第17話 尾張の悪役令嬢様との思い出(6)
その日の稽古が終わり、俺が水を飲んでいると――
「……竹千代」
鬼武蔵が、珍しく静かな声で話しかけてきた。
「今日……姫さま、怒ってたな」
「まあ……ちょっとね」
「……うち、悔しい」
「え?」
鬼武蔵は拳を握りしめ、顔を赤くしながら言った。
「姫さまに……竹千代を取られたみたいで……悔しい」
「えっ!? いやいやいやいや!!」
「うち……竹千代のこと、守りたいって思ったんだ……。尻揉まれたのは許してねぇけど……でも……」
鬼武蔵は視線をそらし、耳まで真っ赤にして続けた。
「竹千代が殴られたり、倒れたりするの……。見てると……胸が痛ぇんだよ」
「鬼武蔵……」
「だから……うちが守る! 姫さまにも、恒興にも、利家にも……誰にも負けねぇ」
ツンデレから、《《デレ寄りのツンデレ”》》へ進化した瞬間だった。
その様子を見ていた恒興と利家が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「竹千代~、お前、モテ期来てるぞ」
「姫さまと鬼武蔵の両方から好かれるとか、どんなラブコメだよ」
「やめろ! 俺は巻き込まれてるだけだ!!」
恒興は肩を組んでくる。
「いいか竹千代。女の子に好かれたら、ちゃんと応えろ」
「逃げると余計ややこしくなるぞ?」
利家も真剣な顔で言う。
「姫さまは天下人になる器だ……。鬼武蔵は勝家さまと、どちらが強いかわからないほどの尾張最強の姫武将だ! どっちもお前を大事にしてる……。お前、羨ましいぞ、コノヤロウ……」
「いや、羨ましがるな!!」
恒興はさらに続ける。
「竹千代、まずは姫さまの嫉妬をどうにかしろ! 放置すると尾張が燃えるぞ!」
「燃えるの!? 尾張燃えるの!?」
「姫様の嫉妬は戦国最強だからな」
「やめてくれぇぇぇ!!」
利家がニヤリと笑う。
「でもよ……竹千代……。姫さまの嫉妬って、つまり――」
「つまり?」
「お前のこと、特別に見てるってことだ」
「…………」
アラサー脳の俺は、その言葉に完全に固まった。
(いやいやいやいや……。戦国ラブコメの主人公ムーブじゃん……
俺、そんなつもりじゃ……)
恒興が背中を叩く。
「竹千代、覚悟決めろ! 姫さまと鬼武蔵、どっちも本気だぞ」
「やめろぉおおおっ!!」
尾張の草原に、今日も戦国ラブコメの鼓動が響いていた。
◇◇◇
第7話 尾張の悪役令嬢様との思い出(5)
鬼武蔵のデレ発言で俺が固まっていると、草原の空気が――ふっと変わった。
吉法師姫が、静かに歩み寄ってきたのだ。
その足取りは優雅で……
しかしどこか《《怒りを抑えている》》ようにも見える。
「……竹千代」
「ひっ……はい、吉姉さま」
吉法師姫は俺の前に立ち、鬼武蔵と恒興・利家を一瞥した。
その瞳は、まるで天下を睨む覇王のように鋭い。
そして――
■A:吉法師姫の独占宣言
「竹千代は――アーシのものよ?」
草原の空気が止まった。
鬼武蔵も恒興も利家も、全員が固まる。
「……え?」
俺の声は情けなく震えた。
吉法師姫は、俺の袖をそっと掴む。
その仕草は可憐なのに、言葉は覇王そのもの。
「丁稚でも、人質でも、家臣でもいい……。竹千代はアーシの側に置く。
誰にも渡さないわ」
「姫さま……?」
「鬼武蔵! あなたも恒興も利家も――竹千代に近づきすぎよ?」
「ひっ……!」
鬼武蔵は肩を震わせた。
恒興と利家は、完全に青ざめている。
「姫さま……それは……その……」
「何か文句ある?」
「い、いえ……!」
吉法師姫は、俺の袖を掴んだまま、ほんの少しだけ頬を赤らめた。
「竹千代は……。アーシが育てるの! だから……勝手に取らないで!」
その声は、悪役令嬢の高笑いではなく――少女の嫉妬と独占欲が混じった、柔らかい声 ……だった。
■B:鬼武蔵、デレを自覚してさらに進化する
吉法師姫の独占宣言を聞いた鬼武蔵は、拳を握りしめ、顔を真っ赤にした。
「……姫さま! うちだって……竹千代のこと、大事に思ってるんです」
「へ?」
「尻揉まれたのは許してねぇけど……でも……竹千代が殴られたり、倒れたりするの……見てると胸が痛ぇんだよ」
「鬼武蔵……」
「だから……うちも竹千代を守りたい。姫さまにだって負けねぇ」
吉法師姫の眉がピクリと動く。
「……鬼武蔵……あなた、竹千代に気があるの?」
「き、気なんてねぇ!! ただ……。その……。弟として守りたいだけだ!!」
「それ、気があるって言うのよ?」
「姫さまぁあああああああああっ!!」
鬼武蔵は完全に真っ赤になり、草原にしゃがみ込んでしまった。
(いや、これ……完全にデレじゃん……)
アラサー脳の俺は処理しきれず、ただ空を見上げた。
■C:恒興・利家、恋愛軍師として動き出す
その様子を見ていた恒興と利家が、ニヤニヤしながら俺の両肩を掴む。
「竹千代……お前、完全に三角関係だぞ」
「姫さまと鬼武蔵の両方から狙われるとか、どんなラブコメだよ」
「やめろ! 俺は巻き込まれてるだけだ!!」
恒興は真剣な顔で言う。
「いいか竹千代……。姫様の独占宣言は、もう後戻りできねぇ合図だ……」
利家も頷く。
「鬼武蔵もデレた……。つまり――お前は選ばれる側だ!」
「選ばれる側って何!? 俺は選ばない!!」
「選ばないと尾張が燃えるぞ?」
「燃えるの!? また燃えるの!?」
恒興は俺の肩を叩きながら言う。
「竹千代……。姫さまを攻略するなら、今がチャンスだ」
「攻略って何!? 戦国恋愛ゲームじゃないんだぞ!!」
利家はニヤリと笑う。
「いや、戦国は恋愛も戦だぞ?」
「やめてくれぇぇぇ!!」
■吉法師姫、最後の一言で全員を黙らせる
騒ぐ恒興、利家、鬼武蔵を見て──吉法師姫は静かに言った。
「……竹千代は、アーシのものよ?」
その一言で、草原の全員が黙った。
鬼武蔵は真っ赤になり、恒興と利家は固まり、俺は心臓が止まりそうになった。
吉法師姫は、俺の袖をそっと引きながら言う。
「竹千代……。あんたは! アーシのそばにいればいいの」
その声は──覇王の声でも、悪役令嬢の声でもなく……。
一人の少女の、素直な気持ちの声……だった。
だから尾張の草原に、戦国ラブコメの鼓動がさらに強く響いた。
◇◇◇
(7)
七話まで投稿済み




