第二章1
若干長めです
ルイスは自分の放った言葉をどこか遠くに感じていた。
(ああ……言っちまったか)
今自分の体を操るのは自分であって自分ではない。
二重人格というわけではない。しかし、単純な自分というわけでもない。
(どうすっかなあ……)
自分がいる場所は汚い路地裏でその手には大陸性の銃器『デザートイーグル50AE』が握られている。
十四インチの長い銃身を持つこの銃は通常なら片手で支えるのは大変なはずだが、訓練を積んできたルイスには関係ない。
(こいつ、あんまりの驚きに目を見開いて動かないし)
目の前には薄い茶色の長い髪をした見目麗しい少女が呆けた表情をして立っている。
(あっ、やばい戻るッ!)
その可憐な姿を目に納めていると自分の意識が表面に浮かぶのが分かる。
「おっ、おい……マクファーレン」
自分の意識が体の隅々に行きわたっているのを確認しながら眼前に立つ少女に声をかけた。
「……ルイス、くん……今何て言ったの?」
「そっ、それは……」
先ほど自分が目の前のセシルに言ったこと。
『俺は大陸の人間だ』
この群島世界に住む人間にとって希望と恐怖の入り混じった感情で空想する世界。
大陸。一つの島に一つの国家が作られ、その島同士の密集したこの狭い世界で暮らす人間にすれば想像もつかない世界。
「……大陸の人間だと言ったんだ」
それを自分は暴露してしまった。
その時受けたセシルの衝撃はルイスには測りようもない。
「じょっ……冗談じゃない、よね?」
「……ああ」
肯定の言葉を返しながら銃を下ろす。
「じゃっ、じゃあ、わたしは大陸の人間、ってこと?」
セシルはルイスの言葉を疑うことなく問いを紡いでいる。
「それは……分からない」
「えっ!」
それまで先ほどのルイスの発言のせいか俯いていたセシルは、驚いたようで顔を上げた。
「お前は俺が昔にお前と会ったことがあると感じているようだが、それはおそらく俺の勘違いだ。だから、お前は大陸の人間ではないはずだ」
「……ほんと?」
「本当だ」
嘘だ。ルイスは自分が口から出まかせを言っているのは分かっている。
自分は子供のころにセシルと会ったことがある。どうやらセシルは覚えていないようだが、ルイスとセシルは子供のころに会っていた。
(もう七年か)
記憶力のいい自分はしっかりとその時のことを覚えている。
施設以外何もない広い庭で。
訓練漬けだったはずの自分はセシルと駆けまわったのだ。
一目見た瞬間に分かった。あの時の少女はセシルなのだと。
当時から可愛らしかったセシルだが、今はそれが美しさへと変わっている。
だが、ルイスはどうやら変わっていないらしい彼女の根本を感じ取った。
「そう……なの。とっ、ところで、その銃は……何かな?」
「これは……」
自分の手元には無骨なハンドガン。いくら軍事訓練を行うクノー高等学校の生徒とはいえ、普段銃器を持ち歩いていることはない。ましてや、その銃器は大陸製。この群島世界には存在しないものである。
「俺の武器だよ。俺は群島世界にとある人間を追ってやってきた」
「とある人間?」
ルイスは自分の目的を告げることに決めた。
「俺の……親だ」
「親……?」
意味が分からないといった表情のセシルにルイスはさらに言葉を紡ぐ。
「正確には親の一人と言うべきか」
自分を育てた『親』。
通常であれば父母一人ずつの二人であるはずの彼には五人の親がいた。
「どういう、こと?」
ことここに至ってまだ自分が銃を構えていることに気づいたルイスは、制服の内側にあるホルスターに銃をしまいながらセシルに答えを返す。
「俺は、兵士になるために施設で育てられた」
「施設……」
それがセシルには想像できないものだったのか、困惑の表情を浮かべている。
「俺の親父は元々大陸近くにあるとある島国の軍人だった」
だが、そのセシルの困惑にも構わず自分の生い立ちを語っていく。
「だが、ある日お袋が死んだ。元から病弱で体の弱い人だったからな。それから親父は変わった。軍での階級が高かった親父は大陸にある大国家に戦争を仕掛けた。自分の独断でな」
自分の話が長くなることを覚悟したルイスは地面を手で払いそこに腰を落ち着ける。
すると、横にセシルも同じようにして座った。
「それを受けた島国の政府は親父を戦犯として軍を追放。親父は軍に追われたがそれをかわして姿を眩ませた。そして、大陸にある人の住まない奥地で兵士を作り始めた」
「兵士を……作る?」
そう。それは育てるではなく作る。ルイスの父親のしていた所業はまさにそう表現するのが正しいものだった。
「最強の兵士。親父はそれを常に目指していた。人体をどこまでも強化し、精神をどこまでも狂化し、全ての『兵士』は体の全てをいじくりまわされた。その実験の中の一つにあったのが感情を操作するというものだった」
ルイスは語りながら、自分が今まで受けてきた数々の実験を思い返す。
「感情を操作って……どういうこと?」
話の内容が突拍子もないことであっても、ルイスの静かに語る姿に段々と落ち着きを取り戻してきたのかセシルは言葉を詰まらせないで問いを返してきた。
「とある兵士は喜び以外の感情を消された」
その兵士は喜びに頼って上官に褒められるために人を殺すようになった。
「とある兵士は怒り以外の感情を消された」
その兵士は怒りに頼って仲間を殺された怒りで人を殺すようになった。
「とある兵士は哀しみ以外の感情を消された」
その兵士は哀しみに頼って人を殺す哀しみを紛らわすために人を殺すようになった。
「とある兵士は楽しみ以外の感情を消された」
その兵士は楽しみに頼って快楽を求めるために人を殺すようになった。
「全ての感情が人を殺すことに直結させられた」
「……そんな! 人の感情はそんなもののためにあるんじゃないのに……」
セシルの表す憤りは正しいものだった。ただし
「それも感情なんだ」
人は感情を無くすことができない。どんなに心を押し殺してもどこかで必ず綻びが出る。それは人であればしょうがないこと。
「だが、親父たちはそれをしょうがないと割り切れなかった。人が人であることを許せなかった」
そして、辿り着いた結論。
「一つの感情に頼って生きる兵士が不完全であると考えた親父たちは、感情を奪い去った兵士を作ることを考えた」
それは人が人でなくなる瞬間。
「喜びに油断することなく、怒りに冷静さを欠くこともなく、悲しみに暮れることもなく、楽しみに怠けることもない。そんな『モノ』」
「それって……」
「人じゃない。そんなものは人じゃない」
感情の無いただのモノ。人の形をしたモノ。人形。
「そして、俺は『モノ』になった」
「えっ! それってどういう……」
「俺は……感情を失くした」
「でも、ルイスくんは怒ったりしてたじゃない!」
「感情の残滓だ。あと五年。二十歳になるころには完璧な人形だ」
ルイスの感情はあと五年。五年経ってしまえば感情を失いただの人形になる。
「何で!? その人たちはルイスくんの親だったんじゃないの!? どうして感情を奪うなんてことッ!」
「俺があいつらの子供だから」
「……ッ!」
「生まれた時から兵士となることは決まってたんだ。親父が世界に喧嘩を売るための兵士。今でも親父が何で兵士を作り始めたのかは分からない。ただ言えることは親父たちの作った兵士は傭兵として戦場に送りだされ、圧倒的な戦果を上げた。本当に人のやったことかと思えるほどの戦果を」
「どうして……それでルイスくんはどうしてここにいるの?」
押し殺せない感情が溢れたようでセシルの目からは涙が流れていた。
会って間もないはずの自分。そんな赤の他人のために涙を流すセシル。その姿をどうにかしてあげたくてルイスはその頬に流れる涙を手でぬぐった。
「お前が泣くことじゃない。とにかく俺は親父たちの元から逃げ出した。そして、手に入れたんだ。親父たちが今ここにいるという情報を」
自分の兵士としての状態がある程度のレベルになったころから父親たちはルイスの前に姿を現さなくなった。
元から世界中を飛び回っていたらしく、ルイスの完成に目処が立ったあたりで施設から出たらしい。
「だから、俺はこの群島世界に来た。感情を失うまでの限られた時間の中で親父たちを殺すために」
「そんな……殺すなんて」
「いや、これは俺が復讐しようとかそれだけの問題じゃない。親父たちを殺さないと大陸に広がる戦火は収まらない。それどころかこの群島世界にまで戦火は及ぶ」
「群島世界にまで……」
何とか涙をこらえようとするセシルは驚きを隠せない。
「いいか。大陸と群島世界の間には二百年以上の文明の格差がある」
「にっ、二百年?」
「そうだ。元々資源の少ない群島世界じゃ科学の発展に限界があった。だから人は大陸を目指した」
「でも、帰ってきた人は誰もいないし……」
未だに大陸を目指し出立した者が群島世界に帰還したことはない。全ての人間が行方不明になっていた。
「そいつらは皆大陸に辿り着いていたんだ」
「えっ……じゃあ何で」
「みな大陸に移住したのさ」
今まで大陸探索に出た部隊には学者などが乗り合わせていた。
彼らは大陸の科学に熱中し帰ることを忘れた。
「大陸の生活は群島世界に比べれば快適だ。だから誰もがそのまま大陸に住み着いた。元は大陸にほとんど人はいなかったんだ」
「じゃあ、今大陸にいる人たちの大半は……」
「そうだ。群島世界の住人の子孫たちだ」
初めて群島世界に辿り着いたのはクリストファー・コルスという1人の航海士だった。
そこに一緒に乗り合わせた稀代の天才と呼ばれた学者アルベルト・アインス。彼は大陸を自分の手で開拓することを選んだ。群島世界に返ることも忘れて。
「そして、アインスは群島世界から大陸に辿り着いた人間を全て受け入れた。そして、大陸の豊富な資源と彼の独創的な研究から大陸の文明は飛躍的に上昇した」
「でも、群島世界に帰らなきゃって人もいたんじゃ」
「そいつらは皆殺された」
それが保たれ続けている大陸の秘密。
今も加速度的に進み続けるその科学力はもはや群島世界のものとは比べ物にならなかった。
「だから、もしもこの群島世界で大陸の兵器を使った戦争が起きれば」
「群島世界は……消える」
「そうだ」
ルイスには大陸にある数々の兵器が群島世界を蹂躙していくさまをありありと思い浮かべることができる。
「俺は親父を殺す。これだけは譲れない」
「…………」
顔を俯けたセシルの表情は横からうかがうことはできない。
しかし、その儚げな姿にルイスは何か声をかけようとした。
「なあ、マクファー……」
「なーにやってるんですか? お兄さん」
「ッ!」
その言葉は突如表れた男の声に消された。
ルイスが気付いたときには男は路地の入り口に立っており、それは同時に出口を塞がれたということでもある。
「まさかまさか、僕の気配に気付かなかった、なんてことはありませんよね?」
ニタニタとした笑いを顔に浮かべるのはまだ少年といっていい年齢の男。
その髪の毛は金色に染まっているが、それは地毛とも着色されたものとも違う不思議な色合いだった。
着ているのは真っ黒いスーツで、ネクタイまで黒なのが喪服を髣髴とさせた。
「お久しぶりですね、ルイスさん」
「マキ……」
「そうです。ご存知間宮マキです」
マキは大仰な身振りでルイスとセシルに向けてお辞儀をした。
「ルイスくん、この子と知り合いなの?」
1人状況に置いていかれているセシルは何とか現状を理解しようと口を挟む。
「これはこれは、僕としたことが女性をほったらかしにしてしまいました」
そして、今度はセシルに向けて大げさなお辞儀をすると
「お初にお目にかかります。僕の名前は間宮マキ。間宮四兄弟の三男です。そして、そこのルイスさんの後釜です」
「ルイスの……後釜?」
「やめろマキ! こいつを巻き込むな!」
だが、ルイスの怒鳴り声にもマキは怯むことはなかった。
「巻き込むな? いまさら何を言ってるんですか。ルイスさんはすでにそこの女性に色々話してしまいましたし」
それに、と
「あなたに関わった人間は殺せと、我が主が」
「レオナルドかッ!」
叫ぶルイスの顔には抑え切れないほどの憎悪が浮かんでいた。
「ここにいるんだな? アイツがッ!」
「それはお答えできませんがね。それよりも」
言ってマキは懐に手を入れた。
「任務を遂行させてもらいますよッ!」
次の瞬間にはマキの手にはサブマシンガンが握られていた。
「伏せろッ! セシル!」
「……ッ!」
言うが早いかルイスはセシルを地面に伏せさせながら自分もデザートイーグルを構えていた。
「ハハハッ! デザートイーグルですかッ! 威力重視とはルイスさんも分かりやすいですね! でも、連射性能じゃスコーピオンには勝てませんよッ!」
マキが操る銃はVz.61スコーピオン。その小ささからマシンピストルとも呼ばれる短機関銃だった。確かにマキの言うとおり機関銃とハンドガンでは圧倒的に連射力が違う。
ましてや大型のデザートイーグルと小型のスコーピオンではその差はさらに広がる。
「しかもルイスさんはそこの女性を守りながらですからね! そんな状態で僕に勝てますか?」
「うるせえ!」
牽制の意味も込めてルイスは銃弾を放つ。それに返ってくるのは圧倒的な弾幕。
近くにあった大きな鉄製のゴミ箱の裏に飛び込んで何とかやり過ごすが、群島世界で作られた鉄製品がいつまで銃弾の嵐に耐えられるかは疑問だった。
「ルイスくん……大丈夫なの?」
「お前こそ大丈夫か? 銃弾当たってないか?」
「だっ、大丈夫だけど……」
「そうか」
ルイスはセシルを巻き込んでしまったことを後悔している。
だが、今の状況では悩んでいる間に撃たれるのがオチだった。
「ほらほら、そのゴミ箱もどんどん削れていってますよ!」
いくら連射性能が高いからと言って永遠に撃ち続けられる銃は無い。それは科学の発展した大陸でも同じ。だからこそマキのリロードの瞬間を狙って撃つのだが、デザートイーグルの装弾数は七発。一発一発の威力が大きいとはいえ当たらなければ意味はなく、その少ない装弾数は確実に劣勢の原因となっていた。
「全然当たってませんよッ!」
リロードをしながらも軽い身のこなしでルイスからの銃弾をマキは確実に避けていく。
その動きは銃というものに対する恐怖と言うものが感じられず、かなりの訓練を積まされていることが窺えた。
「ここから出られれば……」
ルイスだけならば分間七百五十発もの銃弾の嵐の中を進むことができるが、今彼のもとにはセシルがいた。
いくら学校で軍事訓練を積んでいても、これだけの数の銃弾をかわすことはできない。
ましてやマキの狙いは正確で、彼の手に握られているのが連射性の低いライフルだったとしてもその一発一発で確実に仕留めてくるだろう。
「おいセシル」
「はっ、はい!」
先ほどからセシルを呼びやすいファーストネームで呼んでいることにルイス自身は気づいていない。
「ちょっとここで待ってろ」
「えっ? ここで待ってろって……」
セシルに待機を命じたルイスはその反応を待たずにゴミ箱の後ろから飛び出した。
「やっと出てきましたか! それじゃ遠慮なく行きますよッ!」
マキはルイスの姿を見ると左腕をスーツの中へいれる。
出てきた手にはもう一丁スコーピオンが握られていた。
「ここからは全力で行きます」
「お前ごときに負けるかッ!」
セシルが後ろにいる以上退けない。
ルイスは腹を決めて銃を構えた。
「まずはてめえとてめえの主からだッ!」
対するマキは薄く笑い
「所詮はプロトタイプの分際でふざけたこと抜かさないでください!」
そこからの銃撃戦はまさに人を超えた戦い。
人形と人形の舞踏劇。
その幕は落とされる。
「この弾幕の中を進んで来られますかッ!」
マキのとる戦法は至極単純なもの。
二丁のスコーピオンを交互に使い、その圧倒的な連射力でルイスを遠ざけるというもの。
スコーピオンを同時に使わないことにより、本来起こるリロードの穴を埋めていた。
「こんなお遊びじゃ俺は止まらねえよッ!」
だが、ルイスはその弾幕をものともせずに進んでいく。
あえて、直線状ではなく弾幕になるように撒かれるマキの銃弾の穴を縫うようにして駆けていた。
「さすがですね。これごときで止まるとは思っていませんでしたが」
マキもルイスの圧倒的な速さを前にしてさえその余裕を崩すことなく、スコーピオンの連射を続けていた。
これはルイスとマキ双方に言えることだが、いくらリロードを速くしたところで、一度の戦闘で持てる弾薬の数は限られている。このまま消耗が続けば弾が切れるのは時間の問題だった。
「クソッ!」
隙を見てはルイスも銃弾を放ってはいるが、一向に当たる気配はない。
だが、対する自分にはかすり傷とはいえ確実に傷が増えていた。致命傷となるような一発をもらってはいないが、その圧倒的な弾の数に消耗は続いている。
「ほらほら! だんだん当たる弾の数が増えてますよッ!」
マキは自分が優位に立っているという楽しげな雰囲気とは裏腹に、その戦法を崩すことは無く、延々と銃弾をばら撒き続けた。
戦闘において一つの戦い方を使い続けるというのは精神力がいる。
一つの事を続けるというのは人間の心に不安をもたらす。
そして、その均衡が崩れ戦い方を変えたときに人は死に至る。
だが、マキはそのような過ちは犯さない。
「僕らは所詮人形。誰かの掌で踊り続けるしかないんですよッ!」
銃弾と一緒に吐き出されるマキの言葉には多くの思いがあった。
「てめえと一緒にすんじゃねえッ!」
その言葉がルイスには許容できない。
まだ感情の残っている彼には哀れな人形と呼ばれることが許容できない。
ゆえに加熱する。感情は暴走する。
それが過ちだと分からずに。
「とっとと死ねッ!」
均衡に耐えられず一気に突っ込んだのはルイスだった。
明らかに先ほどまで避けていたはずの銃弾をその身に受けながらマキの懐へと飛び込んだ。
「それはあなたでしょう?」
「……ッ!」
対するマキは冷静だった。
休ませていたもう一丁のスコーピオンの引き金を飛び込んできたルイスに向けて引くだけ。
「僕は喜びという感情だけにすがって生きている。それは殺人に、戦闘に喜びを見出すように作られましたから。でも、どこまでも冷静ですよ? 怒りで我を失うなんてことはありませんから」
「……ふ……ざ、けんな」
どこか遠くへ意識が飛んでいく中ルイスはそれだけを捻り出す。
(まずいな。奴が出てくる)
頭の中ではもう一人の自分が上ってくることを感じながら。
「…………」
「どうしました? まさか死んだとか言うわけでもないでしょう?」
俯いて言葉を発さなくなったルイスの様子にマキは訝しげな声を上げる。
「まあ、死んだというならそれでもいいんですけどね」
そして、鉄製のゴミ箱のほうへ振り向くと
「あとはあそこにいる方を殺すだけですから」
残虐な笑みを浮かべた。
すると、その背後から
「…………て」
「ん?」
「待て」
「なあんだ、生きてたんじゃないですか」
声をかけたのはルイスだった。
しかし、未だに顔を俯けておりその表情はマキには窺えない。
「さて、じゃあ早速続きでも……」
行きますか、と。
マキはそう続けるつもりだったらしい。
だが、その言葉は一発の乾いた音によってかき消される。
「…………へえ」
ルイスの放った弾丸は正確にマキの右手に握られたスコーピオンを撃ち抜いていた。
「さっきまで怒りで我を忘れていたはずのあなたが、まだこんな精密な射撃ができるとは驚きました」
マキにとっては幸い、ルイスにとっては不運なことに銃弾で貫かれたスコーピオンは暴発することも無く、マキの遥か後方へ弾き飛ばされただけだった。
「何か言ったらどうですか? ルイスさん」
声をかけても反応が無いルイスへそれでもマキは一方的に話しかける。
「……に……だ」
「はい?」
そこへ返ってきた返事は
「殺し合いに話し合いは不要だ」
「ッ!」
冷静な声とは裏腹に恐ろしい勢いで銃弾を放ちながらマキへ突っ込むルイスだった。
「主に褒められることを想像していたら少し油断したようですねッ……! 我ながら情けない」
すんでのところで放たれる弾丸をかわしながらマキは迎撃のためにスコーピオンから弾丸を放つ。
至近距離で弾丸を発しながら格闘戦を演じる様は異様なものだった。
片手に握られた互いの銃で相手の動きを制限し、反対の拳や蹴りで仕留める。
そして打撃で動きの鈍ったところに銃弾を叩き込む。言葉で表すのは簡単だが、それは想像を絶するものだった。
片方の銃を失ったマキもこの戦法に切り替えている。
だが、普段二丁拳銃を主体とした戦い方を得意とするマキはルイスとの技術の差が明確になってしまう。
それを意識したマキは勝負を急ぐ。
「黙れ。話しなど不要」
独り言とも取れるマキの喋りが気に入らないのか、それすらも否定するかのようにルイスは弾丸を放つ。
(先ほどまでとは別人……まさか)
体中から血を吹き出させながらも止まることのないルイスの姿にマキはひとつの可能性に思い当たる。
「そうか……そうですかッ! 感情が消えているんですねッ!」
だが、その言葉に反応したのは当のルイス本人ではなくゴミ箱の後ろに隠れこれまで何とか耐え抜いていたセシルだった。
ゴミ箱の陰から二人の戦いを覗きながら、今しがたのマキの発言を考えている。
(ルイスくんの感情が消えたッ!? さっきあと五年はあるって言ってたのに!)
そんなセシルの様子を視界の端に映したマキは戦いを続けながらもセシルに話しかける。
「そんな驚くようなことじゃないんですよ、お姉さん」
「えっ!」
まさか戦いの最中に話しかけてくるとは思っていなかったセシルは驚きの声を上げた。
「ルイスさんの記憶はただの残滓に過ぎません。ということは本来はすでに存在していないものなんですよ」
「すでに存在していないもの……」
銃弾の音にかき消されてセシルの声が聞こえないのかマキは一方的に話し続ける。
「ですから、ときおりこうして残滓が消えて本来の状態に戻るんですよ」
それは、と前置きしてからマキは言う。
「もはやただの人形ですね」
「ッ!」
その言葉をセシルは否定したいが、確かに今目の前で繰り広げられている戦闘を見ればその言葉が真実であることが分かる。
マキに対して手加減することも、マキの発言に怒ることも、ましてや痛みで顔を引きつらせることも無い。
ルイスの顔からは一切の表情というものが抜け落ちていた。
「生きた殺戮人形……。感情が消えたときのルイスさんは戦場でそう呼ばれていました」
「……そんな」
「戦闘中に会話は不要」
話し続けるマキに対しルイスの猛攻はさらに苛烈さを増していた。
一丁しかないはずのデザートイーグルから放たれる弾丸の数はその装弾数以上のものとなっていた。
ルイスのリロードはもはやセシルの目には追えないほどだった。
「クッ! さすがにこれ以上喋っている余裕はありませんね!」
言いながらルイスの一瞬の隙を見てマキは後方に下がる。
「次で終わりにしましょう」
「…………」
傍から見ているセシルにもこの戦いの終わりが近づいていることが分かった。
人形と人形の舞踏劇。その幕切れはどんなものか。
戦闘終了は次回に持ち越しです