を吐いた。

 キセンセシルも呆れ声を出す。


「貴方ねぇ……」

「もう大丈夫です。参りましょう」


 メーサはつい今し方のことが無かったかのようにキリッとした表情で言った。





 馬車に乗った帰り道でメーサは言った。


「お嬢様、ご活躍でしたね」

「見ていたの?」

「はい。お声は所々しか聞こえませんでしたが、お嬢様の婚約破棄宣言はしっかり聞こえましたよ」


 使用人待機所を囲う塀には隙間が有り、パーティ会場の様子を覗えるようになっていた。主が全く見えない場所では気が休まらない使用人も居るためだ。

 メーサはそうでもない方だが、クースデルセがキセンセシルの名を叫んだ瞬間に壁に張り付いた。心沸き踊るトラブルの予感だ。

 沸き踊ってどうするのかと言う話だが、それはそれである。


「それなら良かったわ。あれで噂の種としてどうにか五分に持ち込めたかしらね」


 良かったと言うのは、婚約破棄宣言が使用人待機所にまで聞こえたことに対して。声はパーティ出席者全員に届いたことだろう。聞き逃した人については気にしても始まらない。

 気になるのは名誉的なものが客観的に五分に持ち込めたかどうかである。


「いえ、婚約破棄についてだけなら8:2でお嬢様が優勢との結論に達しました」


 答えは直ぐに得られたが、キセンセシルは「結論」との言い方に少々違和感を覚えた。だから問う。


「その数字はどこから出たの?」

「各家の使用人と一緒に意見を纏めました」

「そうなの? 使用人同士で仲がいいのね……」


 キセンセシルが最も関心を惹かれたのはそこだ。メーサの交友関係は意外に広いらしい。


「はい。使用人は情報が命ですから」

「命ねぇ……」


 ジト目になるキセンセシルである。余所で何を言われているか判ったものではないのだからジト目にもなろう。

 しかしメーサはその懸念を察したらしい。使用人はみんなしっかりしているのだと主張する。


「勿論、みんな機密情報は話しませんよ? 待遇の愚痴なんかは聞きますけど」

「メーサも待遇について何か言ってるの?」

「そんなの、言ってなるものですか。迂闊に話したら、コンヤハーキ家に優秀な人が来ちゃうかも知れないじゃないですか。そのせいでクビにでもされたら藪蛇です」

「ちゃっかりしてるわ」


 揶揄を返しながらも内心で安堵するキセンセシルだ。

 しかしそんな内心の動きなど、メーサにはお見通しらしく、にへらと笑顔を向けられる。


「恐れ入ります」


 キセンセシルは察して貰って有り難いのが半分、見透かされて悔しいのが半分で、何となくこの話を引っ張る気にならなくなり、話を変えた。メーサの話の中には他にも少し引っ掛かった部分が有ったのだ。


「それはそうと、さっきは『婚約破棄についてだけ』って言ってなかったかしら?」

「あー、気付かれちゃいましたかー」

「何よ、その、気付いちゃいけないことに気付いたみたいな反応は?」

「気付いちゃいましたかー」


 棒読みだ。メーサはうやむやにしようとしている。

 しかしキセンセシルははっきりさせなければ落ち着かない。


「勿体付けずに早く言いなさい」

「そうおっしゃるなら仕方ありません。実は、お嬢様の高笑いはそれはそれはインパクトが強うございました」

「仕方ないじゃないの!」


 自分でも少しやり過ぎだったかと思いつつも、あの時は堪え切れなかったキセンセシルである。


「加えて、殿下を泣きダッシュに追い込む手腕」

「あれは殿下が自滅しただけだから!」


 隙だらけの論理を組み立てたのだから自滅に違いないと、キセンセシルは考える。


「そうかも知れません。いえ、そうなのでございましょう。しかしお嬢様の武勇伝となったことに変わりはありません」

「だったら何なの?」


 勿体付けるメーサに、ちょっとだけ切れてるキセンセシルである。

 そしてさすがのメーサもこれ以上遠回しにするのを諦める。


「今後、お嬢様に縁談が来るかは些か怪しいかと存じます」

「駄目じゃん!」


 キセンセシルははしたなくも叫んだ。


「はい。駄目駄目でございます。それを勘案すると、2:8でお嬢様の敗北との結論です。8割の確率でお嬢様は生涯独身でいらっしゃると言うことでございますね」

「ひえっ!」


 そこまで含めて五分と考えていたキセンセシルには少々衝撃的過ぎる話であった。

 そんな彼女の将来はと言うと、強がりが得意になったとかならなかったとか。


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