第2話 勇者の凱旋
そうして、尊い後輩の犠牲と共に休日を死守したチチェは人で埋め尽くされた大通りで勇者たちの凱旋を心待ちにしていた。
すでにパレードは始まっていて、通りの中心の道には楽器隊が楽しげな音楽を奏でている。
目の前を銀色の鎧を纏った王国騎士隊の騎士たちが真っ白な馬に乗り、行進してく。
(人すごいなぁ)
チチェは勇者御一行の凱旋パレードを見にきた人々の多さに感心してしまう。
(こんなんじゃ、手を振っても気づいてもらえなさそう)
ぎゅうぎゅうになった大通り、皆一様に騒いでいる。これではどれだけチチェが手を振ろうと叫ぼうとアロンは気づくことはないだろう。
そこは幼馴染の絆というやつで気づいてくれないかな、と希望的観測を持ちながらチチェはアロンが現れるのを待った。
――どんな喝采のなかでも、勇者には幼馴染の呼ぶ声が聞こえた。何年離れていようと、強い友情で結ばれた二人はお互いに必ず気づくのだ。
(そして二人は感動の再会を果たした!……うーん、涙なしには語れないね!)
チチェが一人で妄想にふけっていると、歓声が一際大きくなった。勇者とその仲間たちが近づいてきているようだ。
「婆さんや、あれが勇者様かのぉ?」
「うーん、みんな鎧着ておってわからんねぇ」
チチェは隣にいる老夫婦が首を捻っている様子を見て、口を挟む。
「違いますよ。勇者アロンの鎧は輝く白銀の鎧。どんなに鋭い矛にも、決して破られない。防りの祝福が掛けられた女神様からの贈り物です。聖剣が女神様から授けられたことは有名ですけど、鎧もなんですよ。意外と知られていないんですけど」
「へぇ、そうなのかい」
チチェは早口で澱みなく解説をする。老夫婦は感心したようにこちらを見ていた。
女神の勇者選定の時、チチェはまさにアロンの横にいたのだ。女神に選ばれて聖剣と鎧が授けられた瞬間もばっちり覚えている。
「ちなみに、アロンが乗る馬は角を折られた黒毛のバイコーン。最北の村で暴れていた魔物です。アロンが角をへし折って見事打ち倒したことで、従わせた魔物なんです」
こちらは吟遊詩人たちによって伝わってきた話だが、チチェは自信満々に解説した。
バイコーンは善良な男性を好んで食べるという恐ろしい馬の魔物だ。魔王城への道中、勇者アロンはバイコーンに襲われかけたそうだが、返り討ちにして今では自身の馬として酷使しているそうだ。なんとも逞しい勇者である。
チチェも幼い頃はヒョロヒョロのアロンによくちょっかいを掛けて返り討ちにされていた。懐かしい思い出だ。細いくせに意外と力があるのだ、アロンは。
「へぇ、あんさん、随分詳しいのねぇ」
「勇者のファンなのかね?」
老夫婦は突然話しかけてきたチチェに気を悪くすることなく、穏やかに話しかけてくる。
「いえ、私はただのファンではございません」
チチェはよく聞いてくれた!というように胸を張った。
「幼馴染です!」
そう堂々と告げると、チチェはチラリと二人の反応を見た。
「へえ、そうなんだねぇ」
「勇者様にも幼馴染はいるんじゃのぉ」
老夫婦は先ほどと同じように頷くだけだった。
(ちぇ…いつもだったらこう……。いや、しょうがないか…)
チチェは二人から思ったような反応が得られず肩透かしを食らったような気分だった。
しかし、目の前の老夫婦は勇者アロンの武勇伝には興味ないようだから仕方のないことなのかもしれない。
「そういえば、勇者様はえらい大男で、2階建ての家より大きいと聞いたねぇ」
「わしゃ女神の石像を片手で持ち上げれるくらいの力持ちの男前って聞いたぞ」
老夫婦の言葉にチチェは首を振った。
「違いますよ、お二人とも。確かに、勇者の見た目は筋骨隆々のハンサム説が出ていますが、それは違います」
自信ありげなチチェに老夫婦は微笑ましい目線を送っていた。チチェは充分な間をためると、一気に告げる。
「ズバリ、儚げ美男子!あの中性的な見た目は誰をも虜にしてしまうのですよ!」
アロンは幼い頃から女の子に間違えられてしまうくらい美しい顔立ちだ。
彼が旅立った七年前の12歳の時も、他の同年代の男の子たちは身長も体つきも村の男衆のようにがっしりとしていたのに、アロンだけは細くて身長もチチェと同じくらいにしかなっていなかった。
女神の聖剣の祝福によって、力は強化されているようだから、きっとあの細身のまま、美しい青年に育っていることだろう。
そうなんじゃのぉ、と老夫婦の気の抜けた相槌を聞いていると、パレードの奥から歓声が上がってくる。
ついに、勇者パーティーがやってきたのだ。
皆、そちらの方を見ようと押し合いへし合いを始める。
「キャー!勇者様よ!」
「アロン様!!こっち向いて―!!」
「聖女様もいらっしゃる!」
(うぐぅ…!熱狂が、熱狂がすごい!)
人の波に揉まれながらチチェも勇者パーティーを見ようと大通りの中心を見ようとつま先立ちをする。
「ん?あの人かね。勇者様は」
「本当だのぉ、黒い馬に、白銀色の鎧じゃ」
老夫婦たちは上手いこと見やすい角度を確保したのか、アロンが見えたようだ。
しかし、チチェの前には皆、背の高い人ばかりで壁のようになってしまって見えない。
しかも後ろからも押されるので、潰されそうだ。
(このままじゃ、アロンの顔も見えないまま終わっちゃう!!)
チチェも負けじと人込みをかき分け前に出ようとした。
「お嬢さん、お嬢さん、見た目が違くないかね」
「男前さんじゃのぉ」
勇者パーティーへの歓声の中で老夫婦がチチェに話しかける声が聞こえた。
「へ?」
良く聞こえなかった。
チチェは振り返ろうとした瞬間、人込みに押されバランスを崩した。
彼女は一気に人込みの前へと飛び出した。
「いっつ…」
人込みの前へと飛び出してしまったチチェは思いっきり顔面から大通りの石畳へと叩きつけられた。
(や、やらかした…!)
ただでさえ、人であふれかえった大通り、パレード隊が通る道幅は狭いのだ、とてつもなく進路の妨害をしてしまった。
鼻から暖かい血が流れ出るのを感じたが、そんなことを気にしている場合ではない。
チチェは急いで起き上がり、立ち上がろうとした。
「キャー!!」
その瞬間群衆から叫び声が上がる。チチェの真横で、巨大な黒い蹄が馬の嘶きと共に振り下ろされた。
「ひぃえ!?」
間一髪、あと少しでチチェの頭が粉砕されるような位置に馬の前蹄が降りた。
その地面が揺れる衝撃と、石畳が破壊される重い音にチチェは尻餅をつく。
パレードの進路の邪魔をしてしまった彼女はあと少しで巨大な馬に轢かれるところだったのだ。
「ブワッフ!!」
その場にへたり込んでしまったチチェの頭上から不機嫌そうな鳴き声と共に、生暖かい息がかかる。
「大丈夫か!」
真横で止まった馬から誰か降りてくるのが分かった。低い男性の声だ。
チチェの被っているフードでよく見えないが、ガシャガシャと鎧がなる音がする。
騎馬隊の人だろうか、チチェは起こそうと手を伸ばしてくれる彼の負担にならないよう、慌てて立ち上がった。
「だ、大丈夫です!失礼しました!」
「待ってくれ、血が出ている」
頭を下げて、その場を去ろうとしたが、目の前の彼はフードの中を覗いてきた。
「え?」
小さく息を呑む声が聞こえた。
「…チチェ?」
突然、名前を呼ばれた。驚いて顔を上げる。
「え?」
目の前にいたのは白銀の鎧を纏った黒髪の青年だった。
12時、21時、一話ずつ更新




