第34話 第二章・岡崎の麒麟児【前置き】
──俺の名は竹千代。
戦国の世に転生した、元アラサーのおっさんである。
だが今の俺は、ただの岡崎の若さまではない。
《《尾張の悪役令嬢に本気で恋して、本気で捨てられた男》》だ。
幼い頃、俺は尾張で《《悪役令嬢》》として名高い織田吉法師姫──世間では《《織田信長》》と呼ばれる傾奇姫に、まるで野良タヌキのように捨てられた。
いや、正確には《《イケメン猿》》と交換されて、華麗に《《ポイッ》》と捨てられた。
……でも、俺はあいつに対して本気で惚れていた。
吉法師姫の茶髪ヤンキーみたいな笑顔も、乱暴な言葉遣いも、天下を睨む強気な瞳も──
俺の胸を撃ち抜いたあの瞬間も──
手を引かれた時の体温も──
「竹千代、遅いぞ!」と笑った声も、俺は全部、全部、好きだった。
だからこそ、捨てられた今でも胸が痛む。
今川館へ向かう道中……俺は何度も「はぁ~」と溜息を漏らし、鳥居兄ちゃんや酒井姉ちゃんに心配されるほどだった。
──いや、心配されるどころか、酒井姉ちゃんにはこう言われた。
「若~、アンタ……失恋した女子か? 溜息の量が女子の失恋三日分なんすけど?」
俺はぐうの音も出なかった。
だって本当にその通りだったから。
俺の心は、吉法師姫に捨てられた瞬間からずっと《《失恋女子モード》》だった。
俺の胸の奥がキュッと痛む。
視界の端に吉法師姫の笑顔がちらつく。
歩くたびに「はぁ~」と漏れる。
──俺、戦国武将のはずなんだけど?
◇◇◇
だが、俺の物語は失恋で終わらない。
前世で黒髪の乙女を守って暴漢と殴り合い、最後の一瞬で殺された俺は、あの世で《《和式の女神》》と出会った。
天照か卑弥呼かと見紛うほどの黒髪の絶世の美女……
そして俺のアラサー顔を見るなり、こう言った。
『そなた、わらわの好みじゃ。勇気ある男よ。望むなら、次の人生で《《なりたい者》》にしてやろうぞ』
──その瞬間、俺の心は完全に持っていかれた。
吉法師姫に捨てられた直後なのに、女神さまの美貌と声を思い出し、俺の胸に刺さる。
いや、刺さるどころか、心臓を鷲掴みにしてくる。
しかも女神さま、《《あの時》》に、俺の顔を見て頬を赤らめてたんだよ?
あれ絶対、俺に惚れてるよね?
いや、惚れてるでしょ?
いやいや、そんなはず……。いや、あるな。あるわ。
俺の脳内では、吉法師姫と女神さまが並んで俺を取り合う修羅場ラブコメが妄想展開されていた。
いや、願望じゃない。
これはもう運命だ! 多分……。
俺は迷わず答えた! 《《あの時》》……
秀吉や家康のように、弱き民を守る政治家になりたい。
日の本を救う男になりたい、と。
ラブコメの女神さまは微笑み、俺の願いを受け入れた。
『よい。そなたの勇気に免じて、わらわもセットで転生してやろう。次に会う時は、強き男となっておるのじゃぞ』
──これ、完全にフラグじゃないか?
いや、絶対フラグだろ!
女神さま、俺に惚れてない?
いやいや、そんなはず……いや、あるな! あるわ!
俺の脳内妄想では、吉法師姫と女神さまが並んで俺を取り合う修羅場ラブコメが展開されていた。
いや、俺の願望じゃない!
これはもう運命だ!
多分、あいつ……。吉法師姫が、俺の伴侶になる予定だった女神さまか、俺が暴漢から助けた黒髪の少女……。
俺の異世界ファンタジーのヒロインさまのどちらかと、俺は思うんだ。
◇◇◇
そんな浮かれた気持ちを抱いたまま、俺は目を覚ました。
気づけば戦国!
気づけば岡崎城下の館!
気づけば《《幼名・竹千代》》として、俺は転生していた。
しかもこの世界は、俺の知る歴史とは違う。
酒井忠次はヤンキー姉ちゃん、服部半蔵はくノ一、森可成は鬼武蔵の名を持つ女武者……。
俺の尾張の小姓仲間の毛利新介や服部小平太、佐々成政も女武者……。
あの柴田勝家や前田慶次も戦姫武将だ……
そう歴史の英霊たちが、なぜか女体化して俺の周囲を歩いている。
そして──俺の元カノだった吉法師姫は、天下人を目指す《《第六天魔王》》として君臨し、俺を猿と天秤にかけて捨てた。
……許せるわけがない。
でも、まだ嫌いになれない。
この矛盾が、俺のラブコメをややこしくしている。
俺は岡崎の麒麟児として、歴史に抗い、運命に逆らい、あの悪役令嬢を見返す。
天下を盗りたいなら、俺がその背を押してやるつもりだった。
だが裏切られた以上、もう容赦はしない。
──これは、捨てられた男の逆襲ラブコメ!
戦国の世で、異世界転生した俺が、女神との約束を胸に、己の道を切り開く物語である。
そしてこの章は、俺が《《今川館》》で《《運命の出会い》》を果たす直前──
尾張の悪役令嬢に捨てられ、覇気を失い、ただただ「はぁ~」と溜息ばかり漏らしながら、《《今川義元公》》と謁見するために、今川館の中を侍の兄ちゃんの後を歩いていた頃の話だ
◇◇◇




