第1章最終話 読者は神様ではない。だが④
「できた、けれどぉ⋯⋯」
顔はある程度満足行く形になった。振り向き、こちらをのぞき込むような目元のイメージは、好奇心旺盛なテンプレのイメージとも合っている。
だが、髪の描写が1番上手くなく、満足できない。硬質ありながら魅力的で、流れるような美しい黒髪を少しも表現できていない。
さらに言えば、色を足す時間もなかった。白黒の鉛筆描きである。
何度も書き直した後も残っている。満足な出来とは、とても言えない到達点だった。
「⋯⋯贈ろうか。それでも」
もう彼女のトゥイッターをフォローして、最初の挨拶も済ませている。
拙いイラストに怒られるかもしれない。呆れられるかもしれない。
事件の際に少し話しただけだが、テンプレがそんな人柄ではないことは分かっている。
────── だが、
そう。表面上は。画面の向こう側で、その胸の内側で、突然拙い絵を贈られるなんて、失礼だと思っていないわけがない。思わないわけがない。
だって、私ならそう思う。まずそう思う。誰だってそう思う、はず。
一方的な取り違えや、勘違いかもしれない。それでも。
自分が途方もないほど臆病者だと。
あの頃のように、誰かに助けを求められないほど、追い詰められた臆病者だと。
たとえば、とある漫画について。あんな素晴らしい絵の塊をペラペラめくって、面白いとかつまらないとか、勝手に思って申し訳ない気持ちで溢れている。
まるで大した苦労もなくダンジョンで宝箱を見つけて、財宝の価値を知らずペラペラペラペラ扱っているような気分にもなる。
むしろ漫画本1冊が500円前後とか、もう彼女には信じられない。自身にそんな低価格で購入できる真の資格などない。絶対にないとしか思えない。
圧倒的に、描ける人たちが別格すぎる。
みんな1億円以上の価値があるのに、自分だけ1円の価値もない、むしろマイナスだと、そう思う。
怖い、ものすごく怖い。やっぱり止めてしまおうか、止めてしまえば、誰も傷つかない。自分自身でさえも。その場で無駄にうろうろ歩いてしまって決められない。
そうだ。いっそこの絵を元に、プロに書いて貰おう。プロにお金を払って書いて貰えば良い。そうすれば、それさえすれば。
あたり前みたいに喜んで貰える。本当に?
あたりに前に、喜んで貰える。本当に?
あたりまえ、みたいに⋯⋯。本当に?
本当に、そんなあたり前で良いのか? 他人に責任を預けて、本当に良いのか?
彼女は酷く悩み、最後に自分自身で描がいた、テンプレの顔を見た。
なりたい自分に、なるんだ。
少しだけ、そう言われた気がした。
彼女はぎゅっと目を瞑りながら、えいやっと。ダイレクトメールで、テンプレに連絡を取り始めた。
〝こんばんは。テンプレさん。度々ご連絡差し上げて申し訳ありません。少し、お時間よろしいでしょうか?〟
やってしまってから異様に喉が渇く。ドキドキと心臓が口から飛び出そう。
落ち着くために無駄に体操してしまう。通知が鳴ったと思ったら別の通知であったりと四苦八苦である。
そうしている内に、とうとう返答が返ってきた。
〝あっはい、こんばんは345さん。今、手は空いていますが、どういたしました?〟
〝えっと、テンプレさんの絵を描いたんです。受け取って頂けませんか?〟
〝絵ですか、ありがとうございます。もちろん構いませんけど、どのような?〟
〝最初に拝見させて頂いた印象で、描かせて頂きました。鉛筆書きだけですが、よろしいでしょうか?〟
〝はい。是非、拝見させて頂きたいです〟
ミヨコはカメラで撮影した絵をテンプレに送った。1秒1分が、とてつもなく長く感じる。
自分はこんなに臆病だっただろうかと、死刑執行を受ける罪人ってこんな気分じゃないかと、やめれば良かったかもと思い始めた頃。
返答が、とうとう来た。
〝これ私ですか! すっごい! すっごいうれしい! ファンアートって初めて貰いました!〟
「⋯⋯⋯⋯!!!」
彼女は栄光のゴールテープを、断ち切った。
それこそ絵に現すなら、天にも昇る達成感に打ち震え、声が出ないほど拳を握りしめた。
「いや待て、だが待て。他にも同じようなことしてる人、居なかったの。え、もしかしてやっぱり何か失礼だったんじゃぁあ⋯⋯!?」
〝すっごい嬉しいんで、少しお礼して良いですか?〟
「よ、良かった。失礼じゃなかったみたい。でもお礼って、なにかしら?」
〝はい。喜んで頂きまして、誠に光栄です〟
そっと胸をなでおろして、まだ心臓の爆音が鳴り止まない達成感に浸り、冷蔵庫を漁る。残念ながらお目当てのビールは切らしている。
明日あらためて祝杯をあげるかと考えていると、テンプレからの返信が来た。
〝これ、神様に絵の具を買ってきて貰って、塗っちゃいました。勝手で気を悪くしたらごめんなさい。でも、本当にうれしかったの⋯⋯〟
送信されてきたのは、赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫の七色で彩られた、贈り物の絵。
素人目に見ても、拙い塗りではある。きっとミヨコと同じ素人なのだろうと彼女に思わせ、思うがままに描いた、グラフィティアート。
だが、この2人にとっては⋯⋯。
〝左手の薬指だけで塗ったの。愛してるぜ、345。ふふっ⋯⋯〟
「はぁあああああああ⋯⋯」
もはや、腰から砕け落ちて、ため息しか出ない。
それは紛れもない。たった2人だけに福音鳴り響く、尊いアトリエだったのだ。
◇◇◇
創作とは命がけで行うものではない。だが、AIのように命がなかろうと、決して簡単な旅路ではない。
時に迷い、時に力なさに憤り、焦り、莫大なコストを支払っても、見合う成果が出るとは限らない。
そして、途中で完結を諦めてしまう物が大半である。
なにせ商業誌にさえ、打ち切りや中止になった作品が、なんとこの世に多いことか。
本当に恐るべきことに、世界的に有名な大ヒット作を完結まで見事、導いた人物でさえも。次回作で即打ち切り、あるいは挫折することもありえるのだ。
はっきり断言しよう。まだ作品が終わってないのか。などと言う心無い言葉は、戯言にさえならない。
奇跡なのだ。作品を書き終える事ができることは。挑み、志し半ばで挫折した無数の作品たちが、そう明らかに声なき声を示し続けている。
そして、これも断言できる。
害を及ぼす者の安易な言葉より、そんな困難な創作の旅に挑み続ける者と、その者に産み出された作品の方が、絶対的に美しい。
たとえ論点ずらしであろうと、揺るぎない真実である。この一線を譲る気はありえない。ありえていいはずがない。
是非、創作者諸兄には、きっぱりとした態度で、いっそ愚かなほど自信に溢れて頂きたいと思う。
そして、敬うべき読者諸兄に、もう一度、心から申し上げる。
美学に批判は宿らない。一方で、異論があろうとも、よほどの事がない限り、批判に美学は宿らない。
どうか各作品に安易な害を及ぼす前に、《《その手をどこまで上げられるか》》、別の文章に変えられないのか、少しだけ一考して頂きたい。
この作品における登場人物たちの言葉を、ほんの少しだけで良い。思い出して頂きたいのだ。
読者は神様ではない。神様として、扱われるべきでもない。だが。
頑張る誰かの背を励まし、応援できる神様には、きっと、なれるかもしれないのだから。




