65話 本気を出す
「はははっ、引っかかったな、バカが!」
ガンドスが高笑いを響かせる。
一方で、俺は地面を転がり、木の幹に激突してようやく止まった。
体を起こすと、内に響くような痛みが走る。
折れてはいないが、ヒビは入ったみたいだな。
とはいえ、執事たるもの、意味もなく己の感情を表に出してはいけない。
そういう訓練を受けていたため、なんとか我慢できる。
「てめえのような無能が俺様に敵うわけがないんだよ。こんな簡単なフェイントに引っかかるなんて、ホント、バカだなぁ?」
「……それはどっちやら」
「あぁん?」
「いくぞ」
地面を蹴る。
「なっ!?」
今までの数倍の速度。
一瞬でガンドスの懐に潜り込むと、ヤツの驚く顔が見えた。
その顔を蹴り上げる。
「がっ!?」
ガンドスの巨体が宙に浮いた。
一瞬だけどふわりと重力を無視する。
逃げることもできず、自由に動くこともできない。
その瞬間を逃すことなく、さらなる追撃を叩き込む。
右から左へ刈り取るような一撃。
巨大が左へ飛んだところで、しかし、地面に落ちることを許さずに再び蹴り上げる。
拳を連続で打ち出して……
最後に自身を独楽のように回転させつつ、その威力を乗せた蹴りを放つ。
「ひぁっ、ぐううう!? あっ、ぎぃ……があああああ!?」
ガンドスは悲鳴をあげて吹き飛ぶ。
さきほどの俺の真似をしているかのようだ。
ただ、さすがというべきか戦闘不能には陥っていない。
たぶん、とっさに全身に気や魔力を巡らせて防御を固めたのだろう。
普通の兵士にはそんなことはできない。
帝国の将軍を務めているだけのことはある。
「て、てめえ……なんだ、その力は? 俺を吹き飛ばす力なんてなかったはずだ……!」
「普段はないな。ただ……」
服の袖をまくり、そこにできた跡を見せる。
「こんな感じに、両手と両足、それと腰に普段は重りをつけているんだ」
「重り……だと?」
「一つ20キログラムの重りを五つ、計100キログラムの重りをつけていた」
「それであれだけ動けていたっていうのか? いや、バカな……そんなふざけたこと俺でも、いや、帝国の誰でもできねえぞ。それを、あの無能が……っていうか、なんでそんな真似を……」
「鍛錬だ」
「は?」
「鍛錬のためにつけていた」
「……」
ガンドスはぽかんと口を開けたまま、固まる。
なにをバカなことを、という感じの顔だ。
うん。
これについては自覚がある。
20キロの重りを五つ、計100キログラム。
そんなものを日常的に身に着けているなんて、自分でもバカなことをしているという自覚はある。
しかし、これは鍛錬に最適なのだ。
最初はまともに動けない。
動くことができたとしても、翌日は酷い筋肉痛で、やはりまともに動けなくなる。
それでも重りは外さない。
ずっとつけている。
そんな日々が続くと、やがて重りに慣れてくる。
100キロが当たり前になってくる。
ただ動くだけで、日常生活を送るだけで鍛錬ができるのだ。
そして……
いざという時は重りを捨てる。
俺は、わざとガンドスの攻撃を受けた。
そうやってヤツの油断を誘い、その間に重りを外した。
そして、本当の意味で100パーセントの力を発揮できるようになったところで、一気に畳み込む。
こちらも相応のダメージは受けたものの、想定内。
ただ、ヤツはまったくの予想外だっただろう。
なんとか立ち上がったものの、その足は震えていておぼつかない。
「バカな……こんな、バカなことがあるなんて……」
「おとなしく降伏してもらおうか。素直になるのなら命まではとらない」
「くっ……!」
ガンドスは刺すような勢いでこちらを睨みつけてきた。
ただ、それが限界。
もう戦うことも逃げることもできないだろう。
「……おとなしくすれば、命は助けてくれるのか?」
「約束しよう」
「……今回の事件の証人になれ、ってか?」
「そうなるな」
「……皇女についても喋れ、と?」
「ああ」
「くくくっ」
ガンドスは笑う。
とてもおかしそうに笑い……
「ばーか、死んでもお断りだ……ぐっ」
「!?」
舌を噛み……
そして、そのまま倒れた。
「ちっ」
舌を噛んだだけなら、すぐに応急処置すればなんとかなる。
そう判断して、倒れたガンドスの体を起こすのだけど……
「これは……」
ガンドスの顔色が紫に変色していた。
首に触れて、すでに脈がないことを確認する。
「毒か」
舌を噛むのはフェイク。
どこかに仕込んでおいた毒を使用したのだろう。
「秘密が漏れるのを恐れたか。あるいは……リシテアのためにここまでしたのか」
性格はどうしようもないけど、その最後は立派だった。
丁重に弔うことにしよう。
「その前に……」
「お、おい……やられちまったぞ」
「ど、どうすれば……」
残ったゴミの始末をしなければ。
ただ、それはもう簡単だ。
「いくぞ、突撃!」
「「「おおおおおぉっ!!!」」」
勇ましい声が聞こえてきた。
ジーク王子達だ。
いいタイミングだ。
残りは任せよう。
俺は……
「ふう……さすがに疲れた」
手頃な倒木を椅子にする。
空を見上げつつ、ゆっくりと吐息をこぼすのだった。




