第13話 テスト返し
「ぁーい、テストお疲れ様でしたー。各教科返ってきたと思いますがぁ、今から配る紙と自分の点数が一致してるかの確認をしてくださぁい。成績処理に入れるデータの確認ですので、しっかりと確認してくださぁい」
テスト返し。学生が一喜一憂するイベントの一つである。主に一憂の部分が強いイベントではあるが、それは僕にとっても同じことである。
二週間ほど前、母親にガン詰めされた後から死ぬ気で勉強をした。ここで悪い成績を取ったものなら高校生活に自由が効かなくなると思った方が良いからだ。
目指すはもちろん学年一位だ。少なくとも学年五番には入らないといけない。テストの出来は悪くなかったし、半分くらいの教科は学年一位だったのでそこまで不安には思っていない。
ただ100点を取って一番なのが気がかりだ。100点を取るのは良いことだが、皆の出来が良ければ差がつかない。平均が高ければ偏差値は高くならず、100点でも差がつかないようなこともあるのだ。
「松田ー」
出席番号が一つ前のマツコが呼ばれる。僕は席を立ち、テストの点数が書いてある紙、通称短冊を受け取るマツコの後ろで待つ。
「松村ー」
「ありがとうございます」
「松村どうだった?」
「ん」
席に戻らず、僕が短冊を受け取るのを待っていたマツコが覗き込んでくる。僕は自分で成績を確認してからマツコに見せた。
「うわ、お前すご」
「優等生だから」
「いやガチですごいな、自分で優等生っていうやつだいたいアホなのに、ガチで優秀やん」
短冊に書いてあるのは各教科の点数とクラス順位、学年順位である。学校側としてはクラス順位と学年順位はおまけみたいなものだが、学生にとってはこれこそが本命である。
各教科の点数が上からずらっと並ぶ中、目を引くのは下の方に二つ並ぶ1の数字だ。
クラス一位と学年一位を表す数字に僕はホッと息をついた。テストの結果に安心して緊張の糸が切れたのか、席に戻るとどっと疲れが襲ってくる。喜びよりも安堵が大きい。
誰かがいきなり僕の肩を叩く。完全に気を抜いていたので、無意識に肩が跳ねた。正確にいうなら肩を叩くというより、肩に触れるくらいの優しさだったのにも関わらず、本当にビビってる人みたいになってしまったのが申し訳ない。
触れられた左の肩の方を見れば村雨がニマニマしながら僕を見ていた。
「ねぇ、どうだった?」
きっと順位が良かったのだろう。溢れ出るワクワクは誰の目から見ても明らかだ。ぱっと見、結果が悪くてしょぼくれているように見える僕と比較したら、その態度だけでいえば結果は一目瞭然である。
しかし、実際はそうではないことは僕が学年一位なのだから間違いない。
「村雨さんから先にどうぞ」
「えー、良いけど絶対見せてよ?」
「それはもちろん」
楽しそうな村雨を見て、少しずつ元気が回復してきた。こういう時、シンプルに美人は良いと思う。わずかな嫉妬とどんな表情になるのかなという好奇心で、少し意地の悪いことをしてやろうと思い、順位を先に言うように促した。
「じゃーん! クラス2位の学年8位! 松村くんは?」
「クラス学年共に1位」
「え、ほんと!? ちょっと見せてよ」
「良いよ」
僕が短冊を見せると、村雨は僕の手から短冊を引ったくり、一番下の欄を確認した。
「ほんとだ……」
「負けた方が勝った方の言うことなんでも聞くんだよね?」
「うん。……あ、なんでもって言ったけど、本当になんでもじゃないからね! なんか色々ダメなものはダメっていうから」
声の大きさが尻すぼみになっていて、最後の方は何を言っているのかわからなかったが、要は常識の範囲内でと言うことだろう。
「じゃあこれからも仲良くしてってことで」
「えー。そういうのじゃなくて他のないの?」
我ながら勇気を振り絞って言ったはずなのに、軽くあしらわれて悲しくなる。
まぁ、自分なんてそんなものなのはわかっていた。こんな僕と仲良くしてくれる人がいるだけでありがたいのだから求めすぎてはいけないのだ。
「ダメですか」
「だってこれからも仲良くするのは言うこと聞くとかじゃないし。仲良くするのはそうなんだけど」
「えーじゃあジュース奢って」
「良いけど、面白くなくない?」
「なんか良い罰ゲームある?」
「恥ずかしいこと言うとか?」
「じゃあ言ってもらおうかな。なんか黒歴史とかある?」
「やっぱ無し。ジュース奢るよ」
「さんきゅー」
「楽しそうで良いなぁ?」
そういうマツコはなんともいえない表情をしていた。
「なんだよ」
「いや、なんでもない」
なんだよとは言ったが、マツコが何をいいたかったのかはなんとなく分かる。自分でもなんか甘い空気漂ってるなぁ、とは思った。
マツコの一声で、急激に頭の熱が引く感覚がした。浮かれた頭にぶっかけられた水が今の僕には心地よい。調子に乗って馬鹿を見る。よくある話だ。
学ばない僕にマツコの言葉は戒めとして機能した。
「あぁい、確認が終わったら時間まで好きに過ごしててくださぁい」
今日のロングホームルームのやることはこれで終わりらしい。ネズが教室からはけていくのを見て、一気に教室が賑やかになる。
「おっつかれさまでっした」
「いやーマジでお疲れ。てか原先生の真似上手くね?」
数学の担当教員である原先生は、授業中に問題を解かせた後に必ず、不思議なイントネーションでお疲れ様でしたと言うのだ。
「良いだろ。原先生の公認だから」
「ハハ! オモロすぎるてそれ。ちゃんと許可取って先生のモノマネするやつ居ないから」
「ここにいるから」
「うける。いやーテスト終わったなー。この後どっか飯でも行く?」
「ありではある」
「うし、なら行こう。早く決めないと松村に逃げられるからな」
「よくわかってるやん」
そう言いながら、母に連絡を飛ばした。
「うぃーお疲れー、松村テストどうだった?」
「佐々木が見せてくれたら見せるよ」
「俺マジでやばいから。見たら震えると思う」
「そんなやばいの?」
「これ見てみ?」
誇らしげに見せる短冊には20から40の数字が並んでいた。一番小さな数字のものだと、15のようである。これは佐々木の順位ではない。正真正銘、テストの点数である。曲がりなりにも進学校で、入学最初のテストだからそんなに差が開かないはずのテスト。その結果に僕は恐怖した。
「……強く生きてほしい」
「……? おう! てか松村はどうなんよ」
「ほい」
言われるままに、僕の短冊を見せると
「いやすご。逆にきもいわ」
と引かれてしまった。
「そういやさっき松村と遊んでから飯行こうってなったんだけど佐々木も来ない?」
「良いね。パーっとやろう!」
マツコの提案に佐々木が反応する。なんも考えてなさそうな佐々木が一番楽しそうである。
「どこ行く?」
「久々に体動かしたいからボーリングとか行きたいわ」
「良いやん。俺ボーリングの神って呼ばれてるから」
「3桁の数字見れそうで良かったね」
「うっせー。てか学年順位3桁だし」
「誇んな」
ということで、ボーリングに行くことにした。




