第16話 夏休みだ! 憂鬱だ。
七月中旬。テストは無事に終えることができた。もらった短冊には前回と変わらず学年一位の文字が記されている。しかし、教室の雰囲気はそれどころではない。
「やっとテスト終わったね!」
「夏休みどこいこっか?」
「旅行とか行きたいなー」
そう。夏休みである。世の中の学生の大半はこの夏休みを救いに期末テストを乗り切ったことだろう。聞こえてくる声では旅行に行くとか、海だプールだという小学生のような男子の声も聞こえる。小学生のような提案は主に佐々木だ。
さて、かくいう僕は夏休みを非常に難しく感じている。というのも、僕のような陰キャは外出する機会が失われ、極端に人間に接触する機会が減るのだ。人間と接触することが苦手な僕だが、決して人間と接することが嫌いなわけではない。
さらに言葉を濁さずに言えば、他者と接すること自体は苦手だが、好きなのだ。人間というのは人間と接することで人間らしさを獲得すると僕は考えている。
硬い言葉を使ったが、ようは引きこもってると病むのだ。
高校初期の精神衛生と現在の精神衛生を考えれば、明らかに今の方が調子がいい。
それはマツコにはじまり、佐々木などの知人の影響だ。友達、と呼ぶ勇気はまだないが、それでもこんな僕と仲良くしてくれているという事実は僕の心を癒してくれる。僕にだって他愛もない会話を楽しいと思う気持ちはある。
ここで問題となってくるのは、夏休みは彼らと会う機会が著しく減るということだ。もちろん、夏休みに一緒に遊べばいいじゃないかという意見があるのもわかる。しかし、それで遊びに誘えるような人間性を持っているのなら、ここまで拗らせていない。
また、問題はそれだけではない。僕の友達は彼ら二人が高校の限界である。黒須さんや吉田さんなど、エクストリームアイロニング部の面々も知り合いではあるが、遊びに行くかと言われればそうでもないだろう。
つまり、一ヶ月という長い時間をたった一度の遊びで乗り切らなければならないのだ。マツコや佐々木と複数遊ぶことも想定できる、が、彼らの友達は僕だけではないということを忘れてはならない。構造としては僕が彼らの好意によりかかっている状態なのだ。
はっきり言って、メンタルがいかれてしまうことが目に見えている。したがって夏休みという休息期間は肉体の休養期間でありながら、精神を緩やかに削る時間なのだ。
「キッショ。また一位かよ」
「そういう佐々木はどうだったんよ?」
「じゃーん! 89位! いやー、松村がノート貸してくれて助かったわ」
「ノート貸してこれなのは僕としても悔しいけどね」
ぼけーっと思考の世界にトリップしていたせいで佐々木に短冊をするりと取られてしまった。取られても困ることはないが、キッショなどと言われたのでこちらも応戦することにした。
「それはどういう意味だよ?」
「そのまんまだろ」
「くっそ、またお前の腕ボロボロにしてやるから覚悟してろよ」
「楽しみにしてる」
「お、いいね。またボーリングでも行くか」
今度はマツコも口を挟んできた。
「いいね、夏休みもよろしく頼んだよ。君たち」
「俺は何を頼まれてんの?」
「友達がいない僕の精神衛生を守るため、一緒に遊んで下さい。なんなら自分から誘う勇気はないので誘ってください」
「情けなくて草」
机に座りながら僕は首を垂れる。「ははぁ……!」という雰囲気を醸し出しているつもりだが、ただ机の上で寝ているだけにしか見えないことだろう。
そうやってすこしおどけながら、心の柔らかいところを開示してみる。二人にとっては他愛無い話かもしれないが、僕にとっては賭けでもあった。そしてその賭けに勝利する。
「なら夏どこ行く? 俺海行きたい!」
「海は暑いから嫌だわ」
「ならプールか」
「プールなー、仙田たちと約束しちゃったんだよなー」
「まぁ僕は海でも全然いいけどね。砂浜で遊びたいし」
「まぁ、ありか」
「詳しい日程とかは後で詰めよう」
「あとでグループに予定投げとくわ」
「うい」
話がまとまったところで、二人は自分たちの席に戻ろうとする。
「ねぇーーー!! みんなで遊びに行こうよ!」
すると隣から柏部さんが声を掛けてきた。柏部の席はこの辺ではないが、村雨と夏の予定を話していたのだろう。
先ほどの思考で登場しなかったが頭を悩ませている要素。それは村雨である。村雨とはこないだのテストで、仲良くしてくださいと願った割には何もしていない。対人間アーマーの消耗を回復する必要があったからだ。
村雨視点、自分で仲良くなりたいと言って、梅雨を理由に遊びを断っている人間の言うようなやつが僕である。お前は何様なんだと思われている可能性だってある。
そもそも、ちょっと学校に話せる人ができたからと言って陰キャの自覚が足りてな――
「いいね! どこ行く?」
「グランピングとかどうかな? バーベキューとかやりたい!」
「いいなそれ! お前たちもいいよな?」
――またトリップしていた。佐々木がこちらに視線を向けていることに気が付き、マツコと視線を合わせる。
――佐々木と柏部さんって仲良かったっけ?
――テスト前、席近かったしそこじゃない?
――あーね
マツコとそんなやり取りをして疑問を解消する。佐々木も自称陰キャだが、柏部さんと意気投合している時点で陰キャ族からは離れているというのが正直な意見である。
柏部さんは陽キャの中の陽キャ、超絶陽キャだ。彼女自身が太陽のような人間で、日陰者からすれば眩しい。
正直、グランピングというものに縁がないため、何をするのか分かっていない。なんとなくキャンプのようなものだと認識しているが、おしゃれな雰囲気に耐えられるかが心配だ。
「僕は――」
「俺はいいと思うぜ。なあ松村」
「……うん。いいよ」
「よっしゃ」
マツコはあからさまに僕の言葉を遮った。僕はマツコをにらむが、マツコはどこ吹く風で僕の肩を叩いた。
「瑞葉もいこー!!」
「いいね、私も行きたいと思ってた」
「……」
「静香も『私は知らない』みたいな雰囲気出してるけどどう? 一緒に行こうよ」
「でも、私みんなに迷惑かけないかな?」
「そんなことないよ! それに――」
柏部さんが野村さんに何か耳打ちする。
「……私も行きたい」
「やった。じゃあ6人で行こう!」
「色々調べないと」
「そうだね! あ、L1NEグループ作んなきゃ。松田くんと松村くんのL1NE追加しよ」
そういってクラスのL1NEグループから僕とマツコを追加する。スマホから視線を挙げると村雨と目が合うが、すぐに逸らされた。
「松村くんのアイコンおもろ」
チンアナゴ with ミーアキャットが刺さる人がいて良かった。村雨の目線が気になったが、彼女に聞くことはなかった。




