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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【四章更新中】  作者: 折巻 絡
四章

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 前世の話

 

 聞き覚えのある音が耳に入り、意識が浮上する。


「……あれ?」


 目を開くと、そこは自室ではなかった。反射的に辺りを見回すと、雑然と置かれた機材や小道具が視界に入る。バックヤードのような光景だが不思議と見覚えがある。


 そこでようやく気づく。ここは舞台裏だ。


 認識した瞬間、紙をめくる乾いた音が耳に届いた。視線を向けると、椅子に腰掛けた役者がぱらぱらと台本を確認している。


「……!」


 その光景を見て記憶が繋がった。そうだ――今は仕事中だ。


 一瞬、本番かと身構えたが、周囲を見る限りリハーサルだ。何が起きたのかは分からないが立ち止まっている場合じゃない。足早に持ち場へ向かう。


 そう、私は舞台スタッフとして、今日もリハーサルに立ち会っている。



「暗転のタイミング、今の感じでお願いします!」

「了解です!」


 舞台裏は慌ただしい。照明班はモニター前から動かず、音響班はヘッドセット越しに短い指示を飛ばしている。舞台上では立ち位置の微調整が続き、大道具もまた、止まることなく手が入れられていた。


 照明の確認作業の合間に、袖から舞台上の役者たちに目を向ける。


「……すごいなぁ」


 ここから見る演技は、客席で受ける印象とはまるで違う。角度ひとつで表情は別人のように見えるし、照明が入る瞬間には一気に役へと切り替わる。


 その過程を何度も見ていると、演技とは技術と集中の積み重ねなのだと素直に感心してしまう。


「休憩入りまーす」


 休憩に入り、私は舞台裏の壁にもたれて水を飲んでいた。そこへよく見知った後輩がこちらに気づき、小走りで近寄ってくる。


「今、邪魔じゃないですか?」

「あー、うん。ちょっと邪魔かもですね」


 軽口を叩くと、後輩は「酷っ」と言いながらも私の隣に落ち着いた。


 彼は中途入社して三年目の後輩だが、割と気心が知れていた。私に対する態度は若干悪いが、現場の要所を任せられる程度には頼りにしている。


「先輩、めっちゃ舞台の方を見てましたよね」

「そりゃあ、見るに決まってるじゃないですか」


 後輩の声に促されるように再び舞台へ目を向ける。


 休憩時間にもかかわらず、舞台上には数人の役者が残っていた。その中で、自然と目を引く人物がいる。立ち位置と動きを確認する――ルージュ役の少女だ。


 彼女は不意に立ち止まると、派手な容姿とは裏腹に、芯まで冷えたような表情で口を開く。


「――薄汚い平民の分際で、このわたくしに声を掛けるとは、良い度胸ですわね」


 本番さながらのその姿は真剣そのものだ。気づけば私は、無意識のうちに彼女を目で追っていた。


「原作の声がする……」

「……声って、台本に書いてありましたっけ?」


 しみじみと呟くと、後輩は見当違いなことを言いつつ首を傾げた。


「後輩は原作未履修ですもんね」

「俺、乙女ゲームはちょっと。小説版は読みましたけど」

「……ならば許そう」

「よし」


 小説版ということはアルバートルートは履修したらしい。いや別に、原作を知らなくても仕事に支障はないが、知っていると見え方が変わる場面も多いのだ。


「で、あの人がそうなんですね」


 彼はそう言ってルージュ役の彼女に目を向ける。


 何を隠そう彼女、実はゲームのルージュの中の人なのだ。声優であり舞台でも活躍する。スタイルの良い、少しキツめの美人さんだ。


「それにしても、いい演技なんですよ」

「そうですか?」

「実はさっきのシーンは今回のシナリオの盛り上がりポイントで――」


 彼女の演技について一気に言葉を重ねる。あの高慢さと冷たさを併せ持った表情は、まさにルージュ様。ゲームからそのまま出てきたみたいだ。


 表情だけではない。感情の見せ方も照明との噛み合いも的確だった。


「分かりますか。つまり、あの一瞬の表情が全体の印象を決定づけてて――」


 そこまで話したところで後輩が一歩引いて苦笑する。


「先輩。俺、ちょっと熱量についていけてないです」

「……なんかごめん」


 ……興奮して喋りすぎたようだ。少し落ち着こう。


「でもすごいんですよ。若いのに堂々としてて」

「そうですけど……あの人、確かあんまりいい評判聞かなかった気がするんですよね。性格もキツそうだし」

「そういう細かいことは別にいいんです」

「確かに見た目はいいですけど」

「だから、それだけじゃないんで――」


 そんな私たちのやり取りを遮るように、鋭い声が舞台に響いた。


「今の演技、本気でやってるんですか?」


 何事かと舞台に目を向けるとルージュ役の彼女がエレナ役に詰め寄っていた。相手が言葉に詰まると、さらに一歩前に出て続ける。


「感情表現が浅すぎる。ルージュと対峙する場面で、それは全然足りない」

「……分かっています。でも」

「でもじゃない。そんなんじゃ、お客さんには通用しないんです」


 舞台には他にも人はいるが、誰も口を挟まない。周囲の視線が静かに逸らされた。


 そんな張り詰めた空気が数秒遅れてこちらにも伝わってくる。


「うわ、怖」


 後輩が小声で呟く。確かに言い方はキツい。下手すれば相手が萎縮してしまうだろう。だけど、


「ストイックなんですよ」


 そう言うと後輩は少し引いたような顔をする。評判がどうだとか、性格がどうだとか、そういう話が出てくるのも理解できる。だけど、彼女が舞台に本気で向き合っているのはここからでも分かるのだ。


 ……それに正直、あのキツさも含めてルージュという役には解釈一致な部分もあったりするのは内緒だ。


 穴が開きそうなくらい舞台を見つめていると、後輩がふと思いついたように口を開いた。


「せっかくなら、サインでも貰ったらどうです?」

「えっ」


 その軽い提案に思わず言葉に詰まる。欲しいか欲しくないかで言えば、当然欲しい。だが、あくまでこれは仕事なのだ。公私混同は良くない。


「さすがにそれは……」


 逡巡していると、後輩はハッとしたように表情を変えた。


「先輩って案外シャイなタイプ?」

「そうじゃなくて、普通に考えてですよ。迷惑かもしれないし」

「まあまあ。ダメだったら奢りますから」

「……先週、競馬で負けたって言ってませんでした?」

「昨日の地方で取り戻しました」


 ドヤ顔で即答され、思わずため息をついた。思い出した。この人はトータルでは勝つタイプだった。


「で、行くんですか? 行かないんですか?」


 ……後輩はニヤニヤと私を見ている。これ多分、頷くまで言われ続けるやつだ。


「もう、行けばいいんでしょ、行けば……」


 観念したようにそう言うと、後輩は愉快そうに笑っていた。こいつ……!


「さっきからなんなんですか。私、一応先輩なんですけど」

「先輩に先輩感がないのが悪い」


 だったらその先輩呼びは一体何だ。


 まあいい。ともかく、こうなったら当たって砕けろだ。


 だけど声を掛けるにしても、さすがに今ではない。全ての公演が終わってから、さりげなく聞いてみよう。それで断られたら全力で謝って、この生意気な後輩に高い焼肉を奢らせてやる。これでいいだろう。


「二人ともー! そろそろ休憩終わるよー!」

「はい! 今行きます!」


 休憩終わりの声が聞こえ、私たちは持ち場に戻ろうと舞台に背を向けた。


 ……その時だった。


「そこの人。さっきからジロジロ見てましたよね」

「……え?」


 背後から掛けられた声に心臓が跳ねる。振り返ると、すぐそこにルージュ様が立っていた。


「!?」

「何か用ですか?」

「え、あ、いや……」


 ダメだ、混乱してうまく言葉が出ない。


「あの――」


 それでも何か言わなければと口を開いた瞬間、不意に視界が揺れた。



 次に目を開くと、見慣れた自室の天井が視界に入った。私はそのまましばらくぼーっと見上げる。


 そうだ、これは――


「……夢かぁ」


 大きく息を吐き、力を抜く。随分とリアルな夢だった。妙に生々しい感覚が残っているが、頭は不思議とすっきりしている。


 身体を起こし、伸びをする。


 それにしても懐かしい。あれはこのゲーム、『精霊の姫君と願い星のロンド』の舞台リハーサルの記憶だ。仕事として関われると知った時、本当に嬉しかったものだ。


「でも、なんで今になって前世の夢?」


 考え込んでいると、窓の方からカシャカシャとかすかな音が聞こえた。何事かと視線を向けると、ベランダに白い犬の姿が見える。……祠の神が窓を手で叩いていた。


 慌てて窓を開けると、彼は得意げに尻尾を揺らす。


『おお、やっと気がついたか、人の子よ』

「なぜこんなところにいらっしゃるのです?」

『王の子が呼んでおる。城へ向かうがよい』


 私の疑問に対してそれだけ言うと、彼は煙のように消えた。


「アルバートが?」


 今までも急に呼び出されたことは無いわけじゃないが、この時期は特にイベントなどはなかったはず。なんだろうか。


 妙な胸騒ぎを覚えながら、しっかり身支度を整え、王城に向かう。


 通された部屋に足を踏み入れるなり、アルバートは足早にこちらへ歩み寄ってきた。


「ルージュ! 無事で良かった。一体何があったんだ?」

「? どうしたんですか。そんなに慌てて」


 彼は一瞬言葉に詰まり、困惑したように眉を寄せた。


「どうしたって、一週間近くも音沙汰がなければ、心配もするだろう」

「……一週間?」


 思わず聞き返すと、彼は不思議そうにこちらを見つめ返す。頻繁に連絡を取り合っているわけではないが、そんなに長く空いた自覚はないのだが。


 ……まさか。


「……今、何日ですか?」


 嫌な予感がして問いかけると、彼は一瞬首を傾げ、それから当然のことのように答えた。


「今日は八月の――」


 その言葉に予感が確信へと変わる。


「……嘘でしょう?」


 あの茶会から、既に何日も経過していたのだった。


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