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第31話 #読者は神様ではない。だが③

 結論から言えば、彼女は思う通りにまったく絵を描けなかった。

 世の中そんなに甘く無いのである。特に必要な物を積み上げる努力ができなかったのならば、なおさら。


「すごい、まるで魔法みたい⋯⋯」


 アートスタジオアプリの作例動画を拝見すると、スマートフォンに指先1本だけで絵師が描いていく。


 ウェブブラウザに複数のレイヤーを重ね、公開されている素材を1枚の少女絵へと指先1本でなぞり、魔法のように飾り付け、背景を彩ってみせている。


 同じようにアプリを操作できない彼女にとって、それは紛れもない魔法使いの魔法に見えたのである。


 そう。ミヨコも一念発起して、予備に購入しておいた新品のスマホを手に取った。

 幸いなことに、アートスタジオアプリに対応しているオペレーションシステムだった。


 ダウンロードが叶い、作例を拝見して、魔法のようだと童女のように憬れたまでは良かったのだ。


「うぅ、このアートスタジオってアプリ、どうやって使うのよぉお!?」


 近年、イラスト制作アプリの発展は目覚ましく、その上で複雑化している。


 対応策としてシンプルな操作モードに切り替えられるアプリだったのが、それでも素人が手のひらに収まる小さなスマホで描くのは限度がある。


 手ブレ補正や指先の接触点調整も行ったのだが、根本的に画面が小さく、他の高性能な機能も使いこなせなかったのである。


「もうこんなの魔法だよう、うぅ⋯⋯」


 もちろん慣れていけばアプリを使用して、誰でも一定はデジタルイラストを描けるようになる。


 だが直感的に絵心が無い物が、ダウンロード直後に扱えるほど甘くはない。

 そして、彼女は多忙な警察官の身であり、絵に使える時間は非常に限られている。


 なにせ彼女。液タブとパソコン用のペンタブレット、通称板タブの存在すら知らないのである。


「もうアニメ化とか、本当に魔法使いの集いなのでは?」


 いっそのこと若いのだから、友人や上司を頼る。絵チャットに初心者だと言って参加する。専用の液晶タブレットを購入するなどの対応策もある。


 だが友人や上司に申し訳ない。知識も時間も無い門外漢な彼女が焦って思いつけるのは、せいぜい100円均一のお店で、絵の具や鉛筆を購入すること程度しかなかった。



 ◇◇◇



 翌日、ミヨコは予定通り休日を過ごしていた。


 鉛筆を手に何枚か絵を描いてみたのだが、描いた端から消しゴムで消す事を繰り返してしまっている。


 生真面目な性分の人間こそ、絵は完成しないとはよく言ったものである。


 ファンアートとしてテンプレに送るという目標こそあるものの、完成まではほど遠いと言わざる負えない状況だった。


 50回目の挑戦を終えて、何か虚しさを通りこして、酷く楽しくなってきた。

 やれるだけをやった末にあまりに手も足も出ないと、人は自嘲して笑ってしまうのである。


 始めこそ自分や虐げたクソ共に文句こそ浮かんでいたが。ことここに至り、彼女は上手くいかない事も楽しむ余裕が出てきていた。


 だが、このままでは何も進まない。彼女はアプローチの方向を変えてみる事にした。


「他の絵師さんは、どうしてるんだろう⋯⋯?」


 トゥイッターとショート動画を見て回る。最も参考になったのは、下書き後に上に重ねて清書を4回行う、というアドバイスだった。

 

 古い技法らしいが、詰まるところデジタルでもアナログでも、同じような技法は存在するらしい。デジタルの場合は加工も可能だと紹介されていた。


「それにしても⋯⋯」


 ショート動画はともかく、もっと節操のないSNSであるトゥイッターは、AI生成画像の坩堝だった。


 まるで精巧な色ガラスのような、派手で美しく、緻密なアニメ調AI作品たち。

 扇情的で、一見魅力的な水着姿の女の子たち。そして、成人指定コンテンツ。


 どれも数千か万単位で、他のユーザーにフォローされている。


 中には著作権など知ったものかと言わんばかりに、人気アニメキャラクターを成人指定画像にAI出力して、フォロワー数を稼いでいるユーザーも居た。


「卑下するわけではありませんが、まるで風俗みたいね」


 おそらく、根本は変わらないのだろう。魅力的で性的なコンテンツを無視できる若い男性は多くない。

 真似はしたくないなと思う。できないなとも思う。


 何かしらお金を稼ぐ手段。あるいは、ただAIの勉強のために行なっているのかもしれないが、初期投資もそこそこかかっていそうではある。


 そこまでの承認欲求は彼女に無い。そんな暇も無い。羨ましくは、どうだろうか。


 少し考えてみたが、やはり単純に節操が無く、忙しそうで真似したくはない。

 苦労と利潤が合わない。あるいは、この感情も嫉妬からくる反発心なのかもしれない。


「流石に、テンプレちゃんの成人指定AI加工画像は、ごく少ないようですが⋯⋯」


 ファンアートとして、テンプレのAI画像は多く出回っている。中には4等身、2等身のポップでキュートなアニメ調AIイラストにもされている。


 成人前の生身の少女相手なのだから当然だが、テンプレの成人指定AI画像は、ほとんどない。


「でも⋯⋯」


 だが、それっぽいアニメ調AI生成イラストは存在した。彼女たちダンジョン配信者の事だ。折り込み済みなのだろうが、目にして気分の良いものではない。

 

「私はAI無しかな。構図は参考にできるけれど」


 悪くはないが、誰かに紹介するだけならともかく、人に贈るつもりの物にはできないだろう。


 トゥイッターの書き込みを読む限り、AIが描いているのであって、本人が描いたわけでもないと主張する意見もある。


 たとえば、ケーキ屋さんがある。


 ケーキ屋さんはお客様から、こんなケーキを作って欲しいと注文される。

 材料を買い、調理工程を考えて、ケーキ屋さんは頑張ってケーキを調理する。

 完成した立派なケーキをお客様に販売して、ケーキ屋さんのお仕事は立派に完了する。


 そこでお客様が、私が作りましたと言う者は皆無だろう。

 いくらお金を払い案を出したとしても、ケーキ屋さんに作ってもらいましたと。あるいは、私が案を出しましたと言う他ない。


「結局これって、AIが否定や拒否しないから、言いたい放題、やりたい放題なだけでは⋯⋯? でもAIって人間じゃなく道具だし⋯⋯?」


 しかも、お金も初期投資程度しか払っていない。


 いや、費用は相応にかかるのかもしれないが、それでも当人は気が大きくなっている自覚があるのだろうか。


 書き込みを読む限り、そんな気配はない人物が多い。

 分かっている者も居るのだろうが、誤解を受けたくない者は主張しないのだろう。

 これでは単なるAI搾取とでも言うべき事態に陥っている。


 ただ、AIは人ではない。現状は便利な技術。法令的には道具類でしかない。

 その観点で見れば、AIに指示を出している人物は、AIとケーキを作ったケーキ屋さんとなる。


 このあたりの主張のすれ違いが、昨今のAI絵師問題の禍根なのかもしれない。


「まあ、著作権が怪しいのだから。売れないケーキを紹介しているって、結論になるのかしら⋯⋯?」 

 

 もしかすれば、承認欲求だけで1銭も稼げていない活動なのかもしれない。

 結局、AI生成の裏事情に詳しくない。そこまで調べる気がない彼女には、それ以上考えようがなかった。


「⋯⋯それこそ今度先輩かAIに聞いてみようかな。何か良いセミナーとか紹介してもらえるかも。でも時間も無いし、とりあえず4回清書してみよう」


 もう日が暮れる時間になりつつある。ある程度強引にでも形にしなけれれば、間に合いそうになかった。

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