第12話 勝ち越しのチャンス
試合は同点のまま、早くも6回表に突入だ。
ノウ=キーン王国側の攻撃は4、5回と続けて3者凡退に抑えている。
内角中心の配球に変えてから打たれる気配は無い状況だ。
そうして気づいたことがある。
相手のアウトコース狙いは、深い戦略に基づいたものでは無さそうだということに。
相手の選手たちは皆、デカくてリーチもある奴ばかりで大振りが目立つ。
で、今のところ、オレが投げた内角球をうまくさばけていない。
そう、奴らのスイートスポットは自然と外寄りのコースになってしまうのである。
唯一、中背で華奢なジャクリーンについても、彼女は単に外側のボールを右打ちするのが得意というだけじゃないかと思う。
つまり得意なコースを狙い打ち、苦手なコースは捨てろという指示が出ているだけなのだろう。
でも、オレたちが気づいていることに勘づいていそうなもんだが、相手側ベンチは指示を出し直さないのだろうか。
それはともかくとして、まずはウチの攻撃である。
この回、誰か一人でも塁に出ればオレまで回るのだ。
しかしルイーザの全力投球の前に、既にツーアウト。
オレはネクストバッターズサークルで待ちながら、2番打者エドモンドに出塁してくれと心のなかで叫ぶ。
「ファール!」
エドモンドは初球を当てたが1塁線右にファール。
この回、段々とルイーザの腕が下がってきて、球威も少し落ちてる気がする。
そりゃあ、初回から全球を全力で投げてたらそうなるわな。
でもまだ簡単にとらえられる球ではない
次の内角球、エドモンドの詰まった打球は1塁線の右へ切れた。
まだやっぱり振り遅れ気味だな……。
そして3球目を投げようとするその時。
エドモンドがバントの構えを始めた。
セーフティーバントか!
内寄りのボールに上手く合わせて3塁線にボールを転がした。
3塁手は自分のところに打球は来ないとタカをくくっていたのか、完全に出遅れて慌てて前に取りに来る。
十分セーフになりそうだ……と思ったが、素手でボールを掴んだ3塁手が矢のような送球をしたのだ。
エドモンドの足が早いか送球が届くのが先か。
判定は、セーフ!
喜ぶオレたちとは対照的に、相手1塁手は塁審ロボットに詰め寄って猛抗議したが、判定は覆らない。
気持ちはわかるが、相手がロボットじゃあな。
ビデオ判定みたいなのを中で処理してから結論を出してるだろうから、間違いはないと思う。
さて、今度こそ勝ち越し点を取るぞ。
もう終盤が近いんだからあんまり悠長にしてられない。
「タイム!」
何だ急に。
相手側が選手交代か?
しかし、タイムをかけたのはこちらの選手であり、さっき出塁したばかりのエドモンドだった。
しかも左足を引きずりながらこちらに向かってくる。
「おい、どうしたんだよエドモンド!」
「すまねえ。さっき急いで1塁に駆け込んだときに捻っちまったみたいなんだ」
今のところ腫れてはいないようだけど、プレー続行はかなり難しそうだ。
正直言ってエドモンドを欠くことになるのは痛すぎるが、できないもんは仕方がない。
とりあえず代走をどうするか。
そうだ、彼女に出てもらおうか。
彼女とは、当初ベンチ入りメンバーに入ると想定していなかったが、なぜか選ばれてしまった、あの女性である。
別にトチ狂ったわけじゃない、もちろん根拠はあっての起用だ。
「ええっ、私には無理だと思います」
「そんなことないって。この場面こそ君の能力を活かすところだよ」
何回かこのやり取りをしたあとに、監督からの指示ということで出てもらうことにした。
渋々1塁ベースに向かう彼女、フローレンスに指示というかアドバイスというか、声をかけて送り出した。
ベース上でフローレンスはリードを取らず、左足だけベースに置いて、2塁方向へ少し屈んだ姿勢で静止している。
まず盗塁はないとルイーザが安心しきって左足を真上に上げた瞬間、フローレンスが走った!
ボールがホームベースを通過してミットに届いたあと、相手キャッチャーは慌ててボールを握り直して送球するが……。
「セーフ!」
彼女は滑り込まずに立った姿勢のまま、2塁を陥れたのだ。
実はフローレンスは戦場内を駆け回る『伝令兵』なのである。
その中でも彼女の足はウチの王国で随一と言われる速さなのだ。
2塁でもまたリードを取らない彼女に対してイライラしたルイーザが牽制するが、当然ながら状況は変わらない。
その状況で投げた2球目はアウトコース高めに暴投気味になった。
なんとかキャッチャーが捕球して3塁に送球するが、フローレンスはまたもや滑り込まずにベースに到達したのだ。
というか、スライディングの練習をしていないから当然だけどね。
盛り上がる3塁側観客席。
そしてカウント1−1でランナー3塁と絶好の場面だ。
ここで絶対仕留めてやるぜ、ルイーザ!
さすがにプレッシャーで顔が引きつり気味のルイーザから投じられた3球目は、内角低めのストレート!
だがコースが甘い、身体を軸にしてバットを振り抜く。
ガキーン!
痛烈な打球が1塁線を襲うが、惜しくもファール。
次はどう投げてくる、さすがにアウトコースか。
そして疲れからか、ルイーザは更に下がった右腕からまたさっきと同じようなコースに投げ込んできた。
今度こそもらった!
「ストライク、バッターアウト!」
な?
何が起こったんだ?
そう思うくらい、ボールがオレの足元に鋭く曲がってきたのだ。
そしてオレのバットは空を切った。
まさかの高速スライダーかよ!
腕が下がってナチュラルに変化したのか?
いや、ルイーザのしてやったりな表情が、確信して投げたものだとわからせてくれた。
こんなものを、ここぞというときの取っておきに隠しておいたのか。
ルイーザは右肘を抑えながらベンチに引き上げていく。
肘に負担がかかるようだな……だから普段は投げないのかもしれん。
大盛りあがりの1塁側とは裏腹に、おおきなため息が響く3塁側観客席。
こういうチャンスを逃すのはいろいろと大きい、そんな嫌な雰囲気で裏の守備に着いたのだった。