〜 アキの仲良し大作戦
俺はずっと「相棒」ってヤツが欲しかった。
リクおじさんのアッカとウッコ、父さんのマイリーのような、主人に忠実な犬かロバ、それがだめならせめて猫が欲しかった。本当は馬がいいのだけれど、うちにはそんな余裕はないし、犬は母さんが苦手だし、猫はばあちゃんが毛嫌いしてる。だから俺にはずっと「相棒」がいなかった。
「トッティがいるだろう?」
「……父さん。アイツ、噛みついてくるんだけど」
「それはおまえ、嫌がることしたんだろう」
「なんにもしてないよ!」
そうさ。小さい頃からずっと世話してやってるのに、アイツは俺のことを嫌ってる。だからわざわざ近くにいないときを見計らって小屋を掃除しているのに、いっつも途中で「グワァ、ガァー」って凄い叫び声を上げながらやって来て、俺の尻をつつくんだ。あんなヤツ、とてもじゃないけど「相棒」だなんて認められない。もっとも、ガチョウが「相棒」ってのも格好悪いから、それはそれで良いのかもしれないけれど。
そんなわけで、俺はずっと「相棒」が欲しかった。
だからミカが山で卵を拾ったと聞いて、俺は瞬時に閃いた。一緒に世話をすれば良いじゃないか。もちろんヒナの「一番」はミカだけど、餌をやれば俺にも懐いてくれるだろう。そうして思う存分可愛がって、大きくなったら一緒に遊んで、さらにはヒナが大きくなって子供ができたらその子を「相棒」にすればいい。そしたらミカとは「相棒」の縁続き、大手を振って遊びに行ける──と、ここまで考えて気がついた。生まれてくるのがもし、ヘビやトカゲだったらどうしよう。
心配はまったくの杞憂だった。生まれてきたのは鳥のヒナで、どうも鷹の仔らしかった。ミカは「鳥」だから「トリー」と名付けたけれど、ところがトリーは「鳥」じゃなかった。「ピグミードワーフミニチュアドラゴン」っていう、やたら難しい名前のドラゴンだった。
いまはもう、どこにもいないはずの小さなドラゴン。そんなトリーがミカと一緒に、誰にも知られずこの村で暮らしているのは奇跡的なことだった。俺にとってもミカとトリーは特別だから、心はすぐに固まった。なにがあってもトリーを守る。金のためにトリーを傷つけるようなこと、絶対に許さない。
あのときは、その想いが強過ぎた。
教主さまから話を聞いて、心配しながら帰って来たから余計にだ。
ミカに早く知らせなきゃ、確かめなくちゃって気負っていたのもまずかった。
だから抜けたトリーの羽を見て、つい頭に血が登ってミカを責めてしまったんだ。
◇ ◇
腰を屈めてのぞき込むとさっと目を逸らされる。
そばに寄るとミカの背中に隠れてしまう。
すっかりトリーに嫌われた。
それがこんなに辛いとは思わなかった。
「なあ、トリー? 許してくれよ」
「そうだよ。アキはね、トリーのことを心配してくれたんだよ?」
……きゅーう、きゅんきゅんきゅー
むずがるトリーを膝に抱き、優しくあやして説得しながら「仲直りしようね」とミカがトリーを差し出した。なんだかトリーは首を振って嫌がっているけれど、ミカの両手は背の翼ごと、胴をがっつり押さえているからトリーは抵抗できないようだ。
「アキ、トリーと鼻をくっつけて。ちょっと強引だけど、仲直りしちゃおう」
「う、うん。怖がらせてごめんな」
頭を撫でて、鼻を合わせようとトリーに顔を近づけたそのときだ。
ぎゃぎゃっ、ぎゃー!
トリーが目一杯に両前足と後足を突き出して、俺の顔を遮った。そのうえ顔まで背けて俺が近づかないよう必死になって防いでいる。
全身でもって「イヤ!」と言われて俺は深く傷ついた。
「そんなに嫌なのかよ……」
きゅーう
きゅーう
きゅーううぅ
ため息をつきながら、後ろに下がって距離を取る。するとトリーは身をよじってミカの腕から抜け出すと、胸にすがりついて鳴き出した。
「うーん……いつもはこんなふうにダダこねたりしないんだけどな」
震えるトリーを抱きしめて、困ったように眉を下げてミカがごめんと謝った。けれどこれは謝るようなことじゃない。なぜならトリーはこんなときでも俺を気遣っていたようで、鋭い爪は頬にかすり傷すらつけていない。
「まあ……今日のところは諦めるよ」
「ごめんね、アキ。きっとまだ目が腫れてるのが怖いんだと思うんだ」
「だな。いつもの顔に戻ったら、もう一度試してみるさ」
「うん。じゃあすぐにご飯にするから、ちょっと待ってて」
ミカが袋の口をトリーに向けるとトリーはするりと中に入って底の穴に尻尾を通す。それをよいしょと背負いながら、ミカは台所に向かっていった。俺も手伝おうとしたけれど、側に寄るとトリーが不安そうに鳴き出すから仕方なく諦めた。
「……悪いな。なんにもしないで」
「そんなことないよ。アキこそ帰ったばかりで疲れてるのに、わざわざありがとね」
ちょっと温めるだけだからすぐだよ。
朗らかに言いながら、ミカはてきぱきと動きだした。以前だったらこんなとき、俺がトリーを見ていたんだ。それが今は近寄ることすら許されず、蚊帳の外に置かれている。そう思ったら無性に腹が立って悔しくなった。
俺は、なんとしてもトリーと仲直りしたかった。
このままじゃ絶対に済まさないから、トリー、覚悟しとけ。
ミカの背中とトリーの尻尾を眺めながら、俺はひとり静かに気合いを入れた。
◇ ◇
──ぷちっ、ちゃく、ちゃく
きゅーう
「美味しい? じゃあ、次はこっちも食べてごらん?」
ミカがかいがいしく世話をして、トリーに昼飯を与えている。
それだけなら俺だって目くじら立てたりしないだろう。だけど餌が芋虫となると話は別だ。器の中身をひっくり返して自分のところに紛れ込んでいないかを、つい確認してしまう。
(──いない)
安心しながらひとくち食べて、俺は猛烈に悲しくなった。
どの野菜も美味いんだ。
なのにどうしても芋虫が脳裏にちらついて離れない。きっと同じ器で食べてるからに違いない。そもそもなぜトリーと俺たちの器が同じなんだと聞いてみたら、ちょうど良い大きさのものがなかったからだとミカは言う。
「ちゃんと分けてるし……きれいに洗ってあるから大丈夫だよ」
嘘だ。
目がわずかに泳いだことに、俺はちゃんと気づいていた。
間違いない。ミカはトリーと人間の器を分けていない。洗ってしまえば一緒だと、そう思っているに違いない。
(トリーは可愛いし、大好きだけど、でも)
ひっそりため息をつく目の前で、ミカとトリーが甘い空気をまとっている。
なんというか、ミカの溺愛っぷりに拍車がかかっているようだ。当人たちは熱々でも、見ているこっちは当てつけられてとてもやっていられない。
だから芋の皿を抱えて背中を向けると、行儀が悪いとミカが文句を言ってきた。
(ほっといてくれよ)
せっかくの美味い芋だ。味を堪能させてくれ。
そのまま無言で丸の芋を噛み切ると、口の中で皮がぷちりとはじけて割れた。
(この、音──?)
──ぷちっ
「んーー。よく食べたね」
きゃう
「トリーは本当にいい子だね」
背中越しに聞こえてくるのはミカとトリーの愛の語らい。
でも俺は、手元の皿から目が離せなくなっていた。
(芋だけに……芋虫と同じ音ってか?)
俺はいっそう悲しくなった。
そして半ば自棄になって残りの小芋を口の中に詰め込んだ。
◇ ◇
あれからだいぶ日が経った。「怖い顔」もトリーはきっと忘れてる。そもそもあの日、トリーはしぶしぶながらも俺を受け入れてくれたんだ。それにこないだ「トリーの草」をあげたから、俺のことを「良い人」だって思ってる。だから今日はきっと、もっと懐いてくれるだろう。仲良しだったあのころを、思い出しているだろう。それでも念のためにと「ばあちゃんの傷薬」をズボンに忍ばせておいたから、もしものときはこれを使ってトリーと仲良くなってやろう。
でも、こんなものなくたって、トリーはちゃんと俺のことを覚えてる。
だってトリーはとっても賢いヤツなんだ。
(賢いから──忘れてないってか)
膝の上に乗っているのは青くて綺麗な生き物だ。
輝くウロコにきらめく翼。羽はだいぶ短くなってしまったけれど、その可愛らしさはちっとも損なわれていなかった。
「お昼を作るあいだ、ちょっと見てて」
そう言って、ミカはトリーを俺に預けていった。早朝からずっとトリーを背負っていたから、流石に疲れてきたそうだ。
俺は全く問題ない。ずっと触れていなかったから、むしろ願ってもないことだ。しかりトリーのほうは違っていた。膝の上で身を固くして、小さな手足にぎゅっと力を込めている。
「そんなに固くなるなよ、な?」
手を伸ばしてそっと翼を撫でるけど、トリーはぴくりとも動かなかった。
「なあ、仲良くしてくれよ」
返事はない。
トリーは台所に立つミカの背中をじっと見つめ、俺のことなどまるで目に入っていないようだ。
はっきり言って、これは堪える。
少し前は俺にも甘えてくれたのに、これではまるでただの椅子だ。いや、椅子の上でトリーはもっとくつろぐから、俺はその椅子以下か。
(でも、そうやって強がっていられるのもいまのうちだ)
俺にはセミ以外にもとっておきの秘策がある。それを受けたらトリーはきっとイチコロで、こんなふうにすましてなんていられない。
想像しながら口を引き上げ笑ったことに、トリーは気づいていなかった。
……くーうぅ……
「ほれほれ、どうだ?」
……きゅー……
「こんなになっても俺から逃げたいか、んー?」
……くぁーう……
トリーは鼻を鳴らすばかりで動こうとしなかった。それどころか俺の腹に背中を預けて手足を広げ、尻尾をだらりと垂らしている。ちょっぴり開いた口元からは、小さな舌がのぞいている。目を閉じて、息も絶え絶えといった様子に調子に乗って、さらにトリーを責め立てた。
鎖骨の辺りをくすぐれば、両前足が弱々しく宙を掻く。尻尾の付け根を押してやるとぴくりぴくりと後足が丸まって、小さな息がこぼれ落ちる。
いまはもう、すべてが俺のなすがまま。
……くふぅ
「どうだ? 俺の技はなかなかだろう」
ばあちゃんの肩と腰で日々腕を磨いているから、按摩の腕には自信があった。それにトリーは身体を拭かれるのが好きだから、きっとこの手は有効だろうと思っていた。
案の定、俺の予想はぴたりと当たり、トリーはあっという間に俺の指の虜になった。強すぎず弱すぎず、この絶妙な力加減はとても気持ちがいいらしく、強ばっていたトリーの身体はゆでた菜っ葉のようにくたくただ。
「なあ、トリー? またこうしてやるから俺と……」
くぷー……
くぷー……
「あー、寝てる。よっぽど気持ちよかったんだね」
テーブルの上に皿を置き、ミカは笑いながらトリーの顔をのぞき込む。そして頭を撫でて、前足をちょいとつまんで揺すってみたけどトリーは目を覚まさなかった。
「こんなにぐっすり寝ちゃって。夜、ちゃんと眠れるかな?」
ミカはすっかり「親」の顔で、愛おしそうにトリーの寝顔を見つめている。俺はそっとトリーの身体を抱き直し、ぽかぽか暖かい肉球に手を当てながら声を潜めて問いかけた。
「俺、トリーと仲直りできたかな?」
「もちろん。きっとね、アキはいい人だって思い出したんじゃないかな」
「そうかな。そうだといいな……」
「大丈夫だよ。あんなに懐いていたじゃないか。だから、目が覚めたらきっと今まで通りだよ」
これでもう大丈夫。
ミカのその言葉に違いはなく、それからミカの家を訪ねると、トリーが嬉しそうに寄ってくるようになっていた。そしていそいそと膝に乗り、ごろりと横になって手足を広げ、「撫でて」ってねだってくる。
こんな可愛いおねだり、とてもじゃないけど断れない。
俺はすっかりトリーの虜。
でも、それがとても嬉しかった。
◇ ◇
きゃーうぅぅ……
ぁあーう、くーうぅ
足もとをぐるぐると回りながら、トリーが切なげに鳴いている。身体をくねらせ尻尾を足にすり寄せて、ボクにそれをちょうだいと、瞳を潤ませねだってくる。果ては横になって腹を見せ、前足でちょいと空を掻いてみせるから、俺はすっかりめろめろだ。
「よーしよし。いま塗ってやるからな」
トリーと再び仲良くなれて、それで今日は引き上げるはずだったのに、持って来た「ばあちゃんの傷薬」にトリーが気づいてしまったんだ。また今度、そう言いたかったけど、こんな媚態を見せられて、背中を向けるなんてできやしない。
俺はポケットから傷薬を取り出して、蓋を開けようと力を込めた。
「待って!」
ミカが突然水を差した。厳しい声音にまずいと首を竦めて恐る恐るうかがうと、ミカは走って居間を出ていって、なにかを手にして戻ってきた。
「塗るならこっちにして」
差し出されたのは小さな容器。ずいぶん前にミカにやった、傷薬の器だった。
確かにこういうものは使い切ってから新しいものを開けるべきだ。だから俺は礼を言い、ミカから容器を受け取った。そして蓋を開けて中を見て、首をひねらざるをえなかった。
「なあ……これ、もう空だけど」
「まだあるよ。底のほうに少し残ってるだろ」
きゅーうぅぅ
ふわっと香った薬の匂いに待ちきれなくなったのか、トリーははやく塗ってと急かしてくる。早くしないと逃げられる。そう思って指の先に力を込めて、容器の底をさらってみた。
「ええと……これ……」
とれたのはほんの少し、爪の先ほどの量だった。これではいくら丁寧に伸ばしても、トリーのおでこも塗れやしない。そこで新しい容器を取ろうとすると、ミカは蜜蝋油を俺の手に乗せてきた。
「そっちをトリーの顎に塗って。そしたらあとはこっちでいいから」
「おい、それじゃあ……」
「怪我したわけでもないから、これでいいの」
昨日も葉っぱを1枚食べたんだから、あんまり贅沢させたくない。
ミカはそうぶつぶつと言っている。
きゃあーぅ
「あ、待て。いま塗るから」
身体を起こして急かすトリーを寝かしつけ、顎に薬を塗ってやる。するとトリーは鼻をひくひく動かしながら、うっとりと目を閉じた。ミカに指示されるまま、身体に蜜蝋油を伸ばしていくけど、トリーは中身がすり替えられたと気づいてはいないようだ。
「ね、大丈夫だろ?」
「う、うん……」
大事な薬はこうして節約するんだと、ミカは自慢げに胸を張る。
俺はつい、そんなトリーに同情した。
「……トリーよお。おまえの父ちゃんて、しっかりしてるよな」
きゃーう
トリーがなんて返事をしたのか、俺にはよくわからなかった。




