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トリーの歌う、愛のうた  作者: らみ
トリーのかなでる愛の調べ
39/49

16 挑戦、そして



 玄関周りに水をまき、庭を見渡し確認する。

 雑草も抜いておいたし余分な枝は刈り込んだ。少しすっきりしすぎたかもしれないけれど、夏からこっち、伸び放題だったからちょうど良い。


「天気も──よし!」


 深い青の空の先には細い雲がうっすらと伸びている。山はすっかり赤と黄色と緑に染まり、じきにくすんだ緑と濃い灰色になるだろう。

 もうすぐ冬。朝と晩はぐっと冷え込んできたけれど、それでも日が出ている間はシャツ一枚でも暖かい。それにここ最近はずっと晴れが続いていたから、きっとアキは予定通り帰ってくる。


「……まだ、来ない」


 玄関から南に向かって伸びる道。

 樹の枝で隠されたその向こうから、いつ人影が現れるかと気が気じゃなかった。早くても今日の夕方、ひょっとしたら明日になるかもってアキは言っていたけれど、逆になってもおかしくない。考えだしたら落ち着かなくて、朝起きてから何度も何度も確認した。いい加減に疲れてしまって椅子を引っ張りだして座ったけれど、いくら見ても道はおろか家の周りはネズミ一匹見当たらない。


「はあ。トリーのおかげでネズミはこの辺りにいないもんな……」


 きゃー


「あ、起きた?」


 ──くあ


 伸びをしながらやってきて、目一杯に口を開けてあくびをすると、トリーはひらりと僕の膝に飛び乗った。それから首を伸ばして鼻と鼻とをちょんと合わせて挨拶すると、頬をすり寄せ甘えだす。そんなトリーを抱っこしながら耳の後ろをくすぐると、くるくる気持ち良さそうに喉が鳴る。「この甘えん坊」ってくすりと笑うと、トリーは「違うもん」と僕を見上げて抗議した。


「ふふっ、どーだか」


 トリーの両前足に指をかけてゆっくりと持ち上げる。するとトリーは後足だけで立ち上がるから、僕はそのまま膝の上で向こうを向かせてトリーをくまなく観察した。

 頭の飾り羽は綺麗に扇状に広がって、尻尾もぴんと伸びている。滑らかな青いウロコも身体のわきの黒い筋もきらきらと輝いて、まるで夜空の星を集めたようだ。背中の翼もつやつやで、動くたびに青や緑に色が変わってうっとりするほど美しい。


 きゅー、きゃ


 どうしたの?

 仰け反るトリーのあごの下から腹にかけては乳白色にきらめいて、柔らかな触り心地が癖になるほど気持ちいい。こんなに綺麗で可愛いトリーが僕の腕の中にいる、そう思ったらたまらなく嬉しくなった。それで手元に引き寄せお腹をぐるぐるなで回したら、トリーは身をよじって僕の膝から飛び降りた。


 ぎゅるる、ぎゅる、きゃう!


 いまはそんな気分じゃないの。

 振り返って文句を言うなり走っていくと、トリーはキジの羽つきボールをくわえて戻ってきた。


「……これで遊びたいの?」


 きゃう!


「うーん、でも。さっき身体を拭いたばかりだろ?」


 今日はアキと、そして教主さまが町から戻ってくるはずだ。だからこの日のために、僕は毎日トリーの身体を磨いてきた。そしてさっき、念入りに最後の仕上げをしておいたから、トリーは爪の先までぴかぴかだ。なのに外で羽つきボールで遊んだら、きっとトリーは土まみれになるだろう。それに裏の畑に行っていたらアキが来てもわからない。


「トリー、せっかくだからさ、教主さまに一番綺麗な姿を見てもらおうよ」


 くるくるる……


「ね? 遊ぶならこっちの……ほら、これにしよう」


 寝室から急いでネズミのおもちゃを取って来て、ちりんと鈴を鳴して振ってやる。するとトリーは素早く前足を繰り出して、僕からおもちゃを奪い取った。


 くうー、るるっ!


「あっ、待って!」


 止める間もなくトリーはおもちゃをくわえて方向転換、あっという間に寝台下に潜り込んだ。そして奥でごそごそすると、なにも持たずに僕の前にやってきて、置いてあった羽つきボールを足の間に挟んで小首をかしげ、じっと僕を見上げてきた。


 きゃううぅ、きゅーう

 ゴメチャイ

 きゃう


「……なくなったんじゃないでしょ。トリーが隠したんでしょ」


 きゅるるる、きゅるっ


「もう! 今日はダメなの! 明日たくさん遊んであげるから、大人しく家にいてよ」


 きゃう! きゃう!


 おねだりが失敗したとわかるや否や、トリーはボールをくわえてまっすぐ畑に駆けだした。でも僕が反応せずに、じっと玄関で待っていると息を切らして戻って来る。そして「いっしょに行こう」と僕の足にまとわりついて、ぐるぐるうなり声を上げだした。

 今日のトリーは少し変だ。やけに興奮しているし、元気が有り余るどころかあふれている。どうしてこんなに、と考えて、僕は大事なことに気がついた。


「しまった……昼寝、したからだ」


 昼を食べてひといきついて、アキが帰る前に仕上げなくちゃと青いウロコを磨いていたら、トリーはいつの間にか眠っていた。教主さまには元気な姿を見てほしかったし、起こすのも可哀想だとそのまま寝かせておいたのだけど、それが裏目に出たようだ。

 それに。


「僕は、また──」


 トリーに心配かけてしまった。

 きっと、僕の様子が「いつもと違う」って不安になって、トリーなりに気を遣ってくれたんだ。もし本当に遊びたいだけだったなら、「外に行こう」ってこんなに強く誘わない。だってネズミのおもちゃはトリー一番のお気に入りで、なくすなんてありえないんだ。


「トリー、ごめんね。ちゃんと説明してなかったね」


 きゃううー


 トリーを抱き上げ土のついた足を拭き、居間に入ってゆっくり中を見渡した。中はどこもかしこもぴかぴかで、床にはチリひとつ落ちていない。


「ね、綺麗だろ? 一生懸命掃除したんだ」


 きゅーう


「今日はねぇ、アキと一緒に教主さまが来るんだよ」


 くう、るるるーう


「アキ」って単語に反応したのかトリーはぴくぴく耳を震わせて、次に「教主さまって美味しいの?」と口の周りをぺろりとなめた。それに「食べ物じゃないんだよ」って笑いながら耳の後ろをくすぐって、黒い瞳をしっかり見つめて僕はトリーに語りかけた。


「教主さまはね、トリーのことを守ってくれたんだ。だからいっしょにお礼をしよう」


 きゃう


「そう、『ありがとうございました』って、ね?」


 きゅるるっ

 アリガト、アリガトーマシマシタ!

 きゃるっ


「うーん、もういちど。『ありがとう、ございました』」


 きゃー、きゅるっ

 ガットーガットー、アリガットー

 アリガットー、ゴザマッター


「ううう、ちょーっと違う」


 たくさん練習したのにねって小さなおでこをちょんとつつくと、トリーは僕の指を両手でつかんで噛みだした。ぐるぐる獰猛なうなり声をあげているのにトリーの牙は優しくて、僕の肌にはわずかな跡すら残らない。

 思ったようにできないからって拗ねるトリーはとても可愛い。がふがふ声をたててじゃれるトリーをなだめていると、僕もだんだん楽しくなった。つい熱が入って本格的に遊んでしまい、気づけば風が冷たくなって、窓の影も長く斜めに伸びていた。そろそろ夕食の支度を始めなければ、そう思ったときだ。


 きゃう!

 ゴハン!

 ゴハンハンハン

 るるりるりるりー


 ちらりと台所を見ただけなのに、トリーは早速歌いだした。こういうことには察しが良いと感心しながらトリーを抱いて、今日のご飯を見せてやる。


「へへへ、今日はごちそうだよ?」


 きゃう、きゃう!


「ほら、これ。トリーのご飯はね、キジとウサギ。そして仕上げにきざんだトリーの草をまぶします!」


 きゅーう


「僕らは豆とカブのスープです!」


 きゃー、るるっ


「ほかにお肉を焼いて、芋餅を……あーっ!」


 ぎゃーっ! ……くーう


 びっくりした、どうしたの?

 固まった僕の顔を、トリーがぺろりとなめてくれた。それで僕は我に帰り、慌てて鍋のふたを持ち上げた。


「やっぱり……」


 案の定、鍋には水しか入っていない。芋を茹でておかなくちゃって準備したけど落ち着かなくて、玄関までアキがこないか見に行って、そのまま忘れてしまったんだ。

 マズい。

 芋餅は簡単だけど、茹でるのに時間がかかる。急いで火を熾さないと食事の時間に間に合わない。


「トリー。忙ぐから少しあっちに行っててね」


 抱いたトリーを床に放してまずは鍋に火をかける。お湯が沸くまで急いで下ごしらえを済まさなくちゃと腕をまくって芋を洗い始めると、後ろでどたどた音がした。トリーが居間で走っている。


「ちょっと。静かにしてよ」


 振り向きざまに声をかけるとトリーはぴたりと足を止め、うかがうようなそぶりを見せた。そこで僕がめっ、と口をへの字に曲げると、トリーはなぜか身をひるがえして寝室へと駆けだした。


 ぎゃぎゃっ、ぎゃっ!

 ぐるぐるぎゃ!


 ぎゃあぎゃあ叫び声をあげながら、トリーは居間と寝室をなんどもなんども往復した。僕が呆気にとられていると、こんどは居間をぐるぐる全速力で走りだす。


「トリー、やめて!」


 怒鳴るとすぐに静かになるけど、長い尻尾をぴっと伸ばして頭を下げて、トリーは臨戦態勢だ。目を離したら、またすぐに駆け出すに違いない。


「……そんなに暴れたいの?」


 ぎゃ……


 僕の怒りを感じたのか、トリーは短く鳴くと怯んだように、じり、とわずかに後退した。そして僕が一歩足を進めると、トリーも同じぶんだけ後ろに下がってぐるぐるうなり声をあげている。


 ボク、どうしてもじっとしていられないの。


 黒い瞳がそう言っている。

 アキがいつ来るかって僕がどきどきしているように、トリーもきっと落ち着かないんだ。本当ならいっしょにいてあげたいけれど、いまはほんの少しの時間も惜しい。そこでトリーをなるべく汚さずに、どうしたらうまく発散させられるだろうって考えて、僕はいいことに気がついた。


「じゃあ、これはどう?」


 居間の棚の一番奥、そこから「あるもの」を取り出しトリーの前で揺らしてみせる。するとトリーははっと目を剥き、羽という羽を一気にぶわっと逆立てた。


 ……じゃー!

 じゃー!

 じゃーぁぁ!


 鼻の上にしわを寄せ、牙をむき出し威嚇しながらトリーはゆっくり歩いてきた。そして飛びかかろうと少し腰を落としたから、僕は「それ」を背中に隠してトリーを外に促した。


「ここじゃダメだよ」


 じゃー!


 思ったとおりだ。トリーはこの不倶戴天の敵──僕にとっては頼もしい相棒だけど──「木べら」で頭がいっぱいになっている。いつも使う小さな木べらはトリーの「愛」を受け止めるたび、齧られすぐにぼろぼろにされてしまう。でもいま出したこれは特別だ。とても硬いカタンの樹から作ったもので、長さは僕の腕ぐらい、へらの部分は僕の顔と同じぐらいに大きなものだ。まえに洒落で作っておいたものだけど、これならトリーの鋭い牙が相手でも、そう簡単には壊されない。


「こっちだよ。ほら、おいで」


 ぐるぐるるる

 じゃーぁ……


 木べらの柄に紐をつけ、裏に回って納屋の軒先にぶら下げた。ここなら玄関からは見えないけれど、台所の小窓からなら様子を見ることができるから、アキが来てもすぐトリーを呼べるだろう。


「はい。じゃあ、しばらくこれで遊んでて」


 ぐううううー!

 ぎゃうっ!


 僕が手を離すやいなや、トリーは木べらに飛びかかってがぶりと噛んだ。けれどがつっと音がして、鋭い牙はあっさりと弾かれる。


 ぎゅーうぅう……


 トリーの瞳が険しくなった。仕切り直しかいったん木べらから飛び降りて、周りをぐるぐる回りだす。かつてない強敵の出現に、攻めあぐねているようだ。でもトリーはすぐに獰猛なうなり声をあげながら、ひるむことなく立ち向かった。


 がうっ!


 トリーの頬が盛り上がり、顎に力が込められる。けれど特性木べらもさるもので、みしっ、みしっと悲鳴をあげても牙はまだ通さない。

 一方的に攻めるトリーは迫力満点、さすがドラゴンと言うほかない。でもトリーは木べらにしがみついて一緒にぶらぶら揺れているから、どことなく微笑ましくて可愛らしい。

 まだまだ見ていたいけど、僕は息を潜めて家に戻ることにした。

 これでしばらく時間がとれる。このすきに、急いで芋餅を作らなければ。



 ◇  ◇



「……できた!」


 結局、普通の芋餅だけでなく、カボチャとニンジン入りも作ってしまった。少し手間がかかったけれど、茹で具合もちょうど良くて味見をしたらなかなか美味い。色も綺麗に3色あるから、これでかなり豪華に見える。


「早く……来ないかな」


 空が赤く色づいて、だんだん薄暗くなってきた。冷えてきたから暖炉の火も大きくしたし、スープも暖め直している。準備はすべて整った。あとは2人を待つだけだ。


「さて、トリーを迎えにいかなくちゃ」


 結局トリーは木べらに勝った。いちど牙が通ってからは終始トリーが圧倒し、へらの部分は噛み砕かれて木屑の山、柄の部分もだいぶ短くなっていた。ちょうどそのころ僕のほうでも準備が終わり、呼び寄せようとしたけれど、トリーは僕の声も聞こえないほど夢中になって、残った柄を齧っていた。


「それにしても……くくっ、また作ろう」


 玄関先にランプを引っ掛け納屋に向かって歩いていると、さっきのトリーが思い出されて自然に口がにやけてしまう。


 戦いの終盤、あとひといきで勝負がつくそのときに、トリーはぶら下がった特製木べらに猛然と襲いかかった。でも勢いをつけすぎたのか、あっというまに振り落とされて尻から落ちて、挙げ句そのままくるんと後ろに回転したんだ。

 止まったときは仰向けになっていて、手足を真上にぴんと伸ばして指を全部広げていた。なにが起きたのかわからない、そのあっけにとられたトリーの様子がおかしくて、僕は思わず吹き出しかけた。それでも気づかれないよう必死になって口を塞いで見ていると、トリーはぱっと起き上がり、なにもなかったって顔で羽繕いをはじめたんだ。でもちらちら周りを気にしているし、誤魔化そうとしているのは見え見えで、僕は笑いをこらえるのにとてつもなく苦労した。

 こんなとき、笑うとトリーは拗ねてしまう。だからいま、僕はトリーの機嫌を損ねないよう家の影で息を止め、口を一文字に引き結んでから納屋の前に歩いていった。


「お待たせ…… あれ?」


 納屋の前には短くなった木べらの柄がぶら下がり、その下には木屑が無惨に散らばっている。きっとトリーは得意満面、僕に「やっつけたよ、ほめて」って駆け寄ってくると思ったのに、どこにも姿が見えなかった。


「トリー、どこ?」


 周りを見渡してみたけれど、動くものはなにもない。

 耳を澄ましてみたけれど、どこからも返事がない。

 嫌な予感がしてたまらない。

 そこでもう一度、トリーを呼ぼうと息を吸ったときだった。


 ──ぎゃーっ!

 コココッ、コッケーー!

 ぐぎゃぎゃぎゃぎゃっ!


 鶏小屋だ。

 それにコッコちゃんのこの声は。




 なんで、ってそれだけが頭の中でぐるぐる回る。

 さあっと身体が芯から冷たくなって、がたがた震えが昇ってくる。

 助けなきゃ、って思っているのに手足はちっとも動かない。せめてトリーを止めなくちゃって焦っているのに、喉は干涸びひゅうひゅうと鳴るばかり。


 ケケケッ、コケーッ!


 悲鳴に身体がびくんと跳ねて、やっと足が動いてくれた。

 目指すは家の向こう、鶏小屋だ。


(トリー、トリー、やめて!)


 あのときのヒナさんが脳裏にまざまざと蘇る。

 コッコちゃんは強いといっても鶏なのに。

 トリーは小さくたってドラゴンなのに。

 カタンの樹さえぼろぼろにするトリーの牙に、どうしてコッコちゃんが敵うだろう。どうして僕は、2人が仲良くなれるって甘いことを考えたんだ。どうして僕はいつもいつも──

 悔しくて悲しくて、それ以上に自分自身が情けなくて涙がにじむ。

 でもどうにかコッコちゃんを助けなきゃって、歯を食いしばって鶏小屋まで駆けつけた。すると目に飛び込んだのは、団子になってごろごろ転がる青と白。

 そして──


 ぎゃんっ!

 ──ッケコーオォー!


 悲鳴が上がり、トリーは弾かれたように逃げ出した。

 一方コッコちゃんは、白と青の羽が飛び散る中で翼を広げ、勝利の雄叫びをあげていた。



 ◇  ◇



 全速力で畑の中を突っ切って、トリーは一目散にクヌギのウロに逃げ込んだ。コッコちゃんに負けたことがよほど衝撃だったのだろう、トリーはウロに立てこもり、呼びかけてもなかなか出てこようとしなかった。なんども優しく「大丈夫だよ」「こっちにおいで」って声をかけ、やっとトリーが僕の元にやってきたとき、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。


「あーあ、真っ暗だね」


 きゅー……

 ゴメチャイ……


「ん? もういいよ。しょうがないさ」


 きゅーう、きゅんきゅん


 僕のわきに鼻先を突っ込んで、トリーがぎゅっとしがみつく。

 僕はトリーを抱きしめて、まずは怪我がないかを確認した。それから風切り羽や飾り羽の様子を調べ、それでやっと心の底から安心できた。

 あのとき僕は、コッコちゃんはもうダメだって覚悟した。でもコッコちゃんはトリーを返り討ちにしただけじゃなく、夜だというのに元気に雄叫びをあげていた。あの調子ならきっと怪我もないだろう。それにトリーの羽を折らないように加減してくれたんだから、コッコちゃんには感謝してもしきれない。


「トリー。コッコちゃんにちゃんと『ごめんなさい』するんだよ?」


 ぎゃうーう、ぎゅーう


 嫌だ嫌だと小さく震えるトリーの姿は、僕のよく知る「甘えん坊」だ。けれど狩りをするとき、特性木べらと戦ったとき、トリーは見違えるほど勇敢に、そして森のどんな動物よりも獰猛になる。僕はそれを知っていたのに、鋭い牙がコッコちゃんに向かうのを防げなかった。僕はトリーの親だから、責任を取らなくちゃ。


「僕もいっしょにコッコちゃんに謝るからね」


 きゃうぅ……きゅ


 ますます小さく丸まるトリーを抱きしめ、翼を優しくなでてやる。するとトリーは身体をすり寄せ首を伸ばし、頬をそっとなめてくれた。

 こんなにもトリーは優しい。けれどそれは、「だれにでも」ってわけじゃない。コッコちゃんに優しくするのが無理ならば、鶏たちをどうするべきか、僕は考えなければならなかった。

 それにこの騒ぎで家をずいぶん空けてしまった。これでは誰かが来ても、きっと留守だと思うだろう。


「アキ……来たのかな。でももう、帰っちゃったよね……」


 きゅーん……


 冷たい風がひょうと正面から吹きつける。でもトリーが翼を広げて風を遮ってくれるから、僕はちっとも寒くない。

 そのはずなのに、身体の芯が冷えていた。

 胸に大きな穴が空き、そこから風が通り過ぎているようだ。

 トリーがこうしてここにいるのに、心細くてたまらなかった。


「……遅くなったけど……ごはん、2人で食べようか」


 ……きゅー……


 とぼとぼ家に帰ってきて、玄関先で靴を脱ぐ。

 そのまま椅子に座って桶に裸足を突っ込んで、半分洗ったところで僕ははっと気がついた。

 いつもなら、水は刺すように冷たいはずだ。それが、ほんのりと暖かかった。


「なに? なんで──」


 きゃう!


「おっ? お帰り!」


 居間の扉が中から開いてアキがひょいと顔を出す。

 そしてその向こうには、もうひとつ人影があった。




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