第28話 日々
「……」
翌朝、何事もなくいつも通りの日常が始まる。教室に着いた僕は鞄を机に置き、教材の類を机の中に入れていく。
粗方荷物を移した後、ノートを買い足すのを忘れていたな、なんて思いながらため息をつく。ファイルに溜まった裏紙にでもメモを取ろう。
主に使うノートは理系科目の問題演習と国語の板書だ。英語や社会科目は先生がプリントを配布してくれるので板書は要らない。
使い切ってしまったのは数学のノートで、暇な時はだいたい数学の問題集を解いていた。これだけ聞くと真面目そうだが、結局課題として解かないといけないのであらかじめ解いてあるだけである。
やることもなくただ席に着き、教室を見渡す。
……。
いつも通り、と言ったのは強がりだ。いつもは僕が席に着いたら村雨がおはようと言いに来る。
暇な時は問題を解いているのも嘘ではないが、いつもの朝は村雨とダラダラ駄弁っていた。
「クリスマスまで後1ヶ月だよ? やばくない?」
「ガチやばい。彼氏できるかなー?」
「明日香ならいけるって」
やることもなければ話す相手もいないなら、必然、周りの声が聞こえてくる。浮かれた言葉が痛々しく聞こえるのも、僕が僕らしくなったからだろう。
「――」
「――」
「――」
ふと、村雨の方へ意識が向く。クリスマスとか浮かれた言葉の後に彼女を意識した自分を忌々しく思いながら、それでも気にしている自分に、心の中に自嘲の笑みが浮かぶ。
そんな酔ってる自分にすら笑みが浮かんできて――両手の拳を額にぶつけて思考を止める。
「――!」
村雨が何を話しているのかはここからは聞こえないが、柏部さんと野村さんとでなにかを話している。どうやら盛り上がっているようで、悲鳴のような歓声のような声が聞こえた。
村雨には友だちがいて、僕がいなくたって問題はない。対して僕はこうして一人で鬱々と感情を育てている。
――松村くんなんか忘れなきゃ! 瑞葉ならもっと良い子がいるって!
そんなふうに聞こえるのは、僕が悪いのだろうか。被害妄想ばかり上手になったこの頭なら、誰の言葉であっても傷つけるだろう。
実際、僕のようなクズに恋をするなんて馬鹿げている。そんなふうに自分を傷つけて、被害者ぶって気持ちよくなる傍で、冷静な自分が問いかけてくる。
――お前(僕)はなにがしたいんだよ?
うるさい。うるさい、うるさいうるさい。なんて否定してみるが、被害者ぶる僕も冷静な僕も、その主張の正しさを理解してしまっている。矛盾だらけの僕はきっと被害者ではなく、悪の側にいる。
不意に村雨と目があった。
聞きたいことはたくさんあるし、話さないといけないこともたくさんある。それでも僕は何食わぬ顔で目を逸らした。
――つまり君はそんなやつなんだな。
ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」の一節が脳裏をよぎる。それは僕の、僕に対する非難だった。そんなやつ、というのがどんなやつなのかとか、野暮な事を思いながら思想に更けていく。
「松村ぁ。一人なの珍しいな」
「まぁね」
声をかけてきたのはマツコだった。マツコもたくさんの友だちがいるのに、僕に声をかけるなんて物好きだと思う。
「村雨さんと話してないの珍しくない?」
「そう?」
「最近はいつも話してるイメージだったわ」
「まぁ確かに。てかノート買うの忘れてさ、マジで暇なんよね」
「あー、なんか違和感あると思ったらそういうことか。たしかにいつもワークやってるもんな」
「やめろよ、僕がガリ勉みたいやん」
「間違ってないだろ」
「いやいや、僕なんか大したことないっすよ。ふざけた事を吐かすクズ野郎でさぁ」
「三下ムーブやめい。学年一位が言っても説得力ないから」
マツコの声が少しだけ強くなる。
「それを言われたら返す言葉もございません」
「投了か?」
「参りました」
「winner……俺!」
案外、これでもふざけた事はできるもんだと我ながら感心する。
「お前らなに話してんの!?」
佐々木が鞄を背負ったまま首を突っ込んできた。
「珍しく松村が課題やってないねって話」
「あーね。俺ちゃんと課題出したことないかも」
「それはちゃんと出せよ」
「でもめんどくさくない? なんか楽しくないし。同じことしかしないやん」
「ならテストで点取れるな?」
「……」
僕の問いという名の圧力に、佐々木は黙りこむ。その代わりに唇を尖らせて肩を窄めた。
「まぁ分かるけどね。普通にめんどい。コイツがガリ勉なだけではある」
「僕だって好き好んでやってるわけではないからね? 焦って課題やるのが嫌なだけで」
またチラリと村雨を見る。まだ3人で話していた。視線を戻すとマツコと目があった。なにかを言いたそうにしていたが、会話はすぐに流れていった。
大丈夫。問題ない。何かに言い訳するように、そんな事を思う。
大丈夫。上手くやれている。
そんな事を思う。




