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トリーの歌う、愛のうた  作者: らみ
トリーのかなでる愛の調べ
25/49

2 昼下がりの決闘

 


 茶色のうねの真ん中に、緑のすじが伸びている。少し前までひょろひょろした双葉だったのが、本葉が出てきてあっという間に野菜らしくなってきた。まだまだ小さく細いけれど、もう密に生えたところは間引いても大丈夫。少しずつ間引いていけば残った株が大きくなるし、僕やコッコちゃんたち鶏も、新鮮な菜っ葉を食べ続けることができるんだ。

 小さなうちは柔らかいからこれだけでもじゅうぶん美味しい。お昼に少し食べようか、そう思ってこうして間引きにきたけれど、菜っ葉に混じって見慣れない草がちょこちょこ生えているのに気がついた。


「なんの葉っぱだろ……」


 2つは同じぐらいの大きさだ。とするとこれは菜っ葉の種に混じっていたということになる。でも別の種が入らないよう保管には気を使っていたのに、この草の種はいったいどこで混じってしまったのか。

 葉を揉んで臭いを嗅いでみたけれど、青臭いばかりでこれといった特徴はないようだ。でもよく見る雑草とも違っているし、どんな花をつけるのか、このまま育てて見てみたい気もする。


 きゃう


「ねえ、トリー。これ、なんだと思う?」


 腰を下ろして謎の葉っぱを見ていると、やってきたトリーが背中側からわきの下に頭を突っ込み胸の前に顔を出した。そこで鼻先に草を近づけるとトリーは首を伸ばしてくんかくんかと匂いを嗅いで、そして次の瞬間、ぱくりと音を立てて食いついた。


「わあっ! ととと、トリー? これ、食べられるの?」


 むぐむぐ、ごくん。

 ──ぷしっ!


 くしゃみをするとトリーはきゃう、と僕を見上げ、ぺろりと鼻のまわりを舐めてみせる。

 ちょっと刺激的だけど美味しいよ。

 まるでそう言うように目を細めると、トリーは頭を脇の下から引き抜いて、畑の見回りに戻っていった。


「へえ……これ、食べられるのか」


 ぴんと立ったトリーの尻尾を見送って、ついなにげなく、僕も草を口の中に放り込む。


「〜〜っ! げえっ! かーーっ、ぺっ! ぺっ!」


 噛んだのは一度だけ。でもその瞬間、苦みと渋みと青臭さとが鼻の奥に広がって、つーんと頭のてっぺんまで登ってきた。けへけへ咳き込み涙を流しながら口の中をすすいだけれど、それからしばらく口の中がいがいがして、味も匂いもわからなかった。



 ◇  ◇



 ぴるぴるぴー、つーつーぴー

 ちるちるちー、きゃーるるる

 ダイスキトリー、カワイイトリー

 るるりるりるりー、ネギネギデス!


 ボクはここにいるからね。

 さんさんと日の光が降り注ぐ昼下がり、まるでそう主張するようにトリーが屋根のてっぺんで歌っている。

 僕はそれを聞きながら、鶏小屋の掃除にとりかかった。まずはコッコちゃんに小屋の外に出てもらうこと。いつもはこれに苦労するけど、今日は菜っ葉があるから楽勝だ。


「はい、コッコちゃんの大好きな菜っ葉だよ」


 間引いた菜っ葉を地面に置くと、コッコちゃんがいそいそと小屋の外にやってきた。そして頭を大きく上下に振ると、そっとつついて大事に食べる。

 いつもしかめ面をしているコッコちゃんが、好物を食べるときはこんなに可愛らしい仕草をするのが微笑ましい。いまも大好きな菜っ葉を食べて、とてもご機嫌のようだった。


 コッコッコッ


 どこか弾むような声で、もっともっととねだるけれど今日の菜っ葉はこれでおしまい。


「もう少ししたら、もっとたくさんあげられるからね。代わりにこれ、食べてみる?」


 僕にはちょっと無理だったけど、トリーは食べていたからコッコちゃんもひょっとして。謎の草を差し出すと、コッコちゃんはぷいっと顔を背けて僕に向かって砂を蹴った。これは嫌いなものを出されたときの反応だ。


 ぎゃー!


「はいはい、これはトリーのものだね。コッコちゃんは食べないって。大丈夫、心配しなくてもなくならないよ」


 屋根のふちから身を乗り出して、トリーがそれはボクのだと抗議した。ここにあるよと草を振って見せてやると、ぎゃう、とふたたび屋根のてっぺんに登ってゆく。

 コッコちゃん相手だと、トリーはどうしても冷静になれなくなってしまう。だから些細なことでもぎゃうぎゃう文句を言うけれど、危害を加えようとはしなかった。もしかしたらヒナさんのことを覚えているのかもしれないな、とそんなことを考えながら、僕は空になった鶏小屋の掃除に取りかかった。




 コッコッコッ

 ……コッ


 メスの1号、2号、3号が散歩をしながら地面をちょいと掘り返し、ミミズや地虫を食べている。オスのコッコちゃんは鶏小屋の上にどっしりと腰を下ろして、掃除をする僕とメスたちをじっと見守ってくれていた。

 トリーはずっと屋根の上で歌っているけどコッコちゃんは気にしない。なぜならここは、コッコちゃんの縄張りだからだ。家を挟んで畑の反対側にある鶏小屋とその周辺、ここにトリーは入ってこない。僕が呼んでもトリーは絶対足を踏み入れようとしないから、2人の間でなにか取り決めがあるのだろう。

 トリーとコッコちゃんの仲は最悪だけど、一緒に暮らしていけるよう互いに譲り合ってくれている。僕はそれが嬉しかった。


 きゃるきゃるりっ

 トリー、トリー、トリーハカワイイ

 るるりるりるりー、きゃーう

 アッハッハッハー、バカー、バカー


「……コッコちゃん、トリーに悪気はないからね!」


 気がつけば、屋根の上でトリーが僕らを見下ろしながら歌っていた。

 だけどきっと、トリーに悪口を言っているつもりはない、はずだ。たぶん。それにもし、そうだとしてもコッコちゃんには通じていない、はずだった。


 コーッケ、コーーオーー!!


 突然コッコちゃんがすっくと立つと、空に向かって雄叫びをあげた。

 両の翼を膨らませ、首周りの白い羽がぶわっと大きく逆立って、これは明らかに怒っている。


「なんで? ちょっと、どうして通じてるの!?」


 じゃー! じゃー! じゃー!


 トリーが屋根のふちにやってきて、背中の翼を大きく広げて威嚇した。頭を低く、お尻を高く持ち上げ長い尻尾をぴんと立て、そのうえ鼻の頭に皺を寄せ、鋭い牙をむき出しにしてコッコちゃんを睨んでいる。


「トリー! ダメだよ! やめて、落ち着いて!」


 喧嘩だけはやめてくれ。僕は精一杯の思いをこめて、トリーとコッコちゃんを説得した。するとその願いが届いたのか、2人はぴたりと口を閉じて静かになった。

 やった、僕の言葉も通じたんだ。

 よかった、と僕は嬉しくなったけれど、それは大きな誤解だった。

 ほっと息を吐いたその瞬間、コッコちゃんは僕の背中を足場にして飛び上がり、トリーは屋根を蹴って飛び降りた。


 白い羽毛と青いウロコが空中で激突する。

 がつっ、と痛々しい音がして、2人はひとつになって落ちてきた。


 ぐぎゃぎゃぎゃっ!

 ケケケッケー!

 ぎゃふぎゃっぎゃ!


 青と白の羽が舞い上がる。そのなかを、2人はめまぐるしく上下を入れ替えながら転がった。転がりながらもコッコちゃんは激しく翼をばたつかせ、クチバシからの突きと蹴りを繰り出した。トリーはそれを避けながら、コッコちゃんに噛みつこうとしているようだ。


 ぐるぐるぎゃるぎゃ、ぎゃ!

 コココココココッ、コケッ!

 ぎゃっふ、ぎゃふ、ぎゃっふぎゃー!


 戦いはあっというまに激しくなって、僕にはもう、なにが起きているのかさっぱりわからなくなっていた。だけどごろごろ転がりながら、ときどきばしっばしっと音がして、ぎゃ、とかコケッとか、悲鳴のような声があがっている。

 2人は互角に戦っているようだ。でもコッコちゃんが強いといってもしょせんは鶏、そしてトリーは小さくてもドラゴンだ。猪だって狩れるトリーと戦って、コッコちゃんが無事で済むとは思えない。考えるまでもなく勝敗は明らかで、決着がつくのを待ってなんていられない。もうヒナさんのような悲劇は起こさない。だからなんとしても止めなくちゃ。

 手にしたホウキを握りしめ、2人の間に割って入ろうとしたそのときだ。


 ケーーッッ!

 ──ぎゃんっ!


 雄叫びと、そして悲鳴が上がって青と白が2つに分かれた。

 青いほうは矢のようにまっすぐ駆けて、そして畑の近く、コッコちゃんの縄張りの外でぴたりと足を止めると振り返る。


 ぎゃぎゃぎゃっぎゃー!


 次は負けないからな、覚えてろ。

 まるで挑発するようにトリーは大声で叫んだけれど、コッコちゃんはすでに冷静になっていた。ふんっと鼻を鳴らしてぶるりと鶏冠とさかを震わせて、ほんの数歩、トリーを追いかける素振りを見せたんだ。するとそのとたん、トリーは一目散に山のほうへと走っていった。


「いまの……負け惜しみ……?」


 間違いない。

 トリーはコッコちゃんとの喧嘩に負けて、逃げ出したんだ。




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