第25話 文化祭
「みずはー。そろそろ出ないのー?」
「もう行くー」
お母さんに呼ばれて慌てて時計を確認する。もうそろそろ行かないといけないと思いながら、もう一度鏡を見る。
普段はセンターパートのウルフヘアの私だが、鏡の中の私は少し違う。普段は横に流しているだけの前髪を少しだけ巻いてみたり、普段は禁止されているメイクなんかもした。
(もうちょっと巻いた方が可愛いかな?)
毛先をいじりながら、私を見る。
(前の私じゃ考えられないなー)
きっと中学までの私なら、こんなに文化祭を楽しみにしていなかったと思う。訳の分からない人に声を掛けられるだけの日、そんな日におめかしする意味なんてなかったのだ。
「遅刻するよー?」
「大丈夫!」
うちの高校ではチェック柄のスカートと無地の物の二種類がある。普段はチェックのスカートを履いているが、今日は紺色の無地だ。
文化祭用に作ったクラスのパーカーを着るならこっちの方が可愛い。普段より一段きつめにホックを掛けた。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
綺麗にしたローファーを履いて、鞄を持つ。今日は紀陵祭だ。
。……。。……。。……。
「なんかやることある?」
「ないね」
「ほーん。てか今日一緒に回らん?」
紀陵祭当日。なにか準備することがあるかと思って早めに登校したが、マツコによれば特別やることはないらしい。たしかに今準備してたらまずいかと納得し、適当な返事を返す。
そういえばマツコを文化祭回るのに誘ってなかったと思って、少し緊張しながら誘ってみる。自分から声を掛けるのは嫌だが、二人きりで回るのにはそれ以上の苦痛が伴うと思ったからだ。
「あーごめん。意外と運営側忙しいっぽくて無理かも」
「まじか」
「すまんね」
「いやいや、こっちこそ。仕事頑張って」
「おう。てか松村が誘ってくれるとは思わなくて俺は嬉しいよ」
「恥ずかしいんだからやめろよ」
自分で自覚していることを他者から指摘されるのは、心に来るものがある。マツコの肩を叩いて茶化して笑うが、心臓が激しく脈打っていることを自覚する。
「おはよう」
「あ、おはよう。今日遅かったね」
「ちょっとバタバタしちゃって」
「まぁ準備はもう終わってるから大丈夫だよ」
村雨はいつも登校するのは早いのに今日は比較的遅めだ。遅刻というにはまだまだだが、僕が早めに来たのもあって新鮮な感覚である。
それに文化祭ということもあって、村雨の雰囲気も少し変わっていた。いつもはシュッとした感じだが、今日はふんわりしている気がする。何が違うんだろうと考え、思ったことを口に出した。
「髪やってたの?」
「そうそう! 初めての文化祭だからさ、ちょっと気合入っちゃって」
あらためて意識してみると、いつもより可愛い気がする。普段はセーターだが、パーカーを着ているのも違和感がある。なんだか甘い匂いがする、と考えたところで思考を止める。
あまりにきもい。
この流れでラブコメ主人公たちはサラっと可愛いね、なんて言ったりするのだろうが、あいにくここは現実である。陰キャが急にそんなことを言えば、気色が悪いだけだ。
「……女の子は大変そうだねぇ」
「大変だけど楽しいよ?」
一瞬の思考の後、絞りだした答えがそれだった。このまま話していると負けそうなので、なにかないか探す。
「お、佐々木! 今日一緒に回らん?」
「いいぜー! 午前中なら空いてる。ほか誰かいんの?」
「村雨さんはいるよー」
「おー、ならかっしー誘ってくるわ」
さらっと柏部さんの予定も取り付けてきた。どうやらもともと二人で回る予定だったらしい。佐々木の恋路を邪魔していたら悪いな、とも思うが、僕の気まずさを打ち消すための生贄になってもらうことにした。
佐々木と柏部さんは、二人とも午後はうちの驚かせ役と案内役としてシフトが入っているらしい。なので四人で回るのは午前中だけということになった。
「どこ行く?」
「とりあえず体育館行かない?」
「いいよー」
体育館では、色々な部活が見世物をやってくれている。演劇や合唱、合奏にはじまり、ジャグリングや手品、チアリーディングなどもやるらしい。
今の時間帯はちょうどジャグリングをやっている。照明が落ちた体育館で、ステージの上だけが明るく照らされている。良くあるピンを投げるようなものや、輪っかを使うもの、箱を投げるのもあった。
箱を投げるのは、ほかの物とは異なり、三つ同時にキャッチするという演目もあった。角ばっているからできるもので、それぞれ個性があって面白い。
バックにかかっている曲が盛り上がりを見せ、ラスサビで大技を見せようとする。箱を大きく投げ、自分が一回転して身体をひねって逆手で取る。というものだが、それをステージの男の子が落としてしまう。
「すみません! もう一回やらせてください!」
彼は暗い客席に向かって声を張った。客席からは拍手でそれを応援する。かくいう僕も、彼に向って心からの拍手をした。
男の子はもう一度やったが、結局失敗してしまった。それでも彼は
「ありがとうございました!」
と礼をした後、ステージから捌けていく。彼がいなくなったステージには先の拍手よりも多くの喝采が残っていた。
僕は文化祭のこういうところが好きなのだ。ジャグリングを見ての感想としてはズレているように思うが僕にはそう感じた。
「部活の子のところ行きたーい」
ジャグリングが一段落したところで、柏部さんが言った。どうやらその教室ではテレビ番組で有名な格付け検定をオマージュしたクイズが出るらしい。
「お、かっしー! やっほー」
「わー! ゆい可愛い!」
「良いでしょー。あ、こんにちはー。なに、ダブルデート?」
ゆいさんは髪をリボンで結っていて、黒地に黄色のプリントが入ったクラスパーカーに合うよう、黄色のリボンを使っていた。めっちゃギャルだ、と思っていたらしれっとすごいことを聞いてきた。
「そうそう。良いでしょー」
「いいなーめっちゃ青春! 私も彼氏と回りたかったー」
「ゆいも彼氏作りな? こんなのでも楽しいよー?」
「こんなのでーす」
佐々木がおどけて頭を掻きながら言う。ダブルデートではない、と弁解しようとしたが、流れを逃した。何気なく村雨の方を見ると、村雨と視線が交わった。
「っ!」
僕は思わず目をそらしてしまう。身体が熱くなっていくが、これは生理反応だ。できる限りの真顔を作り、歪んだ口角を必死に戻す。
「――」
その後、ゆいさんが色々説明してくれたが、何も入ってこなかった。
「ありがとー! 楽しかったよーー!」
「こっちこそありがとー! 1時くらいにかっしーのところ行くね」
「うん! 待ってる」
結局、僕はそっくりさんのグレードまで落ちてその出し物を終えた。
「そろそろ良い時間じゃない?」
「そうだな。俺たちは教室戻るか」
「またねー! 瑞葉たちも遊びに来てもいいんだよ?」
「時間余ったら行くー」
二人はそう言って教室に戻っていく。村雨と二人きりになり、すぐに沈黙が訪れる。
「……」
気まずい。もともと会話が得意ではないのに、先ほどの出来事があればそりゃ沈黙するしかない。いま口を開いたら確実にぼろが出る。
「……どこいこっか?」
「どうしよっか」
沈黙を破ったのは村雨の方からだった。それに対して僕は、まったく広がらない返事をする。さすがにやる気がなさすぎると思い、僕は文化祭のパンフレットを開いて何があるか確認するそぶりを見せる。
僕自身は正直に言って確認するほどの余裕はない。はっきり言って、腹の底にたまる不快な塊と踊る好意が混ざり合ってグチャグチャだ。できることなら逃げ出したい。
そんな僕の心とは裏腹に、村雨は何も考えていないのか、僕が持つパンフレットをのぞき込んだ。もともと隣を歩いていた村雨だが、その距離が近くなる。
甘い匂いがまたふわりと香って、腹の底にあるグチャグチャが喉元までせりあがってくる。
「こことかどう?」
「良いよ。その前にトイレ行っていい?」
吐き出す前に。逃げなきゃ。
。……。。……。。……。
トイレの個室に入り、出すものを出すわけでもなく膝に手をやってうつむいた。そして改めて現状を整理する。そうでもしないと本当に吐いてしまいそうだった。
だからこそ、いますぐに、この感情を消化しなければならない。
村雨から誘われて、僕が佐々木を誘った。佐々木が柏部さんを誘って、柏部さんの友だちにダブルデートかを聞かれる。ダブルデートではないと否定しようとして、否定しそびれる。
その時、村雨と目が合ってしまった。
僕の好意が透けて見えればこの関係は終わる。
なら簡単なことだ。僕は村雨の友だちで、村雨は僕のことを友達だと思っている。それ以外に僕たちの関係を定義する必要はない。
恋心を持っているのは僕だけで、僕が我慢すればすべてが解決する。村雨が僕のことを好きなはずがない。僕ごときに心を許すほど、彼女は弱くない。
僕が自我を出せば、この関係が崩れるとわかっている。なら、自我を出さぬよう自制を怠るのは、僕の怠慢だ。僕はずっと自我を出さぬよう息をひそめていた。
もう、大丈夫だ。甘い気持ちは呑み込んだ。
そうあるべきだ。
だから、松村陸。もう黙れよ。




