第14話 幽霊たちの行軍(解決編)
こんにちは、仁胡 黒です。
第14話・解決編。
圧倒的な演算能力を誇る軍事用AI「アレス」を搭載した刺客、ハッカー・ゼロ。
壁の向こう側の心音さえ捉える最新鋭のセンサーに対し、和戸 宗治が選んだ戦場は、昭島が誇る「地下水の迷宮」でした。
論理では測れない「人間のノイズ」と、相棒を信じる「賭け」。
デジタルの幽霊たちが駆け抜ける夜、勝負の行方は一瞬の隙に託されます。
水路を流れる水の音が、ゼロの足音をかき消していた。
俺は狭い路地の陰に潜み、古い手押しポンプの錆びたレバーを握りしめる。
『……和戸、敵のドローンが上空を旋回中。……アレスの熱源感知が、あなたの体温を完全にロックしています。……遮蔽物越しでも、あと15秒で射線が通ります』
「……熱を追ってるなら、冷やしてやるまでだ。……準備はいいか、シャーロット」
『……いつでも。……「不合理な作戦」の実行準備、完了しています』
俺はレバーを一気に押し下げた。
昭島の地下から汲み上げられた冷たい地下水が、勢いよく溢れ出し、路地一面に広がる。
同時に、シャーロットが周囲の古い街灯の基板をショートさせ、強烈なスパークを発生させた。
「……目くらましか。無意味だ」
路地の入り口に現れたゼロが、バイザーのモードを切り替える。
だが、彼の視界に映ったのは、一体の人間ではない。
溢れ出した冷水が路地の熱を奪い、一方でシャーロットがハッキングで操作する「エアコンの室外機」が、あちこちで不自然な熱源をバラ撒いていた。
「……ターゲットが、多重化されている……? ……アレス、再スキャンを実行せよ」
最新鋭の軍事AI「アレス」が、瞬時に128通りの熱源パターンを解析し、最適解を導き出そうとする。
だが、その0.1秒の「迷い」こそが、俺たちの狙いだった。
『……今です! ……アレスの通信プロトコルの隙間に、私の「大容量データ」を流し込みました!』
シャーロットが放ったのは、攻撃プログラムではない。
昭島の古い家々に眠る「思い出の画像データ」……しおりの父親から受け取った、とりとめのない日常の記録。
効率と最適化しか知らない軍事AIにとって、それは理解不能な「意味のないノイズ」の奔流だった。
「……ぐ、ああああッ!? ノイズが……バイザーが逆流して……!」
ゼロが頭を抱えて膝をつく。
俺はその隙に路地を駆け抜け、泥水を跳ね上げながら奴の懐に飛び込んだ。
「……計算通りにいかねえのが、人間って奴だ。……あいにく、俺の相棒は『無駄』を愛せる性質でね」
俺の拳が、ゼロのバイザーを粉砕した。
火花が散り、軍事用AIの冷たいガイドラインが消失する。
「…じゃあな、ゼロ。……お前の主人に伝えておけ。……『しおりの遺言』は、俺たちが預かったってな」
意識を失ったゼロを置き去りにし、俺は昭島駅へと続く闇に消えた。
深夜の中央線。
ガランとした車内で、俺は右目のレンズを軽く叩いた。
「……シャーロット。さっきの『思い出データ』……あれ、お前の独断か?」
『……肯定します。……アレスの論理回路には、あのような「幸福な日常」の概念は存在しません。……最も効率的な妨害手段だと判断しました』
「……嘘をつけ。……お前、あいつに自慢したかっただけだろ。……自分には『親』がいるって」
『……思考回路のバグとして処理します。……和戸、珈琲を買ってください。……少しだけ、演算ユニットが熱を持っています』
レンズに映る彼女のアイコンは、どこか満足げに、誇らしげに揺れていた。
お読みいただきありがとうございました。
第14話、完結です。
軍事用AI「アレス」の圧倒的なロジックを打ち破ったのは、皮肉にも「AIが最も軽視するはずの、人間的な思い出」でした。
シャーロットが自らの意志でデータを選び、敵を翻弄した瞬間。
それは彼女が単なるプログラムを超え、和戸の「本当の相棒」へと近づいた証でもあります。
次回、第15話。
昭島から戻った和戸を待っていたのは、如月さやかからの緊急連絡。
「警察のインフラが、何者かに乗っ取られた」
新宿の街そのものが、和戸を排除するための巨大な罠へと変貌します。
第ニ部、怒涛の展開が続きます。
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