第10話 理想の二人
黄昏時、この王国の空は、落ちついた青空に、薄橙色と薄紫が混ざり合って、綺麗な色合いを生み出す。
そんな柔らかい光に満ちた下で、チチェは帰路につく。王宮の中は広い。王宮魔術院のある区域は王宮騎士団の訓練場や、精霊・魔物研究所など王宮に勤める様々な職種の建物が集まっている。
そして、その近くの門は最も人の出入りが多い門だった。
チチェたち王宮魔術師の女子寮もその門からが一番近い。だから、いつもそちらから帰っているのだが、今日はそちらを通る気にはなれなかった。
チチェの足は自然と逆の方向に向かっていった。少し北へ行った先は王宮内に人工的に作られた森がある。
その森は小道があり、いたるところにガゼボが設けられている。休憩するにはもってこいの場所である。
花畑や泉などもあって、景色もいい。時折、貴族たちがお茶会を開いていたりもするのだ。
森の奥には小さな裏門があるので、景色を見ながら裏門で帰ろうとチチェは森に入った。
丁寧に舗装された小道を歩いている。誰もいない、長閑な森の中にいると仕事中には考えまいと抑えていたことが浮き上がってくる。
(せっかく、イレーナ様とアロンが恋人だって分かったのに、何で嬉しくないんだろう)
チチェはずっとアロンはイレーナが好きなんじゃないかと妄想してきた。アロンとイレーナが結婚式を挙げるとき、自分はスピーチで何を言うかも妄想していたものだ。
(妖精の祝福でも受けた気分……)
嬉しいことが起きたのに、嬉しくない。いたずら好きの妖精にありがたくない祝福を授けられ、嬉しいことが起きたはずなのに、ひどい目に遭う。
そんな気持ちだった。
(ああ、そっか……私縁切られるんだ)
ようやく、チチェは自分がこれ以上アロンと関わることはできないのだと気づいた。結婚式でスピーチどころか、結婚式に出席することだって無理だ。
(恋人がいるから、って。私って、その程度か…)
恋人に異性の友人が居たら、それは嫌だろう。イレーナの気持ちは最もだし、当然のことだと思う。
でも、その恋人が嫌がるから縁を切る異性のなかに、自分が含まれていたのだ。
アロンにだって、縁を切らない女性だっているはずだ。勇者パーティの斧使いも女性だが、きっと縁を切ることなどすまい。
共に旅をしてきた仲間だ。でも、チチェは選ばれなかった。
(イレーナ様は王国一の大聖女様だし、斧使いのナグ様は、戦士の島出身の最強の女戦士だし、弓使い様のロビン様は公国の迫害を生き抜いた風の一族だし、大魔導士オーレンドルフ様は大帝国の魔導士だし……)
アロンの仲間たちは皆、大英雄だ。それぞれ何かを成し遂げ、さらに勇者と共に、魔王を打ち倒した。
そんな彼らに比べてどうだろうか。
(私なんかただの、つまんない田舎娘)
勇者の仲間に比べれば自分は何を成し遂げただろうか。彼らと同じ扱いをしてもらうだけの何かをしたのだろうか。
(私がこうやって必死こいて王都までやって来てる間に、アロンはとっくに王都なんて来た事あって、あの村から魔界まで行ってるんだもんね)
アロンと自分を比べてどうするのだろうか。勇者の成した偉業と自分がしたことの何が比べられるのだろうか。
(アロンからしたら、私なんて大したことないもんね)
どんどん、チチェは卑屈になる。考えたってどうしようもないことがふつふつ、と湧きあがる。
(こんな、七年も会ってないただの幼馴染なんてさ)
一人で村から出て、山の向こうの魔術学校に進学して、その後は中央にある国立魔術学院に必死で入学した。
その後、五百人に一人しか受からない難関の試験を乗り越えて今、王宮魔術師として働いている。
その間も、アロンの話は伝わって来るから、ひと時だってわすれたことない。
いつだって、アロンは命を懸けて戦っているのだから私も頑張らないと、と思った。だからこそ、ここまでこれた。
でも、アロンは?
アロンが魔王討伐の旅をしている間、アロンはチチェのことをずっと考えていただろうか。
勇者アロンはこの七年間、色んな人に出会って色んな冒険をした。
大帝国を魔王軍幹部の支配から救い出した。そのお姫様に求婚されたりもした。その皇帝に炎竜の革でできた鞘を贈与された。
泉の妖精に一目惚れされて、必ず異性に一目惚れされる祝福を受けた。その祝福は、次の村で遭遇した悪魔に呪いをかけられて打ち消されるまで解けなかったらしい。
それまでの、道行く女性たちに追いかけられ続けた旅路は面白おかしく伝わってきている。
戦士の島に言って、誰よりも強い剣士として選ばれた。そこで、戦神から神速の祝福と剣士王の称号を与えられた。その後、島の戦士たち全員と兄弟の盃を交わしたらしい。
そして、この島で最強の女戦士、斧使いのナグと出会い、それ以降の旅は彼女が参加した。
これだけじゃない、彼がどんな人たちに出会い、どんな経験をしきたなんて、チチェが誰よりも知っている。
そして、それはきっと、チチェと過ごした十ニ年間よりも遥かに濃ゆい物だ。
たかだか幼い頃、同じ村で暮らしただけの友人のことなんてどうして覚えていられるだろう。
(あれ、私って……)
アロンはチチェの一番大切な友達だった。あれから大切な友人が何人も増えようと、一番にはアロンがいた。ずっと一番だった。
でももう、アロンはきっと……。
さぁーと涼しい風が吹いた。これから寒い季節が来るよと、告げる秋の風。
チチェは顔を上げた。
森の木々の向こうに、白くて小さなガゼボがある。泉の側に建てられた小さな屋根の下、一組の男女が座っていた。
そこにいたのは、勇者アロンと聖女イレーナ。
勇者アロンは、チチェが王宮内で見るように、鎧と聖剣で武装などしていなかった。
どこにでもいる質素な青年の服。首や腕に巻かれた包帯が痛々しい。
彼は、眠っていた。ベンチに横になって、その頭を愛する女性の膝に乗せて。
聖女イレーナは、自身の膝枕で眠る彼を愛しい目で見ていた。風にそよぐ、彼の短い黒髪を優しく撫でていた。
キラキラと夕日に照らされて光る泉の側で、二人だけの世界。
恋人たちのこれ以上ない、幸福で穏やかな時間。
チチェはフードを深く被り直すと静かにその場から立ち去った。




