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トリーの歌う、愛のうた  作者: らみ
新しい家族
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 〜 雨の日の過ごしかた

 


 しとしとと雨が降る。暖かく、霧のように細かい雨。

 雨は空も山も森も、どこもかしこも優しくしっとりと覆っていた。そして小さな小さな水の粒は樹々の葉をそっと濡らすと集まって、やがて雫となってぽとりと落ちる。


 とっ、とっ、ととっ

 とっ、ととっ、ととっ、とっ


 雨と樹々の歌の中に、遠くカエルの声が混じり合う。

 ささやくような、それでも心落ち着く密かな合奏。

 樹の幹を背に当てて、僕はじっと聴き入った。


 ほんの少しの息抜きだ。

 ひとりになれるのは、こんな雨の日だけだから。




 あの日、トリーが山から戻ってきてから僕らはずっと一緒だった。昼間はもちろん、夜寝る時だってぴったりくっついて眠っている。トリーが小さいころからそうしていたから、それは全然嫌じゃない。だけどちょっと困ったことになっていた。なにしろトリーときたら、四六時中僕にひっついて愛のうたを歌うんだ。


 トリー、トリー、メリカムラハ、トリーデミカデス

 るるりるりるりー、きゃーう

 ミカハカワイイ、トリーハミカ!

 きゃるっ、きゃるっ、きゃるきゃるりっ!

 つーつーぴー、ぴるぴるりっ

 チャマネギ、ネギ、ネギネギデス!


 意味があるようなないような、そんなことをトリーはずっと僕の耳元で喋っている。

 鳥みたいにぴるぴる鳴くのだったらまだ我慢できる。でもトリーは人の言葉を喋るから、それがどうにもイライラしてしかたがない。

 僕が教えたことも教えないことも、耳に入ってくる「言葉」をすべて、トリーは歌にしてしまう。アキは「面白い」って言うけれど、それもこれも知らないからだ。朝から晩まで何日も繰り返し聴いていないから、そんなことが言えるんだ。

 ずっと我慢していたけれど、ついに夢の中でまでトリーが延々と喋りだして僕はもう限界だった。

 ほんの少しでいいから静かな場所でひとりになりたい。

 そう願ってしまうのも、当然じゃないだろうか。


 でもひとりにして欲しいだなんて、トリーにどう伝えたらいいだろう。

 トリーは僕を喜ばせようといつも一生懸命だ。その気持ちがわかるから、僕はどうしていいのかわからなかった。

 ところがある日、気がついた。

 トリーは雨が苦手だったんだ。

 虹色の羽は濡れると重くなり、うまく飛べなくなってしまう。それにトリーは泥の中を歩く感触が、どうしても好きになれないようだった。

 だから雨の日だけは外に出てもトリーは僕の後をついてこない。

 行かないでって、鼻を鳴らしてじっと僕を見つめている。でも「ごめんね、ちょっと待っててね」ってそう言うと、トリーはしかたがないなって顔をする。

 それで雨が降っているそのときだけ、僕は森でひとりになって、頭と耳を休ませることにした。




 とっ、とっ、ととっ、とっ


 雨の合奏は続いている。

 森はゆったりと微睡んで、とても静かで心地よい。

 けれどなんだか少しもの足りない。

 ふうっと息を吐きだして、僕は雨にけぶる家を見た。

 いまごろトリーは寂しがって、きゅんきゅん鼻を鳴らしているに違いない。そしてじっと玄関前から動かずに、ノブが動いて扉が開くのを待っている。

 そんなトリーが脳裏に浮かび、そのとたん、胸がきゅうっと苦しくなった。

 ああ、そうか。

 いま足りないのはトリーの重み。肩に乗ったり背中に張りついてきたりする、触れているとじんわり暖かくなる滑らかな青いウロコ。外側はつやつやに輝いているけれど、内側はふんわりと柔らかいあの青い翼。

 なんだ。寂しいのは僕もトリーも同じじゃないか。

 急に笑いがこみ上げてきて、僕は雨の中に飛び出した。

 細かい雨はすぐに睫毛で丸くなり、瞬くたびに頬を伝って落ちてゆく。けれどそれを冷たいと感じる前に、僕は家の前に辿り着いた。


「ただいまっ!」


 きゃうるるるっ!


 扉を開けると文字通り、トリーが一目散に僕の胸に飛び込んできた。

 おかえり、おかえり。寂しかった、待ってたの。

 トリーはきゃうきゃう小さな声で鳴きながら、僕の顔を舐め回す。僕もトリーを抱きしめて、身体全部を撫でてやった。


「くすぐったいよ、トリー」


 おでこに鼻、頬はもちろん口の中までトリーは舐める。お尻を舐めた後だけはかんべんしてって思うけど、これはトリーの大事な愛情表現だ。「大好き」と伝えたくて舐めているのにそれを遮ってしまったら、トリーはきっと傷つくだろう。だから僕はできる限り「やめて」と言わないようにしていたんだ。

 それに今日はお留守番がんばったねって、トリーを褒めてやりたかった。それで僕はトリーの好きにさせていたんだ。

 なのに。


 ぎゅるぎゃー、ぎゅーるるっ!


 嬉しそうにひとこえ鳴いて、トリーは僕の頬に両手を添えた。

 そして。


 けろけー


 まずい、そう思ったときにはすでに遅く、トリーはまたしても「愛の結晶」を僕に吐き戻してくれたのだった。


 ──ああ、僕は。僕はトリーの愛を支えきれるだろうか。




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