105 いちかばちか
藤山は、少し震える声でいった。
「あそこにいる方が、殺し屋さんなんですな。なんや、マユミの母さんが、黒幕だったんかいな」
私はそれには答えず、藤山の尾行に気をとられて、この店にすでにあのキラーが踏み込んでいたのに気づかなかった不覚を悔しがった。
しかし、もう遅い。私は藤山に小声で尋ねた。
「銃はお持ちですよね」
「はいな。今日は休暇やし、本当は持ってちゃいかんのやけど」
私は前方の黒い包みを見た。
本当にあの包みは爆弾なのだろうか。なぜあのキラーが、ここで宮本とともに爆死する必要があるのだろう。
やはりあの黒い包みが爆弾だとしても、私たちが逃げ出せば、あのキラーは即座に宮本を射殺して、自分は逃亡するのだろう。
しかしこうして躊躇していれば、私たちの目の前で奴は宮本を射殺するかもしれない。そして私たちとの銃撃戦になるのだろう。
いずれにしても、ぼやぼやしてはいられない。
私は再び藤山を見た。藤山も私と同じようなことを考えているらしかった。
いちかばちか、立ち向かってみましょう、と、私は目で藤山に語りかけた。藤山はうなずいた。
キラーはいった。
「何をしている。みんないっしょに死ぬかね」
私は決意した。両手をあげてすっくと立ち上がった。
「死ぬのはいやだ」と私は叫んだ。
「僕はマユミさんの死の真相を知りたいだけだ。真紀子さんの依頼はそれだけだ。その点だけを確認したい」
両手を上げて、恭順の姿勢を示してはいたが、言葉は堂々としていた。このキラーに対しては、逃げ隠れする姿勢は禁物だ。
「う、う、撃たんといてな、わても、このとおりですさかい」
そういって、藤山も両手を上げて立ち上がった。
「そんなにいっしょに死にたいのかね。困った探偵と刑事だな」
といいながら、その声の主がゆっくりと扉の向うの暗闇から姿を現わした。銃を構えた背の高いかまきり顔の殺し屋が、そこに立っていた。
「落着いて、話し合おうやないの。悪いようにはしまへん」
藤山は必死でいった。顔は汗みずくだった。
キラーは、阿呆を見るような目つきで藤山を見て、せせら笑った。
藤山はへっぴり腰で、ぶるぶる震えており、悪いがキラーが笑うのも無理はないと、私は思った。
しかし藤山は黙ってはいなかった。脅えつつも、いった。
「お、お話きいてますと、あんさんは、マユミはんの母さんのために、人を殺めてきたんですな。仇討ちですな。
マユミはんを殺した河合を殺し、マユミはんの母上を傷つけた篠原を殺し、そしてこの、そこで寝とる男も、マユミはんの母上に何かひどい仕打ちをしたんですな。
わけをもっと聞かしとくなはれや。そうすれば、なんかもっと上手い解決の道がきっとありますわ。
ここでまた人を殺めて、自分も死ぬやなんて、そんなこと、ようない。あきまへんがな。お若いのに、あんた、人生めちゃくちゃになります。
あんた、人生これからやないの」
藤山は、しどろもどろになりつつも、何とか言い切った。
「なんと親切なお言葉だ」
キラーはいった。
「私はたしかに、真紀子を愛してるんだ。だから、私は、私自身の手で、ことの始末をつけてきたんだ。よそ者は手をひいてもらう。
ねえ、探偵さん、前にそう警告したでしょう?」
私を見て、キラーは微笑んだ。私はうなずいた。
続けてキラーはいった。
・・・・・・つづく




