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テレフォンライン  作者: 新庄知慧
116/116

116 終章

これまで述べてきたのが、かつて私が関与した殺人事件のあらましである。もう10年以上も前のことになる。




総括すれば、それはつまり、失踪した娘を救えず、死に至らしめたという、ただそれだけの事件だった。




私にとっては痛恨の事件で、できれば記憶からすべて消えてほしいという卑怯な願いを私は持ち続けた。しかしもちろん、それは不可能だった。




依頼人の真紀子は、私に法外な額の手付金を渡した。事件がおわったあとに、さらに法外な金額の小切手が私に送られてきた。




手付金ともども返そうとして連絡を試みたが、真紀子の行方は知れず、連絡できず、金はオフィスの金庫に入ったまま、事件の記憶と同じく、消え去ってくれないままだ。




真紀子は、娘の死の理由を知って、どうにかなってしまったのか、そうではないのか、何もわからない。




内田やそのほかの関係者についても、どうしているのか何もわからない。私は事件の記憶をすべて消し去ろうとして、何も知ろうとしなかった。だから何もわかるはずはなかった。




しかし、こんなに年月がすぎたのに、事件のほうは私を放っておいてはくれなかった。




先日、山手商会から、殺人犯である出川の死刑が執行されたという知らせが、きた。サービスのつもりだったのかもしれないが、私にはよけいなことだった。




心神喪失者を装い、極刑を逃れようとして上訴し、長い時間が過ぎたあげくに結局その上訴は棄却され、刑が確定した。それからさらに時間が過ぎて、世の中に忘れ去られた頃合いに、突然、刑が執行された。




「ボタンの押し方をまちがえないで、そのうえ運がついていたら、正義が飛び出してくることもある」といわれる「法律」という名の機構から、「死刑」という結果が飛び出した。




おかげで私に、事件の記憶が鮮明によみがえった。マユミを救えなかったという重い悔恨の念に、また私はさいなまれた。






そんなある日のことだった。私は驚くべき目にあった。




マユミに再会したのだ。




別件の調査で、ある動画をPCで探していたところ、マユミにそっくりな女子高校生の画像に遭遇した。




私は驚いて再生した。




まちがいない。マユミだ。




それは彼女の高校の弁論大会でのスピーチらしかった。美しい顔立ちの彼女が、清楚な制服姿で、一生懸命に、語った。




私は狼狽し混乱しながら動画を見た。








マユミは次のようなことを語った・・・・




「太陽の光と雲ひとつない青空があって、それを眺めていられるかぎり、どうして悲しくなれるというの?」




「たった一本のろうそくがどんなに暗闇を否定し、その意味を定義することができるのかを見てください」




「私は理想を捨てません。どんなことがあっても、人は本当にすばらしい心を持っていると今も信じているからです」




「だれもが心に良い知らせのかけらをもっています。それは、自分がどんなにすばらしい存在になるのか、まだ気づいていないということ!どれほど深く愛せるのか!何をなしとげるのか!自分の可能性とは何かを!」




「私は死んだあとでも生き続けたい」






アンネ・フランクがテーマのスピーチだった。アンネの日記の言葉は、彼女自身の本当の言葉になっていた。語る合間に見せる笑顔は、生き生きとして明るく、希望や決意にみちていた。事件当時に写真で見たマユミとは別人のようだった。




さいごに彼女はいった。






・・・・私たちには昨日を悔やんでいるひまなんてありません。私たちには時間がないのです。






死期を悟ったかのような言葉だった。




そのとき私は気づいた。彼女は殺されたのではなく、すすんで死を選んだのだ。




私は、このときはじめて、マユミが、みかけだけでなく心の中まで、すさまじく美しい「人物」だったのだと知った。




マユミはうったえていた。人生は短く悲しいことばかりだが、人生は美しい。世の中は、私たちが考えるよりも、実は、ずっと、美しい。希望だって、ある。




私は愕然とした。こんな子を死なせてしまったのだ。何をどうしたって、私は許されない。




何が「私にとっては痛恨の事件」「重い悔恨の念」だ。ふざけるな。




すると突然、私の中の私が、私にいった。その声には、あのキラーの言葉とは比較にならない、神のように恐ろしい迫力があった。




「おい、大甘おおあまの探偵さんよ。少しはしっかりして、ちっとは、まじめに仕事しろ。こんどマユミみたいなのを死なせたら、てめえ、ホントにぶち殺すぞ」




私は深くうなずき、深甚なる了解をした。








・・・・・以 上



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