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第十四話 参観バンザイ!

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。

「あら、クラブソルジャーさん。今日も仕事に精が出てますねえ」

「あ、トメさん……」

 現在彼は、近所に住む老婦人のトメさんに声をかけられていた。

 前回出没した際、いつもの台詞では全く人間を脅せなくなったことに悩んではいたものの、結局いい案が浮かばず元の台詞を使い続けることにしたのである。しかしその結果、相変わらず町内の方々から親しまれ続けるという悪の怪人にあるまじき状態に終止符を打つことは叶わなかったのだった。

「この間は、庭の木の枝を上手い具合に形を整えて下さってありがとうございました。あなたのそのはさみを変な風に使わせてしまったようで、少し申し訳なかったですけれど」

「いや、あの日は非番だったので……。あと、はさみは定期的に動かさなければ感覚が鈍るので、たまには繊細さが問われる動きをした方がこちらにも都合がいいのです。そのついでのようなものですから、気になさることはない」

「そうですか。こちら、つまらないものですが……どうぞ」

「は、はあ」

 手渡されたのは、紫色の布に包まれた箱。老婦人の人柄を表すかのように、上品な雰囲気をまとっている。

「手作りのおはぎですが、よければおやつにでも。箱は返さなくて大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます。恩に着ます」

「では、頑張って下さいね」

 トメさんはペコリと頭を下げると、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

 それとほぼ同時に、クラブソルジャーは複雑そうにしながらがっくりと肩を落とす。

「ああ、本当に我は何をやっているのか。悪の怪人であるにもかかわらず、こうも人間どもに好意を抱かれるとは……我はひょっとして、怪人に向いていないのでは? ううむ」

 ダークグローリアにて生を受け、人間が住まう各地域に出没し、その土地を奪うために力を尽くすようになってからずいぶんになるが、ここまで親しまれるようになってしまったのは初めてのことである。

 一体何が自分を狂わせたのか。今までと勝手が違うところは、せいぜいヒーロー達がまともに戦おうとしないポンコツの集まりであることくらいなのだが……。

「大体、あの馬鹿どもがこちらのペースを狂わせてくるのが全ての元凶なのだ。そうだ、いや、そうに違いない。我がこのように堕落したのも、全てあいつらが原因……」

「そこまでだ、怪人!」

「む?」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「噂をすれば、何とやらという奴だな」

「噂? 褒めちぎる内容だったら、いくらでも噂してくれて結構だぜ……とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、仮面をつけて素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

「……?」

 ここまでならいつも通りの登場なのだが、この日は普段と異なる点があった。

 トロワーファイブ達がポーズを決め終わってもなお、どこからか差し込んできている影がまだ残っているのである。

「おい。そこに差し込んでいる影は何なのだ」

「え、これはいや、その」

 紫の包みをベンチに置きながら尋ねるクラブソルジャーに対し、曖昧にはぐらかそうとするレッド。その動きは、ブルーとピンクも同様だった。

「さあ、何のことでしょう。僕達には、そのような影など一切見えませんが」

「う、うんうん。あたしにも何にも~」

「一体何を隠しておる。よもや、大勢で奇襲を仕掛けようなどと目論んでいるのではなかろうな」

 カニ怪人は疑いの目を向け続けるが、ヒーロー達はそろいもそろって首を横に振るばかり。ここで影の一つが、何の前触れもなく動き出した。

「ヨシオ! 何ボサッとしてるんだい! こんなちゃっちい怪人、さっさとやっつけちまいな!」

 ヨシオ? それは誰のことなのか。

 謎の名前を呼ぶやかましい声と同時に、全体的に目がチカチカしそうなほど派手な服を着た中年の女性が飛び出してくる。何故か手には大振りのハリセンを持ち、凄まじい剣幕を放っていた。

「か、母ちゃん! 前に出てくんなよ。それと、本名で呼んでんじゃねえよ!」

 噛みつくように言い返したのは、レッドであった。怪人の前にずかずかと進んでいきそうな女を、制止しようと試みている。

「は? それもこれも、あんたがヒーローらしくシャキッとしないからでしょうが! あんたがやらないんだったら、私がやってやるわよ。この護身用に持ってきたハリセンで、スパーッと決めてやるわ!」

「だから、やめてくれって言ってるだろ! 恥ずかしいって、マジで。ほら、怪人だってドン引きしてるし」

 ドン引きではなく、呆気にとられて何もできないだけですが。

 クラブソルジャーは理解の範疇を越えた光景に言葉を失ったまま、目をしばたたかせるばかりである。

 この二人の関係が親子であるということは、一連の会話を聞いているうちにわかった。しかしそれ以前に、どうしてヒーローの母親が戦いの場にしゃしゃり出てきたのか。

「クラブソルジャーさん。本日もお困りのようですね」

 ここでブルーがそっと近づいてきて、仮面の下で不敵な笑みを浮かべる。

 もはや恒例になりつつある、突拍子もない展開を解説するコーナーの始まりだ。

「本日も困っているというよりは、貴様らが毎回のように我のことを困らせているだけだろうが」

「ははは。見かけに反することなく、なかなかきついことをおっしゃる。今回このようなことになっているのには事情があります」

「逆に、事情もなくこうなっていると言われたら仰天するぞ」

「ツッコミの方も達者でいらっしゃる。実はですね、今回の任務には僕達の親が参観しに来ているのです」

「は?」

 参観とは、主に学校とかで子供の授業を親が見に来るアレのことだろうか。このヒーロー達はどう考えても成人しているはずなのに、何故参観などという不可解なことが行われているのか。

「あのですね、これにもまた深い事情がありまして。上の偉い方々が僕達の士気を上げるために、親を呼びつけるという卑劣極まりない手段に打って出たのです。これだけきっちりと職務を全うしているというのに、『お前達はたるんでいる!』などと難くせをつけた挙句、親に子供を見張らせるような真似をさせるとは。この暴挙は許し難いので、近々裁判を起こそうか検討中です」

「確実に敗訴するのは目に見えている。だから、やめておけ」

 己の日頃の行いを棚に上げて上役を訴えるヒーローなど、この世に存在していていいものなのだろうか。

 余計な心配の種がまた一つ増えてしまったクラブソルジャーであるが、気持ちを強引に切り替えて話を整理する。

「まあ、それはさておき。つまり、そこでドラ息子と喧嘩をしている母親だけでなく、貴様やピンクの親もここに来ているということか」

「そうですね。そこの木の陰に、僕の母とピンクの父がいます。くれぐれも、そちらを狙って攻撃を仕掛けないように」

「心配はいらぬ。いくら何でも、我はそこまで落ちぶれてはおらん」

「……仮にも悪の怪人なら、ここで木に向かってビームの一つでも放つべきでしょうに。相変わらずつまらないお方だ」

「貴様という奴は、本当に性根が腐っておるな」

 それはともかくとして、よく見ると木の陰には和服を着た女と、何か黒い物体を手に持った男が二人並んでこちらを眺めている。説明が正しければ、彼らがブルーの母とピンクの父なのだろう。

「カズヤ……我が一族の代表として、地域を平和に導くのですよ。あたくしはこの日のために、あなたを大切に育ててきたようなものなのですから」

 ただ、着物の女の方はブツブツ言いながら、ブルーのことを鋭く厳しい目つきで睨みつけているように思えてならない。怪人が気にすることではないのだが、もしかして何か面倒な因縁があって、自らの親にビームをかませなどという外道発言をかましたのだろうか。

「やっほ~パパ~! あたしの活躍見てる~?」

「もちろんさ~! 頑張れピンク~このカメラで、お前の勇姿はバッチリ撮ってあげるからね~」

「んもう、パパったら。本当にあたしのこと大好きなんだから~」

「もちろんさ~。僕はモモコ……じゃなかった。ピンクとママのことを誰よりも愛しているからね~」

 また、何やら離れたところでアホな会話をしている馬鹿親子がいるようだが、そんなものは誰も気に留めてはいなかった。

 そもそも、ヒーローの親達がそろいもそろって変わった方々ばかりなので、いちいち着目していては日が暮れてしまう。

「ほら、あのカニ怪人何かペチャペチャしゃべってるよ。今のうちに、蹴りの一発でもぶちかましてやんなさいよ」

 一方、変わらず好き勝手なことばかり言うレッド母に、普段は暴走気味の息子もこれにはたじたじである。困り果てた様子ながらも、何とか落ち着かせるよう試みる。

「あのさあ。母ちゃんってば、せっかち過ぎるんだよ。ヒーローと怪人の戦いにも、段取りってもんがあるんだって。それにあの怪人、見たところまだ悪いことしてないみたいだし。流石にこの地域に現れたってだけでしばくわけには」

「ふーん。怪人が悪事を働けば、ヒーローはちゃんと働けるって言うんだね? なら」

 一体何を思ったのか、レッド母は息子を気迫で跳ね除け、怪人の元へと歩み寄っていく。そして、とんでもないことを抜かし始めた。

「ほら、怪人。さっさと私の尻を触りなさいよ。そうしたら、麗しの美女を襲った怪人として悪事を働いたことになるでしょ?」

「はあ⁉」

 何だこいつは!

 麗しの美人を自称するだけでも充分びっくりなのだが、まずは人間が自分から尻を触るように強要してきたことにクラブソルジャーは絶句してしまった。

 確かに怪人たるもの、悪事を働いてからヒーローと戦うというのがセオリーというものだが、働く悪事を選ぶのはこちらである。一体何の罰で、ハリセンを片手に傍若無人な振る舞いをする中年女性の尻など触らなければならないのか。

「ほら、早くしなさいよ。あんたがバシッと悪事を働かないと、うちの息子が仕事できないじゃないの」

「いや、その。悪事というのは、人から強要されて働くものではなく」

「はあ? 何言ってんだい? 怪人のくせに、嫌に真面目な受け答えなんかしちゃって。馬鹿じゃないの!」

「痛っ!」

 パーン! という実に清々しい音が、公園内に響き渡る。

 ハリセンから繰り出されたとは思えない一撃に、クラブソルジャーは頭を抱えてしまった。

「た、叩くでない。我はただ、このような状況で働く悪事は悪事と呼べないと正当性を説いておるだけで」

「悪者担当の怪人が、正当性とか抜かしてんじゃないよ!」

「うあっ!」

 パーン! 

 爽快な音が、再度響く。

「痛たた……だ、だから、我は自主的に悪事を働きたいと考えておるのだ。そなたに指示された通り動いても、それは我の意志ではなく」

「くっちゃべってる暇があったら、さっさと実行しなさいよ!」

「ぐああっ!」

 パーン!

 三度響いたその音は、もはや芸術の域に達していた。

「うぐっ……うぐぐ……」

「ほら、さっさと尻をなでなさい。ほらほらほらっ!」

「いや、それはやはりちょっと。我にも選ぶ権利というものが……あっ」

「な、何ですってえ!」

 頭を叩かれ過ぎてクラクラしていたクラブソルジャーは、つい口を滑らせてしまった。

 それは当然彼女の逆鱗に触れ、怒りのマグマを急激に湧き上がらせる。

「このカニ野郎! 何が自分にも選ぶ権利がある、よ? うちの息子の仕事を滞らせた挙句、この美人で麗しい私の尻なんか触れないですって? これは立派な悪事よ! ほら、ヨシオ! あんたもこっち来てこいつを殺るんだよ! うらうらうらっ!」

「うわあああーっ!」

 レッド母は鬼神の如き形相を作りながら、クラブソルジャーの頭部を凄まじい勢いで叩きまくる。あの子供にして、この親ありという奴か。

 ちなみに当の息子はというと、完全に凍りついてその場に立ち尽くしていた。

「レ、レッド。この者は、貴様の母親なのだろう? 痛たたたっ! な、何とかせぬか。肉親として、責任を持って何とかするのだ!」

「いや、んなこと言われたって……。うちの母ちゃん、怒ると手をつけられなくなるんだよ。ハリセン持ってる時点で、それくらい察してくれよな」

「ハリセンと怒り狂うと手がつけられなくなることに、何の因果関係があるというのだ! 無茶ばかり言いおって……」

「覚悟しなさい、カニ怪人!」

「痛たたたたたっ!」

 バシンバシンとどつき倒され、ふらつき始めたクラブソルジャーであるが、決して反撃を加えようとはしない。それは、ヒーローではない相手に対し、己の力を振るわないと心の中で誓っているからだった。

 だが、いくら攻撃手段がハリセンであるとはいえ、端から見てもひどい殴られようである。ここまでやられているのならば、多少振り払うなどしても誰もが妥当だと判断して見逃してくれるはずなのだが、彼は生真面目過ぎる性分ゆえに自身に課したルールを破るという発想が浮かばなかったのだった。

「何故この我が、ヒーローでもない人間にどつき回されなければならぬのだ。ううう、このままでは身が持たぬ。ここはひとまず引き上げ……」

「隙ありっ!」

「痛っ!」

 レッド母が放った会心の一撃に、クラブソルジャーは目に涙を浮かべながら二、三歩よろける。

 いまいち焦点が定まらない目つきになりながら、ヒーロー達に向けて言い放った。

「何が親子参観だ。百歩譲って参観を認めたとしても、親がしゃしゃり出てきて怪人に攻撃を加えるなど、前代未聞だ。あくまでも、我はヒーローとの戦いを望んでいるのだ。こんなめちゃめちゃな展開……付き合ってられるかあっ!」

 右手のはさみを荒々しく振り回して威嚇したかと思うと、周囲がひるんだ隙にそのまま背を向けて走り去ってしまった。

「あ、逃げる気? そうはいかないわよ!」

 見かけだけの脅しなど通用しなかったレッド母は、それを確認するなり年齢からは想像がつかないほどの速さで怪人を追いかけていく。そして、遠くからパーン! という聞く分には心地良い音と、「ぎゃーっ!」という悲痛な叫び声が聞こえ続けた。

 その光景を見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。

「母ちゃん、マジやべえ。スーツ着てないのに、俺達より強いんじゃねえか?」

「その可能性は否定できませんね。あれほどの戦闘能力を誇るのであれば、ヒーローを任せたいくらいですよ」

「パパ~。あたし活躍する前に全部片付いちゃった~。ごめんね~」

「あ、そういえばクラブソルジャーの奴、そこのベンチに箱置きっぱなしだな」

「ですね。中身は……おはぎですね」

「やったあ! あたし、おはぎだ~い好き! 無駄になったらもったいないし、みんなで食べよっ!」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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