終章 朝食
復生院に、食堂ができた。
死者を置く建物で食べるのは不謹慎だ、と会議で反対された。
「生きている人は、お腹が空きます」
僕は言った。
決裁書の余白には、ユリウス王子の字が残っている。
ノアの説明は長い。腹が減った。食堂を作れ。
それで通った。
*
三か月が経った。
ラウルの審理は続き、ユリウス王子が暫定統治をしている。
復生は、件数を絞って再開している。
白花互助会は封鎖された。死ぬとは聞いていなかった十七歳のネラが、最初に自分の札を割り、新しい契約書の読めない言葉を一緒に消した。
王宮地下の旧鐘は舌を外し、音道を石で塞いだ。
僕は、掌の拒否を見ながらハンナの鐘を止めなかったため、半年の資格停止を受けた。
処分には争わなかった。
僕の執行資格は、あと三か月戻らない。
今は相談記録を取る。
鐘の縄には触れず、その前に書かれた紙を読む。
鐘室は、復生院と三法官の鍵が揃わなければ開かない。
撤回された札はその場で割り、二人の見届け人が欠片を一つずつ保管する。
新しい用紙でいちばん大きい欄は、日付でも署名でもなかった。
本日は決めない。
今日の家族は、死後四日目だった。
妻を亡くした男。
代命人になると言う、男の妹。
母親が食堂から戻ると思っている、二人の子供。
妹の手首には赤糸が巻かれている。
結び目は、まだ作られていなかった。
「明日の夕方でも、間に合いますか」
男が聞いた。
「間に合います」
「明日、こいつが嫌だと言ったら」
「命札は使いません」
「俺が怒っても?」
「使いません」
妹が、手首の糸をほどいた。
「今日も、嫌だと言っていいですか」
「はい」
「今日は嫌です」
僕は大きな四角へ印を入れた。
男は椅子から立たなかった。
妹も、先に部屋を出なかった。
二人で、ほどいた赤糸を見ていた。
「食堂で待てます」
僕が言うと、男がやっと顔を上げた。
「子供が、パンを三つ食べています」
「二人で?」
「一人で」
男は急いで部屋を出た。
妹が、その後を歩いた。
机には、赤糸が残った。
追いかけて渡した。
*
「ノア、朝食」
食堂から、リゼが呼んだ。
「この記録を終えたら」
「三か月、同じこと言ってる」
僕の机へ、湯気の出る杯を置いた。
苦い茶だった。
砂糖は入っていない。
砂糖の瓶は、リゼの肘の向こうに置き忘れられていた。
「手袋、しなくなったのね」
左手首の黒い輪は、そのまま出ている。
「はい」
「寒くない?」
「少し」
リゼは笑った。
食堂から、煙が出た。
マルタが選んだ大きな焼き窯は、一度に四十個焼ける。
今日は四十個とも焦げていた。
「塩、一杯って書いてあった!」
トマが厨房から逃げてくる。
三か月で、少し頬が丸くなった。
「匙の絵もあったでしょう!」
マルタが、配合帳を持って追いかける。
「飾りだと思った」
「何を飾るのよ!」
サラは厨房の窓を開けていた。
母子は来週、元の町へ帰る。
トマは学校へ行く。
マルタは厨房の札を、関係者以外立入禁止から、トマ立入禁止へ書き換えた。
食堂へ、さっきの家族が入ってきた。
子供が、トマの持つパンへ手を伸ばす。
「それ、しょっぱいよ」
「お腹すいた」
トマは焦げた端を見た。
「水も飲んで」
一つ渡す。
子供は齧り、顔をしかめた。
すぐに、もう一口食べた。
僕は記録を閉じた。
「やっと食べる?」
リゼが聞く。
「はい」
皿には、一つだけパンが残っていた。
形が悪く、端が黒い。
塩も多い。
手に取り、食べた。
まだ、温かかった。




