チー牛くん、失業して探索者になる
27歳の元社畜。独身、男。
今は配信者である影山 光が、携帯端末でアプリを起動する。
これより始まるのは、今流行りの”ダンジョン配信”だ。
「……」
大抵の配信者はベラベラとしゃべったり、あいさつをする。
しかしその男、開始直後から無言という謎スタイル。
が、これはいつもの光景だ。
コメント欄が素早く流れていく。
『相変わらず初手、無言で草』
『こういう配信者は大抵過疎るんだけどね……』
『しかしこの男、バズっている』
『背中で語る男なのかな』
『壁壊しニキ、待ってた。楽しみ』
影山はコメントをざっと確認しつつ、前へ進み始めた。
言葉は不要であった(※喋らない性格なだけです)。
「ん? ここかな」
一見すると、他と変わらないダンジョン特有の土壁だ。
だが影山の視界には、違って見えている。
壁の表面に“青白い線”が浮かんでいるのだ。
その線が示すのは――壁を破壊できる脆い部分、つまり”弱点”だ。
(さて、やるか)
右手に持っていた斧を、両手で持ち直し振り下ろす。
瞬間、ドドドォォォ、と土壁がゴミのように崩れ落ち、砂煙を上げる。
ドーム型に空いた穴は、奥へと続く新たな通路が伸びていた。
「……隠し通路ですね。それでは、進みます」(ボソッ)
コメント欄の勢いが爆発する。
『なんて?(笑)』
『世界中誰もできないのに、隠し通路をバンバン開ける男』
『ワクワクする』
『腹から声出せ』
『喉の隠し通路も開け』
『朝メシ食え』
『同接10000超えか。壁壊しニキの配信は面白いぜ』
『見て損はないよな』
コメントの通り、接続数は10000を超えていた。
彼のユニークスキル“透視能力”は、このように壁を破壊して、未踏破エリアをどんどん暴いていく。他とは違う、世界唯一の配信者として注目を集めていた。
その勢いは凄まじい。
だが、彼は最初からノっていたわけではない。
物語は社畜時代まで遡る。
クソ上司に告げられた、あのクビ宣告から全ては始まった。
☆
会社には5年も務めた。
立派なベテランだが、最後はとても軽かった。
「チー牛くん、残念だが来月で最後ね」
「……え? 最後?」
「はっ、はっ、はっ。まあ、クビってやつだねぇ。仕方ないねぇ。君みたいな陰キャは、こういう時に切られちゃう。それが社会ってものなんだ! あ、録音しないでね~。パワハラとか叫ぶお坊ちゃまにはならないように!」
蛍光灯の光が、焼け野原のごとく全滅したハゲ頭を照らす。
眩しい。物理的に。
上司はニヤニヤと、下品な笑みを浮かべていた。
薄いパーテーション越しには、他の社員の笑いが聞こえてくる。
影山は、体が縮こまる想いであった。
でも、言いたい。
――クビはもう、確定なのか。
――少しも評価は、されていないのか。
だが影山は一方で、なにも期待されていないのはわかっていた。
「わかりました。お世話になりました」
この会社の業績は今悪化していて、クビになった従業員は他にもいる。
仕方のないことであった。
しかし影山は自分が、会社でイジメられているのをわかっている。
上司、同僚、先輩、後輩……誰もが彼を「チー牛くん」と呼んでいるのだ。
眼鏡をかけていないのに、陰キャっぽいという理由だけでそうなった。
この会社では、上司が気に入らない人材はイジメられるという風習がある。
腐っている。そして影山は、その標的となった。
たったそれだけの話である。
(最悪な会社だ。潰れてしまえ……)
ふと今までのことを、振り返る。
月4日休みは当たり前。残業は100時間をしょっちゅう超える。
土曜日は平日。休めるのは日曜だけ。祝日は幻だ。
それでも影山は、性格もあって真面目に働き続けた。
社畜あるあるの、辞めたい、と思う余裕すら奪われた状態。
だけど根性のある良い人材で、未来を信じて努力した。
(コツコツがんばれば報われるって。そう思ったのに……捨てられた……)
最終日は誰にもなにも言わず、静かに退職した。
最後のあいさつなんてしていない。
会社は変わらず、いつも通り回っていた。
(次の仕事、どうしようかな)
なにも考えていなかった。
なにも、考えられなかった。
☆
アパートに帰り、夕食をとり、シャワーを浴びる。
疲労でぼんやりとした頭で、ノートパソコンを開いた。
見るのはダンジョン配信。過疎っているが、とても頑張っている女の子が出る――「あさひチャンネル」を視聴した。
「あっ! シャドウさんだ! 今日もありがと~、えへへ!」
常連の影山が来たとわかると、あさひはぴょんぴょん跳ねながら、とても嬉しそうに手を振る。
明るい女の子。だが配信での彼女はどこかポンコツだ。
魔法は外し、道は右左間違え、覚えたことをすぐ忘れる。
それでも、笑顔の絶えない明るさと前向きさがある。
その姿は影山にとって癒しで、日常の光であった。
画面越しの笑顔なのに、いつだって心を温めてくれる。
(俺、変わりたいな。このままじゃダメだ)
気づけば、決心していた。
「……とりあえず。探索者、やってみるか」
まずは、次の仕事までのつなぎ。
その程度の軽い気持ちだ。
だが――この決断が、後に冒険者業界を大きく騒がせる結果となる。
この時の影山 光は、そんな大変なことになるとは知らなかったし、想像もしていなかった。
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