第36話 未来人の俺的な考え方は?
──俺は竹千代。
中身アラサー、外見は十歳前後のガキ。
そして今、東海道一の弓取り・今川義元公の《《ガチ眼光》》を受けて震えている。
いや、震えるどころじゃない。
腹の下の大事なものまでキュッと縮んでいる。
吉法師姫に捨てられた時の精神的ダメージとは別ベクトルの恐怖だ。
(うわぁぁぁ……この人、顔はギャグ漫画のバカ殿なのに……。威圧だけは戦国最強クラスなんだけど……!?)
白塗りの顔……。
真っ黒なお歯黒……
なのに、眼光だけは本物……
このギャップが逆に怖い……
声が出ない俺は、下を向いたまま固まっていたが──
脳裏に吉法師姫の嘲笑が蘇る。
『ははは~、たぬきのクソガキは鈍いし、弱いし、根性もないんだよね~』
──その声が、俺の背中を押した。
俺は顔を上げ、震える声で叫んだ。
「雪斎和尚さまの提案に……僕は異を唱えたいと思います!」
謁見の間が静まり返る。
雪斎和尚の目が細くなる。
武士の兄ちゃんは「終わった……」という顔をしている。
義元公は、白塗りのお歯黒顔で首を傾げた。
「竹千代、そちは麻呂に何を言っておるので、ごじゃるか?」
その姿はギャグ漫画のバカ殿みたいなのに──
じじの威圧は本物──
怖さはガチ──
だが雪斎和尚は、俺の言葉の意味をすぐに理解した。
「……竹千代殿が申し上げたいのは、儂が提案した武田と北条との同盟の件かの?」
「は、はい! そうです! 雪斎和尚さま!」
俺は正座のまま、雪斎和尚さまへ向き直り、元気よく返事をした。
義元公は目を細め、俺を見据える。
「……でッ、竹千代! お主は雪斎の代わりに、麻呂へ何を提案したい訳じゃ?」
その眼光は、完全に《《処刑前の確認》》だった。
(うわぁああああああああああああっ!! これ絶対、ガキの戯言だったら首飛ぶやつ!! 吉法師姫に捨てられたショックで暴走したと思われるやつ!!)
でも──俺は逃げなかった。
吉法師姫の嘲笑が脳裏に響く。
『たぬきのクソガキは、どうせ何もできないのよね~。あっ、ははははははは~!』
あいつの嘲笑いが、俺の奥歯を噛みしめさせた。
俺は義元公の眼光を真正面から受け止め──戦国シュミレーションゲームでも軍師になれる器量で、軍師として、あの時の、今川の親父さまへ言葉を口にした。
「……では御方さま……。自分なりの考えを言わせていただきます」
俺は深々と頭を下げ、時代劇の武士のように礼をしてから口を開いた。
「雪斎和尚さまの提案──武田家・北条家との三国同盟は、確かに素晴らしい策だと思います」
雪斎和尚がドヤ顔になった。
ハゲ頭がツヤツヤしている。
ちょっと可愛い。
だが俺は続けた。
「……ですが僕は、武田信玄公は《《義理と情に欠ける御方》》だと思います」
謁見の間の空気が変わった。
雪斎和尚の目が細くなる。
義元公の眉がピクリと動く。
俺は未来知識を軍略へと昇華させ、言葉を紡いだ。
「信玄公は、固い同盟を結んでいたはずの諏訪頼重公との約定を破棄し、諏訪家を滅ぼしました。そして諏訪御料人を側室に迎え、子を産ませた……。これは義に反する行いです」
爺二人が驚いた顔をした。
そりゃそうだ! ガキが知ってるはずのない未来の史実を、俺が語っているのだから。
俺はさらに踏み込んだ。
「今の戦国乱世は、ただ戦が強い者が求められる時代ではありません! 民は《《義と情を持つ英雄》》を求めています! 正義を貫き! 約定を破らず! 民を守る者を……」
俺は諸葛孔明が劉備玄徳に……。荀彧が覇王曹操に説いた時のように……。
義元公へと”義”を説いた。
だからあの時に、今川の親父さまは、俺の言葉を聞き、息を呑む。
その後俺は、最後の一撃を放った。
「信玄公は同盟を結んでも、必ずや今川家が弱体化すれば南下作戦を実行し、駿河の海と塩、富士の金山を狙います……。御方さまが京を目指すなら──虎を飼うのは危険です……。それよりも、虎を威嚇し続ける方がよろしいかと……。どうか……再考ください」
俺は深々と頭を下げた。
謁見の間が静まり返る。
義元公は雪斎和尚を見た。
雪斎和尚は義元公を見た。
二人は同時に唸った。
「う~ん……」
俺は冷や汗を垂らしながら、罰を覚悟した。
(やばい……やばい……やばい……。これ絶対、言い過ぎたやつ……! 俺が吉法師姫に捨てられたショックで暴走したと思われるやつ……! マジでどうしよう……)
しかし──義元公はゆっくりと口を開いた。
「……雪斎和尚」
「……良いのですか、御方さま? この子供の前で夢物語を語っても?」
「麻呂は構わん! 竹千代の話……興味があるで、ごじゃる! こやつの意見も聞いてみたい気になったで、ごじゃる」
俺は思わず息を呑んだ。
(えっ……? 俺の意見、聞いてくれるの……? 未来人の俺的な考え方、受け入れてくれるの……?)
義元公は続けた。
「竹千代……。麻呂は京へ上り、戦乱の世を治めたいと思っておる……。大内義興公のようにな……」
雪斎和尚が補足する。
「御方さまは、日の本の民を救いたいのです……。戦乱を鎮め、平和をもたらしたいと……」
俺は子供らしく大袈裟に驚いてみせた。
「す、すばらしい! すごいですね、御方さま! そんな大志を抱いておられるなんて……!」
──だが内心では、未来人の俺は知っていた。
義元公の志は、尾張の悪役令嬢・織田信長によって阻まれる。
桶狭間で露と消える運命だ。
だからこそ、俺は思った。
(この人……本気で民のために天下を目指してるんだ。……なら俺は──未来人として、力にならなきゃいけない)
吉法師姫への未練と復讐心!
女神さまとの約束!
そして未来を知る者としての責任!
俺は全部を胸に抱え──
俺は今川家の未来を変えるため、《《あいつ》》の策略に乗り、口を開く準備をした。
◇◇◇




