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第18話 無力な魔術師

※残酷描写アリ

 夢魔を殺す手段は、夢魔自体に魔術による攻撃を与えること、もしくは、取り憑いている生物ごと殺すことだ。


 つまり、()()()()()()()()()


 チチェの身体に夢魔がいるうちに、チチェごと殺せば夢魔は消滅する。きっとそれはアロンにとって簡単だ。


 夢魔が逃げ出す隙も与えず、チチェの首を捻るでも、頭を殴るでもすれば良い。


 それに、相手はチチェだ。邪魔で迷惑で、最低な幼馴染。


 チチェは泣きたくなった。意思とは無関係にチチェの足はアロンへと近づいていく。


 怖い。


 アロンの冷たい目が。暗くて何を考えているか分からない目が。


(殺されたくないよ……)


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 だが、チチェの足は止まらない。


「何が目的だ」


 アロンはチチェに――夢魔に向かってそう問いかけた。夢魔は嬉しそうに微笑むと歩みをアロンの目の前で止めた。


「アロンの身体が欲しい」


 チチェの身体は彼を上目遣いで見つめると、猫なで声を出す。目の前のアロンは不愉快そうに片眉を上げた。


「取り憑いて、ノットって、アロンをぐちゃぐちゃにしてブッ殺してあげる」


 夢魔は、チチェの手を突き出した。その手は鋭い破片を握りしめている。同時に、アロンも頭上に上げた手を動かした。


(殺される!)


 チチェは身構えた。しかし、一向に衝撃は来なかった。


「……っぐ」


 チチェの突き出した破片がアロンの腹に刺さっている。生暖かい血がチチェの腕を伝った。

 アロンの腹から血がボトリと垂れた。


(アロン……何して……!)


 アロンは抵抗していなかった。チチェの手にある破片を腹で受け止めていた。痛みに耐えるようにその拳は握られていた。


「ごっめ~ん、刺しちゃった」


 夢魔は更にその破片をねじ込む。ぐりぐりと肉をえぐる感覚が伝わってきてチチェは吐き気がした。


(抵抗してよ!なんで……)


 腹をえぐられる激痛にもかかわらずアロンは歯を食いしばり耐えていた。その目は真っすぐチチェに向けられている。


 彼は煽るような口調で嗤った。


「俺の身体が欲しいんだろ。早くしろ」


 チチェの腕は彼を黙らせるようにさらに破片をねじ込んだ。アロンは呻いた。


(止めて、止めてよ!)


 チチェの腕は自分の意のままに動いてくれない。肉を傷つける感覚が気持ち悪かった


(アロン、殺して、今なら殺せる!)


 腹を刺されようと、チチェを絶命させることなど、アロンなら簡単にできるはずだ。

 夢魔も反応できない速度で、頭を殴るなり、首をへし折るなりすればいい。神々から祝福を得ている彼なら簡単だ。


 なのに、彼は反撃しなかった。


「勇者って頑丈すぎてつまんね」


 夢魔は元の口調に戻ると、破片を引き抜き、投げ捨てた。アロンがよろめく。その瞬間、チチェの身体から黒い霧が飛び出した。


「お望み通り!オマエの身体をもらうよ!」


 黒い霧ーー夢魔の本体がチチェの身体から飛び出した。アロンに向かって黒い霧が襲い掛かる。


 瞬間、チチェに身体の主導権が戻った。チチェは咄嗟に腕を伸ばす。


「《止め……》」


 チチェが夢魔に呪いをかける前に、視界が白金色に染まった。

 途端、雷でも落ちたかのような轟音と衝撃が広がる。チチェはその場から吹き飛ばされた。




 煙と舞い上がった埃が晴れる。吹き飛ばされたチチェは廊下に打ち付けられた。


 目を開けると、王宮の回廊は半壊状態だった。太い柱は何本も折れ、床はえぐられている。

 その窪みの中心に、黒い泥のようなものが落ちていた。夢魔の残骸だ。


「ナゼ…」


 絞り出すような声で魔物はアロンに問うた。


 泥の前には白金色に輝く聖剣を手にしたアロンがいた。彼の手には持っていなかったはずの聖剣が握られている。


 チチェの身体から離れたほんの一瞬にアロンは聖剣で夢魔を斬りつけたのだ。その一瞬だけが、人質のチチェを犠牲にすることなく夢魔を殺せる隙だった。


「……」


 アロンは無言で夢魔の残骸に聖剣を突き立てた。泥は高く叫ぶと、黒く、灰のように蒸発を始めた。


「女神の聖剣は、俺が求めればいつでも現れる。残念だったな」


 アロンはそう言い放った。無慈悲に朽ちていく夢魔を見下ろしている。


「…マオウサマ…」


 夢魔はそう言って、ついに消滅した。


「……っつ」


 消滅を確認すると、アロンはその場に膝から崩れ落ちた。手に持っていた聖剣は光の粒子となって消えた。


「アロン!」


 チチェはアロンに駆け寄った。手で抑えているが、その腹からはドクドクと血が流れていた。


「治さないと!」


 チチェは利き手をかざそうとして、自分の手も血まみれでボロボロになっているのに気が付いた。

 夢魔が柱にチチェの拳を叩きつけていたときのものだ。チチェの指は折れ曲がり、肉が削れて骨が見えている。


 これでは使い物にならない。チチェはもう片方の手でアロンの腹の傷に手をかざした。


「お前、手……」

「こんなの、あとでいいから!」


 アロンが手を見てギョッとしていたが、チチェの手なんて気にしている場合ではない。


「《治癒せよ》」


 チチェは腹の傷付近にそっと手を置くと治癒魔術をかけた。


(これで血は止まるはず……)


 だが、血は止まらなかった。腹から血が流れ続けている。チチェはもう一度治癒魔術をかける。


「《治癒せよ》」


 止まらない。


「《治癒せよ》」


 止まらない。


(なんで…)


 チチェは青ざめた。確かに治癒魔術はかけているはずだ。チチェ自身からも魔力をごっそり持っていかれている感覚がある。

 それこそ、瀕死の人間を何度も蘇生させているほどの魔力が削られていく。


「なんで……止まらないの」


治癒魔術が効かない。傷口からはどくどくと血が流れ続けた。


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