第4話 カラオケの後
皆がお手洗いに立ってから少しして、カラオケはお開きにする事になった。
「夜ご飯食べる人ー」
「私そろそろ帰らなきゃ」
「俺は行こうかな」
「……僕は帰るね」
「村雨さんはどうする?」
皆が二次会をどうするか、各々が漫然と話す。押原くんが私に問いかけてくるが、答えは決まっている。もともと好きで来た訳ではないし、二次会に行く気はない。
「明日もあるし今日は早めに帰ろうかな」
「瑞葉は真面目だねー。私なんか遊び倒すつもりでいるのに」
「それじゃあ俺も帰ろうかなー」
柏木さんが皆にどうするかを聞いて、夜ご飯に行くのが4人、帰るのが6人となった。
「そういえばまだ連絡先交換してなかったね。村雨さんL1ne交換しない?」
「1nstagramでもいい? 」
「全然いいよ」
駅までの帰り道に、押原くんが話しかけてきた。L1neはなるべく親しい人だけにしておきたいと思っているので、サラッと1nstagramに誘導する。
押原くんと連絡先を交換した流れで、野村さんたちとも1nstagramを共有しておく。松村くんとも交換しようと思ったが、どうやら1nstagramをやっていないらしいので交換できなかった。
帰り道での野村さんたちとの会話は、思いのほか弾んで楽しい。野村さんの庭先で育てているクローバーを無理やり四葉にする話は面白かった。
「……クローバーの葉っぱの端っこをちょっとちぎって放っておくと四葉のクローバーになるの。四葉のクローバーを作ってるうちに楽しくなっちゃって、今五葉とかも挑戦したりしてる」
「すごいねそれ。私も庭に生えてるのでやってみようかな」
自分で言うのもなんだけど、全然女子高生の会話っぽくない。でもこういう話の方が私は好きだ。穏やかで、ささやかな楽しさと学びが心地良い。
「みんなどっち方面?」
「私山賀の方」
「あー、反対方向だ」
「静香ちゃんも新瀬の方なんだ」
「俺も新瀬の方だわ」
「俺も新瀬だし、山賀は村雨さんだけ?」
「僕も山賀のほう」
駅の改札前でそんな話をして、みんな互いに別れの挨拶をしながらホームへ歩いていく。私と松村くんが山賀方面で、他のみんなは新瀬方面だった。
「……」
「……」
電車を待っている間、松村くんとの間に沈黙が流れる。
「今日はありがとう。おかげさまで楽しかったよ」
私は自分が愛想の良い笑顔を浮かべている事を自覚しながら彼に言った。
「そう……それなら良かった、です?」
控えめに言って死んだ目をしている彼は、私のほうを見ながらも焦点が定まっていない。取ってつけたような彼の敬語に違和感を覚える。
「その、敬語は別に良いよ、同い年なんだしさ」
今まで接してきた人は皆どちらかと言うと馴れ馴れしいタイプだったので、違和感と新鮮さを感じる。
「あー、そういう感じね……」
「なにそれ? どういうこと?」
「……ミスったな。ずいぶんお優しいんだなぁと思いまして」
「えっ、と、それは?」
彼の言葉の意味が分からず聞き直すが、それでも言いたいことがよく分からない。何を“ミスった”のか分からないし、どうしたものかと困っていると彼は続けて言った。
「……あー、なんでもない。初対面の人に言うことでもないし。そもそも僕みたいなのと無理して会話繋ごうとしなくて良いよ。お互い疲れたでしょ。もしあれなら僕が別の車両移るし」
松村くんは気だるげにそう言った。先ほどまでのたどたどしい話し方ではなく、テンションは低いもののすらすらと話していた。その饒舌さと腐した雰囲気がミスマッチで、ちょっとした不快感の後に笑いが込み上げてきた。
「いや申し訳ないし良いよ。ごめんね、無理やり誘っちゃって。嫌だったでしょ?」
私は彼の言葉に反して会話を続ける。会話しなくて良いよと言われた事に対する呆れはあるものの、申し訳ないと言う気持ちも本心だったからだ。
柏部さんに誘われてカラオケに行くのは良かった。新しく友だちを作るのにちょうど良い機会だと思ったし、彼女のカラッとした空気には、仲良くできそうと思わせてくれた。
押原くんがカラオケに来ると聞いた時、中学のいざこざを思い出してしまった。男子からの好意と女子からの妬みから来る嫌がらせは心に来るものがあったから。
表では仲良く笑っているのに、私に見えないところで陰口を言われる。友だちも陰口を言う子との人間関係もあったからか、私への陰口を否定せずに愛想笑いを浮かべていた。
私が遠目に見ていた事に気づいた友だちは気まずそうに目を逸らし、次の日からは私との間に、薄くて、超えることのできない壁ができていた。
その時、私の中にあったなにかが変わった。線香花火の火が落ちた時のような寂しさがあった事を覚えている。
新学期に備えて燃やしていた火は、押原くんが来ると聞いて、フツリと落ちてしまった。快、不快ではなく、漠然とダメだと思ってしまった。
諦めてしまった私は話が転がっていく方向をただ見守ることしかできなかった。何時に帰れるかな、なんて時計を見ようとした時、松村くんがこちらを見ている事に気づいた。
僕も混ぜて欲しい、なんて視線ではないことは一目見ただけで分かった。私の心の中を見透かすような冷たい目にドキッとして、憐れむような眼差しにモヤっとして、そのまま背を向けて帰ろうとする彼にイラッとした。
『松村くんもどうかな?』
どうしてかは分からないが、こうしたら彼が嫌な気持ちになると思った。普段の私なら嫌なことがあっても、この程度のことで腹を立てたりはしない。
だけど、その時の私は“イヤな子”だった。
「そうだね、親しくない人とのカラオケなんて不快以外の何物でもない」
彼は皆の前でのオドオドした雰囲気をどこへやったのかと言うほど、ハッキリと言った。だけど、言葉以上の感情はこもっていないように見える。
「でも、まぁ仕方ない。本当に嫌なら断ってるし気にしなくて良いよ。これでも一応友達は欲しいと思ってるからね。それに、村雨さんも好きで行った訳でもないんだろうし」
「あはは、そうだね」
見透かされてる。そう思い、乾いた笑いが込み上げる。
「さっきも言ったけどさ、無理しなくて良いよ」
彼のぶっきらぼうな物言いに、疲れ切った彼の表情からは想像もつかないほどの優しさが含まれているのを感じた。
「……」
「……」
その沈黙は心地良くて、今まで感じたことない暖かさを知った。
「……私さ、中学の頃イジメみたいなことされたんだよね」
「うん」
「私は別に普通にしてたのにさ、友だちと壁ができちゃって」
「うん」
「それでなんか、もう無理だって」
「そっか」
「押原くんが来るって聞いて、嫌になっちゃって――」
私は気づいたら話し始めていた。誰にも話したことのないような、自分の柔らかいところを気がすむまで話した。
感情だらけでまとまらない話を、松村くんは優しく頷いてくれた。あいかわらず疲れた顔をしているけど、優しい目をしていた。
「ごめっん、こんな、っ話してっ」
「それは良いんだけどさ、泣くのは違うから、泣かないで」
話の途中で泣き出した私を見て、松村くんはオロオロしている。
「泣いてる女の子にいる隣の目つき悪い男は、絶対そいつが悪いんだから、やめておくれよ」
「……ふふ」
『次は――終点山賀――お出口は両側です。――線、――線、――線はお乗り換えです』
車内アナウンスが聞こえてすぐに終点に止まった。
「じゃあ、私こっちだから」
「……僕もですねー」
松村くんは気まずそうにそう言った。
。……。。……。。……。
村雨と偶然にも最寄りの線が同じだった。
「松村くんも座りなよ」
「いや、良いよ別に」
「遠慮しなくていいのに」
車内は混み合っていたが、ギリギリ二人で座れるくらいだった。村雨は遠慮しなくていいと言うが、別に遠慮しているわけではない。座りたくないのだ。
コミュ障の人なら共感してくれると思うが、我々コミュ障には1日に接することができる人間許容量というのが決まっている。ある一定のラインまでは人間に対する防御が機能しているのできちんとした問答ができる。しかし、そのラインを超えると途端に会話を続ける気力が湧かなくなるのだ。
高校初日の会話は、あらゆる人間が他人であり、その問答にエネルギーを使う。高校だけならまだしも、カラオケという場違いな空間に放り込まれた事で対人間アーマーはあっという間に剥がされた。
挙句の果てに村雨が泣き出すなど、死体蹴りも甚だしい。泣いてる子に冷たくするのはさすがに人としてどうかと思うので対応したが、すでにメンタル防御の限界を超えている。
そういう時に、中途半端に知り合った人間と肌が触れたらどうなるか。
答えは鳥肌が立つ、だ。
鳥肌だけでなく寒気や、ひどい時には吐き気を催したりする。心だけでなく肉体に不調が出るのはさすがにまずいのでできれば控えたい。
電車で隣の席くらいなら大丈夫かもしれないが、これ以上無理はしたくないというのが本音だ。
幸い社会人と思われる若い女性が村雨の隣に座ったので僕が座る必要はない。村雨は一度泣いてスッキリしたのか、表情は晴れやかだ。
先ほどのような暗い話ではなく、なんでもない話に、彼女は時折り可憐な笑顔を見せる。花が咲く、という比喩はこういう事を言うのだろうとなんとなく思った。
「そういえばさっき1nsta交換しなかったよね」
「やってないからね」
僕は1nstagramにあげる写真もないだろうと言う事でやっていない。大体の人は友達との写真をあげたりするのだろうが、生憎そんな洒落た友人はいない。連絡ツールとしてL1NEがあれば困らないので入れるつもりもなかった。
「じゃあL1NE交換しよ」
「それなら良いよ」
「やった」
正直、なにが「やった」なのか分からないが、本人が喜んでいるなら特に言うつもりはない。と、思ったものの、やはりこんな陰キャの連絡先など使い道ないだろうと言う気持ちはある。
少し手間取りながら交換する。彼女のアイコンは、なんのアーティストか分からないが洒落た女性の写真だった。対する僕は、海の底でミーアキャットがチンアナゴと一緒に穴から顔を出している写真だ。控えめに言って意味がわからないが、この意味分からなさが好きなのだ。
村雨のような、こういうアイコンのやつは大体“勝者”のオーラをまとっている。良くも悪くも皆に愛されてきた人間だ。村雨も例に漏れず、愛されてきた側だろう。すぐにそんなことを思ってしまう自分に嫌気がさしながら、画面を落とした。
その後も談笑は続き、もうそろそろ最寄りだなと考えていると、彼女は次の駅で降りると言った。
「また明日」
「ぁいー」
気を使って会話するのが面倒になり、なんとも言えない声で返事をする。手を振る彼女の笑顔は綺麗で、とても作り物には見えなかった。
彼女が電車から降りた後、家で待ち受けるであろう小言を想像して、僕は大きくため息をついた。




