101 悪魔より恐ろしい悪魔
「いや、その、内田とかいう人にかわってからは、河合がしゃべった。電話したとき、そばにいたんだ。河合は、おそろしい」
宮本の表情は死んだままだった。死人が何かしゃべっているようにしか見えなかった。
「あのときの河合、私は本当に恐ろしかった。電話に向かって、悪魔みたいに毒づいて、怒鳴り、笑ってた。あんな人間は、みたことがない」
「内田は、あのとき、半殺しにあったように、泣きじゃくりました」
「そう・・・」
「私は、あなたがマユミさんに、何をしたか、真紀子さんから聞いて、知っています」
「そう・・・」
宮本の表情は動かなかった。
「そうなんだ、私は、酷いことをしたんだ。自業自得だ。だから、河合みたいなのに、つかまったんだ。財産もみんな無くなった。芝居だけがたよりだ。今は。そしてマユミ」
「マユミさんは、あなたを怨んでいませんか?」
「許してくれた。神様みたいな子だったんだ」
「あなたは、永野さんという人をご存じないですか」
「知ってる。マユミから聞いた。マユミの恩人だ」
宮本はつらそうな顔をした。
「次の芝居のモデルだ」
「そうです。永野さんは、マユミさんを心の傷から救った人です。救われたから、マユミさんは、あなたを許した」
「そうだ。だから、芝居のモデルにして、本を書こうとした。これは、本当に、真面目な気持ちだったんだ。自分で自分を、裁こうとしたんだ。
しかし、河合にいわれて、あなたに永野だといつわって電話した・・・」
宮本は頭を抱えた。苦悩すると同時に、本当に頭痛がするらしかった。つらそうにして、ぜいぜいとあえいだ。
「私はまた酷いことをやらかしたんだ。その永野という人を冒とくした。・・・世の中には、立派な人は確実にいるんだ。
私も、そういう人を見たことはある。でも、私みたいなのが冒とくする。世の中には、恐ろしい人もいる。
恐ろしい人が、立派な人を殺してしまう・・・。マユミ。結局、マユミは、殺されてしまった。結局、私が殺したようなもんだ」
「マユミさんは、誰に殺されたんです」
「河合だ」宮本は、あっさりといった。
「なぜ」
「河合が、悪魔だからだ。マユミが永野という人に救われた話を、マユミの客だった河合は、マユミから聞いて知っていた。
この話が、悪魔のあいつには、ひどく凄まじく気にくわなかったんだ。猛烈に怨嗟した。
私にも、永野先生を冒とくするようなまねを、つまり、あなたに永野といつわって電話することを、やらせた」
宮本は、額をカウンターに擦りつけるようにして、続けていった。
「・・・しかし、その河合も、殺された。悪魔よりも恐ろしい悪魔が、いるんだ」
「・・・それは誰です」
・・・・つづく




