番外編 「ブラック」
ブラック企業を電撃退職した俺は、あの公園へと向かっていた。
喉を潤すため、途中自販機で缶コーヒーを購入する。
だが、途中で釣銭口に指が挟まるという情けないアクシデントに見舞われてしまった。
……再就職には失敗しまくるし、指は挟まるし、なんて日だよまったく。
おかげで、俺は公園に向かうのがほんの少し遅れてしまった。
「ん? なんだあの大騒ぎは?」
公園に辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、派手な全身スーツを纏った正義の味方ジャスティースの三人が、悪の組織MASKの女幹部ドヴァーに圧倒されている光景だった。
「くっ、なんて鞭捌きなの! これじゃ近寄れないわ!」
「ふふふ、正義の味方も形無しですね! これで終わりです!」
容赦なく振り下ろされる、ドヴァーの鋭い鞭。
その時、俺の中に眠っていた僅かな正義感と、ブラック企業で培われた不条理への条件反射が、俺の体を戦場へと突き動かした。
「危ないッ!!」
鋭く風を切る鞭。
だが、レッドたちに届く直前――俺は驚異的なステップで割り込み、その鞭を素手でガシッと掴み取っていた。
「なっ!? なんですか、あなた!?」
マスク越しでも分かるほどドヴァーは慌てふためいている。
ちょっぴりマッチョとはいえ、一般人が素手で幹部の武器を正確にキャッチするなんて想定外もいいところだろう。
「ぐ、ぐぬぬ……! 思わぬ邪魔が入りました、今日のところは引き上げです! 覚えておきなさい!」
動揺した彼女は、慌てて手下を連れて撤退していった。
「う、うおおおお! すげえええ! お前、一体何者だ!?」
目を輝かせて駆け寄ってきたのはレッドだ。
ブルーとイエローも呆然としている。
「あの鞭を素手で掴み取るなんて、只者ではありませんね」
「あ……いや、ただの通りすがりの元会社員ですが……」
頭を掻きながら、俺は正直に答えた。
「わぁ~、すっごい筋肉! 本当にあなた素人?」
イエローが俺の身体をまじまじと見つめながらにこやかに微笑む。
面と向かって肉体を褒められるのは嬉しかったが、流石に少し恥ずかしくもあった。
「……決まりだ! あんた、今日から俺たちの仲間になれよ!」
「えっ!? お、俺が!?」
呆気にとられる俺の肩をバシバシと叩きながら、レッドがニカッと笑う。
「僕もいいと思います」
「あなたみたいな人が居てくれると頼もしいよね!」
どうやら他の二人も乗り気のようだった。
「四人目のジャスティースだ! 歓迎するぜ!」
こうして俺は、高い身体能力と屈強な肉体を認められ、追加戦士「ジャスティース・ブラック」として迎え入れられたのだった。
「漆黒の不条理をぶち破る漢! ジャスティース・ブラック!!」
黒のヒーロースーツに身を包んだ俺は、今日も今日とて最前線で大暴れしていた。
三人とのチームワークは抜群。
ブラック企業の過酷なシフトに比べれば、ヒーローのスケジュール管理なんてホワイトそのものだ。
戦った後にみんなで食べるラーメンは、最高に美味かった。
一方、俺という強力な追加戦士が入ったことで、MASKは大苦戦を強いられていた。
「くっ、おのれジャスティース・ブラック……! 一般戦闘員ではまるきり歯が立ちません……!」
「まさか四人になるとはね、完全に予想外だよ」
もう一人の幹部であるアジーンが、ドヴァーの鞭をメンテナンスしながら呟いた。
前線に立つドヴァーは、毎回ボロボロになって撤退していく。
雑魚戦闘員の数を増やして立ち向かってくるも、俺たちの前ではまるで紙くずのようだった。
結果的に一人で俺たち四人を相手にする形となるため、彼女の戦力的負担は凄まじかった。
今のMASKは、慢性的な人手不足と戦力不足に陥っていた。
「こうなったらボクも出るしかないね!」
「もはや手段を選んではいられません。頑張りましょう、アジーン!」
「ふふふ、科学の力を見せてあげるよ!」
小柄な天才科学者は、鼻息荒く胸を張った。
ついに最終決戦。
MASKのアジトに突入した俺たちの前に、ドヴァーとアジーンの幹部コンビが立ちはだかった。
「いくぜ、MASK! お前たちとの因縁もこれで最後だ!」
「大口を叩いていられるのも今のうちさ、ボクの頭脳と科学の全てを尽くして君たちを倒してみせるからね!」
レッドが吠え、戦いのゴングが鳴り響いた。
すかさずアジーンが白衣のポケットに手を突っ込むと、小さなスイッチを取り出してポチリと押した。
辺り一面に強力な重力場が発生し、ズシリと身体が重くなる。
「特製・超重力バリアー! ふふん、これならブラックの怪力も防げるはずさ! いくよドヴァー!」
「私の鞭とアジーンの電磁エネルギーのクロスアタック、受けてみなさい!」
丸く整えられたプラズマ・エネルギーの塊が、ドヴァーの鞭で散弾銃の如くこちらに降り注ぎ、幹部二人の息の合ったコンビネーションが炸裂する。
――だが!
「ぬおおおっ! ブラック企業時代の徹夜残業に比べれば、この程度の重力……ただの肩凝りだぁぁぁ!!」
「フンヌッ!」と筋肉に力を込め、超重力バリアを物理的にブチ破る。
電撃に至ってはまるで電気マッサージだった。
「う、嘘だろ!? ボクの最新科学が精神論に負けたっていうのかい!?」
「よし、狼狽えてる今がチャンスだぜ!」
レッドの合図で、四人が正義の大砲を組み上げていく。
「「「「スーパー・ジャスティース・バスター!!」」」」
必殺の光の奔流が、MASKの二人を捉える。
ドッカァァァァン!!
「いやぁぁぁ!!」
「ボクのデータにないよぉぉ!!」
情けない叫びを上げながら二人の幹部は派手に吹き飛び、地面に突っ伏した。
「やったぜ、ブラック!」
「素晴らしい活躍でしたね、ブラック!」
「ブラックさん最高ー!」
三人が駆け寄り、俺を囲んで大歓声を上げる。
世界に本当の平和が戻ったのだ。
俺たちはヒーローとして、最高の勝利のポーズを決め――
「……くん……んくん……戦闘員くん、起きてください」
「ふがっ……」
心地よい揺さぶりでハッと目を覚ます。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたMASKの執務室。
そして俺の目の前には、仕事用の眼鏡をかけ、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる最愛の上司の姿があった。
「あ……ドヴァー、さん……?」
「大丈夫ですか? ずいぶんと険しい顔をして、うなされていましたよ。よほど怖い夢でも見たのですか?」
慌てて身体を起こし、自分の体を見る。
いつものMASK戦闘員の服装だ。
「へぇ、キミが居眠りなんて珍しいじゃないか」
執務室のドアの隙間から、アジーンがひょっこりと顔を覗かせていた。
「戦闘員クン、働きすぎで脳がバグっちゃったんじゃない?」
などと言いながら、クスクスと笑っている。
――夢、だった。
俺がジャスティース・ブラックになってドヴァーさんと敵対し、MASKを壊滅させる夢。
「ぷっ……くくっ……あはははは!!」
思わず大声で笑い出してしまった。
突然のことに驚いたドヴァーさんとアジーンが顔を見合わせる。
ドヴァーさんは心配そうに俺を見つめ、アジーンは俺の様子に本気で引いている。
「いきなり笑い出すなんて、これは重症かもしれないよ。まさか本当におかしくなっちゃったのかい?」
「何言ってるんですかもう、あなたじゃあるまいし……戦闘員くん、具合が悪いなら医務室に……」
「なんならボクが見てあげようか?」
……危ないところだった。
もしあの日、自販機に寄り道していたら。
あの公園に行くのが、ほんの少し遅れていたら。
俺はドヴァーさんに一目惚れせず、この温かくて最高の職場に居なかったかもしれないのだ。
まったく、冗談じゃない。
「ドヴァーさん。俺、この組織に来られて……あなたに出会えて、本当に幸せです」
「な、なんですか急に……戦闘員くんったら……!」
真っ赤になって頬に手を当て、ソッポを向くドヴァーさん。
アジーンが口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「おやおやぁ、ボクが居るのも気にせず愛の告白かい? お熱いことだねぇ」
「もうっ、アジーン!!」
茶化すアジーンに、ドヴァーさんがいつものようにぷりぷりと怒って見せる。
その光景を見て、俺の心には温かな気持ちが一気に蘇ってきた。
やっぱり、俺のいるべき場所はここだ。
もしもの可能性なんていらない、夢の中のヒーローなんて俺にはお門違いだ。
俺はこのMASKで、ドヴァーさんの「戦闘員くん」として、これからも最高の毎日を歩んでいくのだ。
今回で本作は完結となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




