2012七夕記念 〜 トリーの願い
晴れ渡った青い空には白い雲がひとつふたつと浮いている。
じりじりと日が照っていても風が熱を散らしてくれる、そんな昼下がりのことだった。
「ミカ! トリー!」
「あれ、アキ? どうしたの」
「へっへっへー。面白いこと聞いてきたんだ」
名前を呼ばれて振り向くと、畑の外、茂った芋の葉の向こうでアキが手を振っていた。細いけれど長い樹の枝を肩に担いで、なんだかとても楽しそうに笑っている。
きゃるりっ!
メリカカトリトリトリーりるっ
「よお、トリー。一緒に作ろうな?」
嬉しそうに駆け寄ったトリーの頭を撫でながら、アキは勝手に家の中に入っていった。
僕も畑仕事の手を止めて、アキとトリーを追いかける。
「もう、アキはいっつも突然なんだから」
そんなふうに口には出してみたけれど、今日はなにが始まるんだろうってわくわくするのを止められない。後始末もそこそこに、僕も家の中に駆け込んだ。
◇ ◇
色とりどりの布切れに雉の羽根、紐のついた細長い紙。
アキの持っていたカバンには、そんなものが入っていた。
「へーえ、これで枝を飾るんだ?」
「そうそう。それで最後にこの紙に願いごとを書いて、枝につけると叶うんだって」
「ふうん……」
きゃるきゃるりっ、るるるるりるりっ、きゅーう
「はいはい、もちろんトリーも一緒にね」
街でアキが聞いてきたこの風習は、遠い異国のものだという。夏の初めのこの時期に、綺麗に飾った枝を立て、ここには畑がありますよ、だから日照りにしないでくださいねって神様に知らせる目印にするそうなのだ。
そして一緒に願いごとを吊るしておくと、神様はそれも叶えてくれるらしい。
「じゃあ、うんと目立つようにしなくちゃね」
「そうさ! そんで一番に願いを叶えてもらおうぜ」
ぎゃるるっ、トリリルタタタッ、ネギネギデス!
トリーもなんだか張り切っている。
僕らは笑い合いながら、枝の飾り付けに取りかかった。
◇ ◇
茂った細長い葉の間には、布で作った花や雉の羽根、長いリボンが結びつけられ枝は素晴らしく豪華になった。
これなら見間違えることなどないだろう、そんな出来映えに、アキは満足そうにうなずいた。
「よーっし、じゃあ次は願いごとだ」
「ねえ、願いってどんなことでもいいの?」
「もっちろん! せっかくだから、うんと大きなことを書いておけよ」
「はは、あんまり欲張って、神様が嫌になんなきゃいいけどね」
きゃうきゃうきゅーう
トリーが僕の身体を駆け上り、ぼくもぼくもと訴える。アキの持ってきた紙は3つ、もちろんひとつはトリーのぶんだ。
「じゃあ、まずはトリーから」
トリーを膝の上に乗せ、前足の肉球に筆でインクを塗ってやる。「願いごとを考えるんだよ」と囁いて、紙の上にぺたり。足をきゅっと押し付けて、そっと持ち上げると紙には綺麗な足跡が残っていた。
ひとつだけでは寂しいから、全部で3つの跡をつける。そして最後にトリーの名前を書いて完成だ。
トリーは自分の肉球の跡を見るなり黒い瞳を輝かせ、耳をぴんと立てるとすんすん臭いを嗅ぎだした。そしてくるりと振り返り、まるでありがとうというように僕の顔を舐め回す。
ちるちるるるるーう、きゅう
「うんうん、ちゃんと願いごとが描けたね」
「おー、良くできたじゃないか、トリー」
僕とアキに褒められトリーは嬉しそうだった。前足を拭いてやるとすぐに僕らの周りをぐるぐる駆けて、早く飾ろうと急かしてくる。
アキと顔を見合わせて、笑いながら僕らも急いで願いごとを考えた。
◇ ◇
玄関の柱に飾り立てた枝をくくりつけ、隣に腰を降ろして僕らはじっと空を眺めていた。
赤く染まった空には星がひとつふたつと輝いて、世界を優しく見下ろしている。
そしてときおり涼しい風が吹き抜けて、枝の飾りを震わせる。
トリーはそれにちょいとじゃれつくけれど、噛みついたりはしなかった。皆の願いが込められている枝だから、壊してはいけないとちゃんとわかっているのだろう。
それでも枝の周りをぐるぐる回って小首をかしげ、きゃうきゃう鳴いて枝の飾りを見上げている。トリーなりに楽しんでいるようだ。
「それにしても、アキ……なんだかおかしくない?」
「そっか? ミカのほうこそ面白みが足りないだろ」
「これでいいんだよ。危ないことなんて、ないのが一番だよ」
「まあ、そうなんだけどさぁ……」
風が吹いて枝をさらりと揺らしていった。紙がくるくる回りながらはためいて、そしてゆっくり動きを止める。
そこに書かれているのは僕らのささやかな願いごとだ。
『皆が安全に暮らせますように ミカ』
『面白くなれますように アキ』
『 * * * トリー』
「トリーはどんな願いごとをしたのかなぁ」
「そうだな……『ミカとずっと一緒にいたい』とか?」
「それなら大丈夫。僕はトリーと一緒だよ」
「あーあ、聞いた俺が馬鹿だった。あいっかわらずだな、おまえ」
「なんだよ、家族は一緒に暮らすものだろ?」
「はいはい。わかってますよー」
「なんだよ、アキ。言いたいことがあるなら……」
トリーは枝の下で行儀良く座っている。
そしてときおりぷるりと耳を震わせて、まるで僕らの話をじっと聞いているようだ。
僕にはトリーの言葉はわからないけれど、できることなら叶えてやりたい。
ちらりと夜空を見上げながら、願いを叶えてくれるという神様に、僕はそっと願いをつけ加えることにした。
(──ただし、吐き戻しだけは無しでお願いします)
◇ ◇
『アイツに盗まれた心の責任を取ってもらえますように』
トリーのささやかな願いごと。
それは、トリーと神様だけが知っている。
願い事の提供は「願い事メーカー2012」さま(http://usokomaker.com/negaigoto2012/)より。




