第二十五話 さらばトロワーファイブ! 超展開は突然に
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「あんな馬鹿げた奴らには、二度と付き合いたくないものだ。うう、まだ首が」
町随一の憩いの場である公園に、明らかに苛立ちがにじみ出たトーンが響く。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。本来ならば漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。
「はあ……。何度もここを訪れてはいるが、結局ヒーローどもとまともに戦ったことはほとんどなかったな。まあ、ろくに悪事を働かなくなった我にも要因はあるのだが」
現在彼は、過去を振り返りながら憂鬱気分に沈んでいた。
思い返せば思い返すほど、今までのヒーロー達との戦いは茶番というか、出会うたびにとにかくめちゃめちゃな展開になるばかりだった。それこそ、怪人の御身でありながら「大丈夫なのか? このヒーロー……」と心配になるほどに。
「そろそろ一度くらい、剣を交えた方が……。だが、今日も特に悪事を働いてはおらぬし。やはりここは、我が一念発起して人間を……ああっ! 駄目だ! 本来感じてはならぬ、良心の呵責というものが……!」
「そこまでだ、怪人!」
「……噂をすれば」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「また早いようだな。審査の依頼ならお断りだぞ」
「いや、今回は重要なお知らせがあって……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「くすん……正義の戦士、トロワーレッド!」
「ま、これも運命ですよ。勇気の戦士、トロワーブルー!」
「これからどうしよう~……博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ……はあ」」」
何やらブツブツ言いながら、しんみりとした雰囲気で普段より数段丁寧にポーズを決める三人の姿にクラブソルジャーは不満を募らせる。
どうして仮にも敵である相手を前にして、油断しきってのんびりポーズなど決めていられるのか。日頃のトンチンカンな言動も理解しがたいが、こういうところも甚だ受け入れがたい。
「貴様ら、何をごちゃごちゃ言っておるのだ。ただでさえこっちは貴様らが決めポーズを取っている間嫌々ながら待たされておるというのに、今日はいつにも増してチンタラと」
「うるっせえな! 人の段取りにいちいちケチつけてんじゃねえよ!」
「……はい。すみませんでした」
想定外の威力を誇るレッドの一喝に、クラブソルジャーはつい委縮をしてしまう。
「ったくよお。こっちがしんみりしてる時にぐだぐだ言いやがって」
「空気が読めない方は嫌われますよ」
「うんうん。あたしもそれくらいはして欲しいかな~。てことで、しくしくしく……」
説教をするだけすると、ヒーロー達は再びしゅんとなってしまった。
こいつらとは嫌というほど顔を合わせてきたが、こんな三人は一度も見たことがない。何か企んでいるのか?
怪人は不審に思いながらも、一応尋ねてみることにした。
「貴様ら何か、今日は一段とおかしくないか?」
「一段とって何だよ。まるで普段からおかしいみたいに言うなよ」
「そうですよ。先輩はともかくして、僕は至ってノーマルです」
「うんうん。あたし達今、解散という事実に打ちのめされてるところなんだからあ。そっとしといてくれる?」
「そ、そうか。貴様ら解散……って、え――――⁉」
解散って、あの、解散? グループとかになってたものがバラバラになる、あの解散? 確か先日、新人オーディションまで開催していたのに?
レッドとブルーの戯言に交じりながらかわされた、ピンクのサラッと放った一言にクラブソルジャーは思わず目玉をひん剥いた。
「ま、待て。確認のために、もう一度言ってくれぬか?」
「あ? 俺は単に、俺達が普段からおかしいみたいに言うなって言っただけだぜ」
「僕はただ、日頃からおかしいのは先輩だと言っただけです」
「何だと。ブルー、こういう時までてめえは俺とドンパチやりたいってわけか」
「別に、そういうわけではありませんけど。ただ僕は、日頃から思っていたことを正直に口にしたまでです」
「だから、それが問題だって言ってんだよ。レーザーソードの錆になりたいのか? あ?」
「そちらこそ、ボンバーボールの餌食に……」
「じゃかあしい! 我が聞きたいのは痴話喧嘩などではなく、ピンクの話だ!」
「「……すみませんでした」」
二人の鬱陶しいやりとりにしびれを切らし、今度は逆に相手を委縮させたカニ怪人。コホンと咳払いをしてから、ピンクの方に視線を向ける。
「……と、いうわけだ。話を聞かせてくれ」
「だからあ。あたし達、今日の仕事を最後に解散することになっちゃったの~。明日から、後任のヒーローが来るらしくて~」
「な、何故だ。何故急にそんな」
「何かね~。あたし達の仕事ぶりとかあ、地域住民からの好感度とかがめっちゃやばいらしくてえ、それで解散。ひどくない? あたし達今まで、すっごく頑張ってきたんだよ~」
「いや、別にその……ひどくないと思うが」
そういう理由であるのなら納得である。なるべくしてなったというか、とうとうこの日がやってきたというか。
「まあまあ、ピンク。俺達、どういうわけかガチで住民に好かれてなかったみたいだしさあ。仕方ないんじゃね?」
「まあ、ヒーロー組織のブラック体質については脱退後に裁判で決着をつけるとして、今は悲しむのをやめましょう。給料は言うほど悪くなかったというのが惜しい点ですが、退職金はしっかり出るようですからね」
「……はい、そうですね。くっすん」
慰めているのかいないのかよくわからない男どもの言葉で少し落ち着いたのか、ピンクは取り乱して叫ぶのをやめた。
だが、せっかく紅一点がおとなしくなったというのに、ブルーは悩ましそうにあごをなでる。
「しかし、お二人は組織を脱退してからどうなさるつもりなのですか」
唐突に重い話題が切り出されると、残る二人の注目がパッとそちらに向く。
「ほら、この後のことですよ。僕は既にコネで就職先を斡旋していただきましたが、お二人はこのままでは無職ということになりますよ。いいんですか?」
「ん~。ま、あたしは一応彼氏といい感じだからしばらくは退職金とバイトでしのいでえ、ゆくゆくは専業主婦かな~。レッドさんは、どんな感じですかあ?」
「……」
ピンクに振られるなり、急に青菜に塩でもぶっかけたかのようにしなびて黙り込むレッド。この態度が示していることと言えば、ただ一つ。
「……もしかして先輩、ニート街道まっしぐらなのですか?」
「なあ、ブルー。お前が就職するっていう会社に、俺も入れてもらうって無理かな?」
「お断りします。僕がトロワーファイブをやめる唯一の利点は、あなたと組まされないで済むということくらいなのです。それなのにどうして、他の会社に移ってからもあなたなんかと仕事をしなければならないのですか」
「んな固いこと言うなよ。俺達、喧嘩は多かったけどなかなかいいコンビだったろ? な? ほら、喧嘩するほど」
「仲良くありません。中途採用は大変だと聞きますが、就活頑張って下さいね」
「……あううっ」
彼が登場の際に仮面の下で流していた涙は、このくだらない悲しみから来ていたというわけか。
ここまでずっと放置されっぱなしのクラブソルジャーは、冷え切った眼差しでヒーロー達を眺める。
しかしとうとう、彼が傍観者ではなく話の参加者になるべき時が来てしまった。
「でもさあ。やっぱ最後くらい、きちんと戦いたいもんだよなあ」
レッドがわりと真面目な口調で呟くと、ブルーとピンクは顔を見合わせる。
「そうですね。流石に最後くらいは」
「う~ん。全然まともに戦ってなかったしい、原点回帰的な?」
しんみりとした空気の中で「貴様ら最初からまともに戦ってなかっただろう」などという無粋なツッコミはご法度。
三人は意志を確かめ合うようにして同時にうなずくと、一斉にカニ怪人の方を向いた。
「な、何だ急に」
「あのさあ。頼むから、何か一つ悪事を働いて、俺達と戦ってくれねえかな」
「は?」
前々から悪事を強要されることはちらほらあったが、こんなに真剣みを帯びた感じで言われるのは初めてだ。
レッドからの提案に戸惑っていると、今度はブルーが話し始める。
「どうせ今日も、あなたは何もしていないのでしょう? いくら解雇通告を出されるレベルのヒーローであったとしても、何もしていない怪人を攻撃するわけにはいけませんからね」
「というか~。過去に何回かやらかした結果、上の人からこっぴどく怒られたことがあるんだよね~。それこそカタギもいるんだから~って」
「う、ううむ」
ピンクからの追加説明である程度事態を把握したクラブソルジャーであったが、どうしたものかと首をひねる。
確かに自分も、そろそろヒーローと戦った方がいいのではと考えていたところではあった。だが、どうしてだろう。それが使命であるはずなのに、悪事を働くという気にどうしてもならない。
「な、頼むよ。もし人間傷つけるとかが駄目っぽかったら、そこらの遊具を壊すとかでいいからさあ。ほら、そこのブランコでも」
「あなたは、本当に怪人なのか疑わしいくらいに良心を持ち合わせているようですけどね。でも、それくらいならばいくら何でも」
「今は全然一般の人とかいないし~、チャンスよ?」
「う……」
無理強いというよりは必死に頼み込んでいるといった様子のトロワーファイブを前にして、怪人は困り果ててしまう。
「ゆ、遊具か……」
今は公園内には地域住民はほとんどおらず、暴れ回ったところでさほど被害はでないだろう。
クラブソルジャーは見えない力に押されるようにして、ブランコの方にゆっくりと近づいていく。
「うう……」
こんな脆い物体など、この右腕のカニばさみを使えば一瞬で粉砕できるだろう。そうすれば、悪の怪人として働いたことにもなるし、ヒーローと戦う大義名分もできる。だが……。
「……うああっ! どうしてだ。わ、我にはできない!」
このブランコは、多くの住民に親しまれてきた遊具。ある時は子供達が順番に並びながら楽しいひと時を過ごしていたこともあったし、またある時は学生のカップルが淡い青春を謳歌していた。そしてこの間は、哀愁漂わせたサラリーマンが夕日を背にしながら静かに揺れていたのだった。
そんな人々の思い出が詰まったものを、どうしてたやすく破壊するなどできようか。
己の使命よりも人間の思いを優先してしまう自身の変化に、苦しみながら悶えるクラブソルジャー。果たして今の彼の中に、悪の心は存在しているのだろうか。
「ちゃんとやれよ、もう!」
「相変わらず、意気地のない方ですねえ」
「こっちはもうその気なんだからあ。武器だって、ちゃんと用意してたし~」
当のヒーロー達はというと、葛藤と戦う怪人に対し既にレーザーソードやボンバーボールをかまえて体勢をしっかり整えていた。
それに気づいた怪人は、忌々しそうに三人を睨む。
「まさか、我がこの遊具を破壊するのと同時に攻撃を仕掛ける気だったのではなかろうな」
「え、何でわかったの?」
「戦いは先手必勝。これが基本ですから」
「やっぱ、最後は勝ちたいもん! えへっ♡」
「……貴様らという奴は」
怪人なんかよりも、この三人組の方がよっぽど悪者ではないか。性根が腐っているにもほどがある。
クラブソルジャーが苦々しく口元を歪めていると、トロワーファイブはそれがさも当たり前のことのように話題をすり替える。
「けどさあ。あんたも、何もしないってのにはやっぱ問題あるんじゃねえ?」
「そうですよ。あなたも悪の組織をクビになりかねませんよ」
「そうそう。あたし達もよく言われてたことだけどお、ある意味職務怠慢なんじゃない?」
「うぐ……。ま、まあ、流石にクビになることはないと思うが」
自主的にカタギになる怪人ならばいるにはいる。ドクターに人間に近い容姿にしてもらって脱退するという形をとり、人間社会の中に消えていくのだ。
だが、今まで怪人がクビになり、ダークグローリアから追放されたという例は一度もない。どんなに忠誠心が低く、職務のおいて全く成果を上げない者がいたとしても。
「我は総裁に忠誠を誓う身。どんな時においても命を投げ打つ覚悟で任務を遂行し、ダークグローリアの繁栄のために働かなければならぬ。しかし……」
「頼もしいなあ、クラブちゃんは。僕ちん、君みたいな部下を持てて幸せだったなあ」
「いえいえ、そんな。わたくしは幹部にすら昇進できない、一般兵に毛が生えた程度の存在。そのようなお言葉はもったいな……って、え?」
ちょっと待て。今、話の合間に入ってきたのってもしかして。
どこからか聞こえてくる「うおおっ! すっげえ。急に出てきたぞ、あのおっさん」だの「怪人というものは、想像以上に奥が深いですね」だの「あ~! また会えた~」だのという声から既に察しがついてはいるが、おそるおそる振り返る。
「やっほー。クラブちゃん、元気だったあ?」
「や、やはりあなた様でしたか。本日はどのよう……な?」
誰が背後に立っているのかは、大体わかってはいたはずだった。しかしその姿を見るなり、彼は絶句せずにはいられなかった。
「え、あの……えええっ⁉」
どっしりとした貫禄のある体格に、実に見慣れた面持ち。目の前にいるのは、間違いなく総裁その人。
だが、どうしても何度もその姿を確認せずにはいられない。何故かというと。
「ど、ど、どうなされたのですか! その格好は⁉」
いつも身につけている重厚な鎧は上下灰色のスウェットに変わり、かつてのきらびやかさは全く見受けられない。
それも充分気になるが、注目せずにいられなかったのはそこではない。彼の最大の特徴だったとも言えるものが消失していたのだ。
「つ、角がっ! 角はどこにやられたのですか!」
そう、角。黒く輝く二本の立派な角が、頭部からきれいさっぱりなくなっていたのだ。
「ま、まさか何者かに襲われて、角を折られたのですか。ですが、あなた様ほどの猛者がそのような」
「あっははは。クラブちゃん、大げさだなあ。少し落ち着こうよー」
「主君から鎧やら角やらが消え失せて、冷静でいられるわけが……あ」
あ、これ、やばいかも。
クラブソルジャーはぎこちない動きで顔を向けてみると、予想通りのリアクションがそこにあった。
「主君? そのおっさんが?」
「これは一体、どういうことでしょうか」
「ええ! てことはこの人が、悪の組織の総裁だったのお⁉ 小池さんがあ⁉」
ああ。口を滑らせたばかりに、とうとうヒーロー達にバレてしまった。これは死をもって償わなければならないほどの、重い罪だ。
忠義に厚い怪人が頭を抱えていると、総裁はニコニコしながらトロワーファイブの元へと進み出る。あろうことか「あれを倒せば……」と相談まで始めている者達に声をかけようとしているようだ。
「えーっとお。君達がここの、ご当地ヒーローなんだよね?」
「あ、そうだけど」
「まあ、今日までですけどね」
「うん、そうそう」
「だったらさあ、君達の上の人達に伝えておいてくれない? 本日をもって、ダークグローリアが解散したってこと」
「「「「……え――――――っ⁉」」」」
解散⁉ 自分が所属するダークグローリアが、解散だと⁉
寝耳に水の超展開に仰天し、クラブソルジャーはヒーロー達とともに絶叫した。そして我を忘れて総裁に詰め寄り、あれやこれやと尋ねまくる。
「え、ちょ、ちょっと待って下さい! そんな話、一度も」
「だって、さっき決めたことだもーん。今まで外にいたクラブちゃんが、知ってるわけないじゃないの」
「で、ででででも、解散だなんてそんな。ど、どうして」
「僕ちんねえ、今まで怪人社会の繁栄のために頑張ってきたけどお、この地域に来てから他にやりたいことが見つかっちゃってえ。だから、今日で解散」
「やりたいことって何ですか! 地域支配を超越する野望なんて」
「決まってるじゃないの。ラーメン屋さん」
「はあ⁉」
ラーメン屋さん⁉ ダークグローリアを捨ててやりたいことが、ラーメン屋さんですかあ⁉
いちいち放たれる発言に衝撃を受け過ぎて呆然とする中、総裁はしみじみと感慨深そうにしながら語る。話に全然ついていけていない部下のことなど、おかまいなしといった様子だ。
「僕ちんねえ、人間界の料理を食べてから頭の中で革命が起きちゃったのよ。何かもう、食べるだけじゃなくて自分で作りたい! 的な。そんな時、クラブちゃんに教えてもらったラーメンに出会っちゃったわけですよ。何? あのもちもちとした触感の麺に、コクと香りが漂うスープ。ダークグローリアの食文化の乏しさがよーくわかったっていうかねえ。早い話、運命感じちゃったんだよね。僕ちんまさに、ラーメンに命を注ぐために生まれてきたんじゃないかって。で、その思いは日に日に募り、今日に至ったというわけ。さっき、巨匠って呼ばれてる人のところに弟子入りしてきちゃったしねー。でも、あの格好のままだったら人間に恐がられちゃうでしょ? だから、ドクターに頼んで見た目を人間に近づけてもらったんだよねー」
「で、ですが、残された怪人は……」
「誰か跡継いで総裁になってもいいよって声かけたんだけどー、誰も地域支配に興味なかったみたい。強いて言うなら、アイアンマッスルが残りの怪人まとめてスポーツジムを運営するとか言ってたけど」
「……ああ、何てこと」
今まで忠義を尽くしてきた十年間は一体何だったのだ。というか皆さん、そんなに地域支配に興味がなかったのですか。あはは、どうりで体制がゆるくて自分ばかりが浮くわけだ。
半笑いになりながら膝から崩れ落ちるクラブソルジャーの肩に、総裁はポンと手を乗せる。どうやら、落胆する彼を慰めようとしているようだ。
「まあまあ、ショックを受けないで。そんなに地域を支配したいんだったら、クラブちゃんが総裁になる?」
「……滅相もありません。わたくしは、そのような器などでは」
「なら、僕ちんと一緒にラーメン屋さんになる? その腕、いい出汁になりそうだし」
「……ご冗談を」
「んー。なら、クラブちゃんも人間になったら?」
「そ、それは、その……」
ドクターの手を借りて人間に姿を近づけてもらえば、この社会に何の問題もなく溶け込むことができるだろう。もう悪事を働けない自分に辟易する必要もなくなるし……薫子とも、一緒になれる。
だがそれは、怪人であった過去の自分を捨て去ることにもなる。幾多の戦いを乗り越えてきた、この自慢の右腕も。
「あれれ、なりたくないの? 何かこの地域の人と親しくしてるみたいだったから、人間好きなのかなって思ってたけど。それに、そこにいる女の人ってクラブちゃんの恋人だよねえ?」
「え?」
総裁が指差す方を見ると、そこにはいつぞやのように遊具の陰に隠れている薫子の姿が。いつからいたのかは定かでないが、困惑しているように見える。
「え、いや、その」
「隠さなくてもいいよー。僕ちんおせんべいを買いに来た後も、結構こっそりこっちに来てたから、クラブちゃんがそこのきれいな子と一緒にいるのをよく見てたんだよねー。相思相愛でしょ? お二人さん」
「い、いや。そそそそその」
「ちょっとおいでよー。クラブちゃんが話あるんだってー」
「ええっ? ちょ、総さっ……」
大声で呼びつけられた挙句、手招きまでされた以上従わないわけにはいかないと思ったのか、薫子はおどおどしながらこちらに歩み寄ってきた。
地面に膝をついたままのクラブソルジャーに視線の高さを合わせ、時々伏し目がちになりながら口を開く。
「今の、ダークグローリアが解散するって話……」
「ああ。そこから聞いておったのか。我も上手く受け入れられていないが、本当らしい。我はその。ええと」
「……あの。クラブソルジャーさんが好きなようにして下さって大丈夫ですよ」
「え?」
言葉の真意が読み取れないクラブソルジャーは、きょとんとしながら彼女を見つめる。
薫子は数秒間を置いてから、意を決したようにして再び口を開いた。
「私のために、無理に人間になる必要なんてありませんよ。私は、怪人であるクラブソルジャーさんを否定するつもりはありませんから」
「だが、今まで尋ねたことがなかったが、その。正直この腕は、人間にとっては恐ろしいものではないのか。薫子殿も、本当は」
薫子は無言で首を横に振ってから、軽く笑みを浮かべる。そして、愛おしそうにクラブソルジャーの右腕に触れながら続けた。
「私は、あなたの全てが好きなんです。大切な人のことを、恐いだなんて思うわけないじゃないですか。例えあなたがどんな姿であっても……どんな姿になっても、私はずっと、あなたを慕い続けます」
「……!」
どうしよう、顔が熱い。胸がドクドク鳴り過ぎて、どうしていいかわからない。
横で「キッス! キッス!」と煽る総裁のせいで、ますます混乱するクラブソルジャーであったが、邪念を払うようにして頭をブンブン振ってから、彼女を左腕で抱き寄せた。
「あ、あの。クラブソルジャーさん?」
「そなたのためならば、我は……我はっ!」
「リ、リアジュー……」
「げっ!」
甘いムードの途中で、全てを打ち消す悪魔の声が響き渡る。
色々なことに気を取られ過ぎて、彼はすっかり忘れていた。この場にはおぞましい、阿修羅を体内に飼う恐ろしい化け物が存在していたことに。
「何で俺は仕事をクビになってもおひとり様だっていうのに、クラブソルジャーは美人の彼女とめちゃめちゃいい感じになったりしてるんだよ。俺は正義の味方の人間で、こいつは悪の怪人だぜ? こ、こんな理不尽……神は死んだあああーっ!」
レッドはその身におぞましい覇気を放つオーラを宿し、レーザーソードを振り回しながら咆哮した。
まずい。よく見たらブルーとピンクが離れた場所に避難しているし、これは絶対にやばい。
かつて味わってきた悪夢が、みるみるうちに脳内を駆け巡る。
「ク、クラブソルジャーさんは悪い人じゃありません! いくらヒーローでも、手を出すのは」
「わわっ! 薫子殿。気持ちは嬉しいが、奴に刺激を与えては」
「リアジュー……許すまじ」
薫子の美しい心持ちのせいで、レッドの嫉妬心はますます燃え上がる。
総裁はそのような一触即発の光景を、のんきに尻をかきながら見ていた。
「恐いねえ、そこの赤い人。よし、クラブちゃん。ファイトだよ。ファイト! 彼女さんは、僕ちんが守っておいてあげるからー」
「えっ! そ、そんな無茶な」
とんでもない無茶振りに対し、半泣きになるクラブソルジャー。
茂みという名の安全地帯に退却したブルーとピンクは、顔を見合わせてからいらぬ野次を飛ばす。
「頑張って下さい。嫉妬に狂う今の先輩は、はっきり言って鬼を超えてますよ」
「フレ~フレ~。リ・ア・ジュ~」
「貴様ら! 他人事だと思って、囃し立てるなあっ!」
「いいじゃないですか。どうせ最後ですし」
「うんうん。思い出づくりっていうか~」
「こっちは思い出どころか、走馬灯がちらつきかねないのだぞ! そ、そ、それを」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと食らええええーっ! うりゃあああーっ!」
「うっ……うわあああああーっ!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
今までありがとう、トロワーファイブ! 君達の活躍は、永遠に人々の中で語り継がれるだろう!
最後までご愛読ありがとうございました!
なお、本作のおまけを別途に投稿しましたので、興味のある方はのぞいてみて下さい。本編以上にくだらないですが。
http://ncode.syosetu.com/n4728cu/
(タイトル・トロワーファイブのおまけ的な何か。)