8話 狩る者
演習開始の合図と共に、ヴァルティスは軽やかにフィールドを滑走していた。演習という名目を守るように、派手な攻撃は避け、あくまで“連携訓練”の体を保っている。
しかし、スコッチの反応は鈍い。いや、慎重だ。
『……動きが軽すぎるな。装甲の厚みも通常より劣る。機動型か』
スコッチのノヴァ《キャニオン・ローダー》は、極厚の装甲を備えた重量級機体。背中にあるプラズマグレネードランチャーが、動くたびに重低音を響かせていた。
その足元、左右にはLAWSがホバリングしている。シオンの狙いは、まさにそれだった。
「トール、信号の準備は?」
『AIコントロール50%へ移行。主、LAWSの周波数帯をロック。同期信号、発信まで5秒……3、2、1……発信』
シオンはその瞬間、ヴァルティスの肩から散布されるように放たれた微弱な電磁パルスを確認した。
目に見えないその波が、LAWSの挙動に一瞬の乱れを生じさせる。
『……!? LAWS、挙動不安定!?』
スコッチが気づくが早いか、ヴァルティスは一気に距離を詰めた。あくまで演習行動の範疇として――だが、速度と角度が違う。
「第一段階、完了。LAWS、反応遅延発生中。機能低下を維持しつつ接触できる!」
スコッチは驚きと同時に反撃に移るが、重装のキャニオン・ローダーは急な方向転換には向かない。
『やるな……まさかこのタイミングで近づいてくるとは』
「悪いな、こっちは“学びの姿勢”ってやつだ」
ヴァルティスが滑るように横合いから潜り込み、LAWSの真下に入り込む。小型アームが展開し、LAWSを包み込むように“ハッキングジャック”を挿入――
ベナトールが即座に連携、AIコントロールがLAWS内部へと侵食していく。
『……内部制御、干渉成功。LAWSの武装機構、隔離完了。完全停止まで残り3秒』
「静かに眠っててくれよ、優秀なオモチャたち」
LAWSの機体がふわりと傾き、動作が完全に停止。重力に任せてゆっくりと地面に降りる。破壊はない。任務条件は完璧に守られていた。
だがその瞬間、スコッチの眼差しが鋭くなる。
『……これは演習じゃないな』
「察しが早いのは助かるけど、こっちとしてもやりやすいようにはさせてもらうよ」
次の瞬間、グレネードランチャーの砲口がシオンに向けられる。
そして、**“本当の戦闘”**が始まった。
静止したLAWSの背後で、スコッチの《キャニオン・ローダー》が音もなく動いた。まるで巨大な岩が意思を持って迫ってくるかのような威圧感。背中に構えるプラズマグレネードランチャーがゆっくりと砲口をこちらに向けてくる。
『貴様、ノースヘイムの……いや、“レクイエム”か』
「そう呼ばれるのは、まだちょっと慣れないんだけど」
ヴァルティスが一気にブーストを吹かし、宙を舞う。砲撃を先読みしたトールの補助によって、空中での軌道が一瞬早く描かれた。
『トール、AI補助65%。多方向回避シミュレーション開始』
『了解。回避経路表示、優先度ベータ。敵機の攻撃予測半径は18メートル――アウトレンジで維持推奨』
ランチャーが火を吹いた。重低音と共に高密度プラズマの塊が一直線に撃ち出される。
「でかいけど、遅い……!」
シオンは軽々とそれを躱しつつ、一気に懐へと飛び込む。しかし、その瞬間――
『接近阻止プログラム、起動』
キャニオン・ローダーの足元から無数の小型地雷のような自律兵器が射出される。LAWSではない、それとは別の接近戦対策。
「そういうのもあるのかよ!」
『警告。パターンBへの回避移行。主、10時方向に空間あり』
「任せた!」
ヴァルティスの姿勢が瞬時に変化、飛び散る地雷群をスラスターの加速で一気に抜ける。超至近距離――機体と機体がぶつかるような距離で、ヴァルティスのブレードが抜かれた。
「行くぞ!」
だが、キャニオン・ローダーも黙ってはいなかった。腕部から展開されるパイルバンカーがヴァルティスのブレードを迎え撃つように射出され――
空中で火花が弾ける。衝撃で周囲の地面が裂けるほどの力がぶつかり合い、機体のバリアが互いに明滅する。
『戦闘演算:勝率61%。ただし長期戦は不利と推定』
『上等。なら、短期決戦で決めるまでだ!』
ヴァルティスが背部のスラスターを全開。反動で機体を斜めに跳ね上げ、宙を舞いながら回転し、ブレードの軌道を強引に変える。
「トール、出力解放! 左腕のオーバーブレード起動!」
『起動完了――推奨カウンター。敵機の関節部を狙え』
「了解ッ!」
キャニオン・ローダーの右肩――可動域の死角を突いて、ブレードが深々と突き刺さる。
機体が仰け反り、火花を散らす。シオンは追撃を迷わず加え、ランチャーの基部を蹴り上げ、構造破壊。
爆発を伴わず、巨大な兵装が無力化されていく。
『……お前、ほんとに“ただの演習”のつもりだったのか』
スコッチの声に、シオンは静かに答える。
「悪いな……これは任務なんだ。“技術”も、“戦果”も、持って帰ると決まってた」
そして、最後の一撃がキャニオン・ローダーの膝関節を砕き、機体はゆっくりと沈み込んだ。
キャニオン・ローダーの巨体が地に崩れ落ちると、戦場に一瞬の静寂が訪れた。砂埃の向こう、まだかすかに発光するLAWSが2機、無傷のままその場に残されている。
『敵機、行動停止を確認。LAWSユニットも無力化完了』
「重装型のくせに防御ばかり強化されてるのは厄介すぎるって……」
ヴァルティスは慎重に距離を詰め、LAWSに対して通信リンクを展開。トールが自動的にハッキングを開始した。
『LAWS制御中枢への接続完了。現在、バックドアプロトコルを構築中……あと12秒』
「まじでお前、こういうときは頼れるな……」
『当然。私を他のAIと一緒にするな』
その言葉通り、LAWSの発光が瞬時に落ち着き、トールの制御下に置かれる。まるで獣が飼い主に従うように、2機の自律兵器がヴァルティスの後方へとぴたりと寄り添った。
『ノースヘイム輸送班より通信。LAWS2機の回収指示を受領。現在位置へドローン搬送中』
「ふぅ……あとは帰るだけか。暗殺任務ってのは、後味悪いな……」
ヴァルティスの外部スピーカーは落としたまま。シオンは独り言のように呟きながら、夜明け前の空を見上げた。
背後では、キャニオン・ローダーの残骸が微かに火花を散らし、冷えていく鉄と共に静かに沈黙していた。
◇◇◇
薄暗い会議室。電子ノイズだけが微かに響く中、シオンは椅子に腰を下ろしていた。
目の前のホログラムには、セナが白衣を翻しながら現れる。
「任務、ご苦労さま。まず――無傷で帰還したこと、LAWSを破壊せず回収したこと、どちらも期待以上の結果よ」
「…………」
シオンは答えない。まっすぐにセナの瞳を見る。ただ、その奥にある“評価”だけを読み取るように。
「あなたが沈黙するのは、良心の呵責? それとも“こんなもんか”という落胆?」
「……わからない。けど、あの人……キャニオン・ローダー。最後、俺が名乗った時、何も言わなかった」
「彼は覚悟していたのよ。あの立ち位置にいる者が、技術と共に“利用される”という事実を。
それに――」
セナは画面越しに目を細めた。
「彼は、最後にあなたの姿を“誇らしい”と思っていたかもしれない。
……これは私の、ただの希望的観測だけれど」
「……で、LAWSは?」
「完全に制御済み。今後はベナトールのOSでリモート対応可能になるわ。拡張処理にもつながる。
あなたが、ここまでやってくれるとは正直思ってなかった」
「……それ、褒めてんのか?」
「当然。
だから、次の任務はもっと“大切なもの”を任せるつもり。……ノエルの件も含めてね」
シオンはその言葉に、かすかに眉をひそめた。
「まだ、俺に何かやらせるのかよ」
「“やらせる”んじゃない。“任せたい”のよ。あなた自身が、ベナトールじゃなく、“シオン・ハートランド”として戦うために」
その言葉に、シオンは口を閉じたまま、しばし思考を巡らせていた。
そして立ち上がる。
「わかったよ。じゃあ、次は……誰を救えばいい?」
ホログラムのセナが、微かに微笑んだように見えた。
次回も宜しくお願いします。