4人目・とある侯爵令嬢〈後編〉
魔法が見たい!
わたくしが“そう”であると気づいてから、この世界に魔法があると知ったとき、どれほど嬉しかったか。
そして、わたくしに魔法の才がないとわかって、どれほどがっかりしたか。
自分で魔法を使えない以上、誰かに見せてもらうしかない。
ないのだけど。
なんか、思ってたのと違った。
侯爵家のお抱えの魔法使いに、いえ正式には魔術師に、見せてもらったのだけど。
屋敷の要所に施されている防御魔法。
贈り物などに、呪いなど良くないものが混ざってないか調べる探査魔法。
呪いに対処する浄化魔法、などなど。
思ってたのと、違う。これじゃない。そういうのじゃなくて……。
じゃあ、つまり、どんなの?
例えば。炎の矢~とか、風の刃~とか、そういうの?
いや、そういうのとも違う。いや、それはそれで楽しそうだけど。
何か、わたくしの記憶のどこかで。
魅かれて魅かれてやまない、そんな魔法を知っている気がするのだけれど。
……もしかして今生の記憶ではなく、その前の記憶の中なの!?
疲れたとき、良く眠れるようにとかけてくれた暖かな闇の魔法。
漆黒の闇の中、光のしずくがこぼれては散っていく。
魔法使いの手のひらに生み出された、闇の花。
そう、あれだ。
あの魔法使いの。
攻略対象者である魔法使いが使っていた、特殊魔法。
わたくしは、あれがいい!!
さっそく、魔法使いにコンタクトを取った。
なにしろ、あの物語の中で定位置となる中庭の片隅にいてくれたので、すぐに見つけられた。
ただ、あの物語とは違って非常に気だるげですけど。それでもわたくしと会話してくれるみたいですわ。
「お嬢様が、何の用?」
ええ、それはもう、
「魔法が見たいです」
魔法使いが意地悪そうに口の端を上げる。
「物好き」
確かに、わたくしもそう思いますわ。
「で、魔法を見せていただきたいのですけれど」
魔法使いが尊大そうに嗤う。
「何で、俺がそんなことしなくちゃならない?」
確かに。でも、わたくしが魔法を見たいのも、また確かなこと。
「だから、お願いです」
「お願い、ねえ」
魔法使いが思案気に目を細め、そして悪魔のように嗤った。
「侯爵家のお嬢様が、庶民の俺の結婚相手になるっていうなら、見せてやってもいいよ?」
……、……、……。
頭の中で、祝福の鐘が鳴り響く。
ナイスアイデア!名案ですわ!
それなら、毎日、魔法を見せてもらえるじゃない!!
「それなら、一日一回、魔法を見せてもらえますわよね?え、ダメですか。
それなら、二日に一回。え、それもダメ?
せめて一週間に一回、そこは何とか」
粘りますわ、当たり前です、なんたって、魔法のためですもの!!
魔法使いが唖然とした顔でわたくしを凝視する。そして、
「くっそ、失敗した。このお嬢様、頭おかしすぎる」
失礼な。でも、似たようなものかしら?
魅かれて、魅かれて、どうしようもないのですもの。
「いいぜ、見せてやるよ」
余裕を取り戻したらしい魔法使いがニヤリとする。
魔法使いの手のうちに、花が現れる。
ビロードのようなその花びらの色は、黒。いいえ、きっとこれが闇の色。
「美しい、ですね」
魔法使いが一瞬呆然とし、悔し気に顔を歪める。
え、それ言っちゃダメなヤツ?
魔法使いの魔法は記憶にあるけれど。魔法使いの物語も攻略ポイントも記憶にありませんの、前世のわたくしは興味なかったみたいで。
魔法使いが、挑戦的な眼差しでわたくしを見る。
「お嬢様、余裕だね。じゃあさ、もっとイイモノ、見せてあげるよ」
次の瞬間、あっと思う間もなく、闇の中に放り出された。
放り出されたような、感じがした。
……ここは、まるで宇宙空間?
まるで宇宙に放り出されたかのような、どこもかしこも闇。
その闇の中に、漂うように、包まれているように、わたくしが浮かんでいる。
……無重力って、こんな感じなのかしら?
どこまでも深く果てのない闇。
しばらくすると、どこからともなく光の欠片が現れた。
闇の中に光が、零れ落ちる雫のように光が現れ、そして消えていく。
「美しいですね。光も、そして闇も。
ここにいると、闇の中にあってこそ、光は輝くことができるのだと、そう思えますわ。
闇は、とても豊かなものなのですね」
わたくしが思わずそうつぶやくと、突然それが消えた。
わたくしはもとの中庭にいて。目の間には魔法使いがいて。
「残念、もう終わりですの?」
魔法使いが、わたくしにぐっと顔を寄せ、睨むように見下ろす。
「いいぜ、お嬢様がどのくらい耐えられるのか、試してやるよ」
つまり。
魔法を見せていただけるのですね!
特にこの、魔法使いキリル様の特殊魔法を!!
約束を取り付けることができた。
毎日、キリル様のもとを訪れて良いこと。その度、魔法を見せてくださること。
わたくしは、今、心から叫びたい。生きてて良かった!!
神様、……ええと、神様はよく分からないから。この世界、ありがとう、本当にありがとう!
ところで。
魔法使いのキリル様は、ツンデレ枠だったような気がしますけれど。
キリル様のあれは、ツンデレなのかしら?
ツンデレに造詣が深くないわたくしには、判断が難しい。
でも。
思い返せば、他の攻略対象者も“あの”物語とは少し違っていた。
メインの王太子は正統派の王子様。
だったはずなのに、現物はちょっと残念が入っている。殿方には人気だけど。
でも、婚約者をかばって呪いを受けた事件からあと、令嬢からの評判が上がった。
こじらせているという設定だった第二王子は、そもそも学園に来ていない。
頼りない弟キャラがヒロインと出会って変わる、そういう物語だったはずだけど。
王宮で見かけた第二王子はずいぶんと、したたかそうにお育ちになっていた。
宰相子息は、彼のルートにおけるライバル令嬢と仲が良い。
婚約間近だそうで、幸せそうだ。
そうなるために、どんな知られざる物語があったのか、ちょっと、いえかなり気になる。
騎士団長子息は、彼のルートにおけるライバル令嬢と仲が悪い。
よって、ライバル令嬢にはすでに別の婚約者がいる。
そうなるために、どんな知られざる物語があったのか、今度ライバル令嬢の方に聞いてみよう。
大商会の跡取りには、ライバル令嬢はいない。
彼についてはその設定だけでなく、それ以外のことも“あの”物語とよく似ていたけれど。
ヒロインちゃんは眼中になく、婚約者にヴィクトリア嬢を選んだ。
それぞれに、それぞれの物語がある。
当たり前の、ことだけど。
そしてわたくしは、魔法使いの物語をつかまえたい。
学園の中庭の片隅に、今日も魔法使いがいる。
「キリル様!」
思わず大きな声で呼びかけて、駆け寄ってしまった。
キリル様が本から顔を上げて、意地悪そうにわたくしを見る。
「知的で物静かな侯爵令嬢、その中身がこんなのだと、俺がバラしてやろうか?」
あら、わたくしのためにそんな手間をかけていただけますの?
「親しい方にはもうバレておりますから。ついでに皆様にバラしていただけると、助かりますわ。
一人一人に説明するのは、面倒で」
魔法使いがわなわなと震えている。
「だから、知的で物静かな侯爵令嬢は、ホントどこいったんだよ!?」
わたくしは、魔法使いを静かに観察して答える。
「どこにもいってはおりませんわ?わたくしの中におりましてよ。
今は何よりも、キリル様の魔法に魅かれてしょうがない、というだけです」
それよりも、気になりますね。
「キリル様は、知的で物静かな令嬢がお好みでしたか?」
ヒロインちゃんは、知的で物静かとはタイプが違いますし。
魔法使いが、あざ笑うようにわたくしを見る。
「俺が、知的で物静かなのも、魔法を見て喜んでるのも、どっちも好きだ、というとでも思った?」
……おや、キリル様はわたくしのようなタイプがお好みでしたか。物好きな。
「そんなことより、魔法、見せてください!」
今日で75回目。
今日の魔法は、疲れたわたくしをふんわりと包み込んでくれる、闇の魔法。
わたくしは勝手に、毛布の魔法と呼んでおります。
体から力が抜けて、じんわりと強張った体がほぐれていくような……。
「キリル様の闇は、あたたかいですね」
すると即座に反応して、
「闇に温度なんかねえよ」
と、キリル様の馬鹿にしたような声が返ってくる。
「では、心象的な温度ですわ。陽だまりのような暖かさで、満ち足りた気分になります」
わたくしが思わずそうつぶやくと、突然それが消えた。
わたくしはもとの中庭にいて。目の間にはキリル様がいて……。
「もっと見せてくださいませ!」
魔法使いが身を震わせ怒鳴る。
「お嬢様、わかってねーだろ!!
魔法ってのは、特にこの手の特殊魔法は、魔法使いの分身みたいなもんなの!」
え、そーなの?それは、存じませんでしたわ。
「それを、毎日毎日、毎回毎回、こんだけベタ褒めして、どーすんの!?」
絶賛するには、わたくしの表現力では足りないと思っておりましたけれど。
そうでもありませんでしたのね。ちゃんと伝わっておりましたのね!
魔法使いがぐっとわたくしに顔を寄せる、まるで怒っているかのような表情で。
「なあ、お嬢様は、俺のことが、好きだとでも?」
好き?そうなのかしら?そんなこと考えもしませんでしたけれど。
わたくしがキリル様のことを好き……。
「それ、妙案ですわ。恋愛結婚ができますもの」
どうしたのかしら?魔法使いが、完全に意表を突かれた表情をしていますわ。
「わが侯爵家は、いわば安泰なのです。
お父様とお母様は素晴らしい人柄に加えて堅実で、弟もまた人柄がよく堅実で。そして、弟の婚約者も素晴らしい方で。
だから、わざわざ、わたくしが政略結婚をする必要はないのだそうです。
お父様も弟も、わたくしには甘いですし。
お母様からは、政略結婚はできそうならしてもいいけれど、そうでないならやめておきなさいと、助言をいただきました」
キリル様が頭を抱えている。
「どーして結婚の話になってんだよ!?」
え、それは当然では?
「キリル様が提案されましたわよね?
魔法を見せてほしければ、結婚相手になれと」
あ、キリル様の表情をみて、気づきました。
「わたくし、からかわれましたの?それとも最初から、冗談のつもりで?
それを、わたくしが勝手に本気にしてしまいましたの?」
「あーくそ!!俺、すげえ鬼畜みたいじゃねえか!」
魔法使いが何か言ってるみたいですが、わたくし、それどころではありません。
「あの時のは、お嬢様が絶対断ると踏んでの、冗談だ」
やはり、そう、なのですね。夢の、一日一回魔法生活が……。
「だからって、あーもう、そんな死にそうな顔すんな。
だから、もう一回言ってやる。今から言うのは本気だ。いいか」
魔法使いがぐっとわたくしに顔を寄せる、いつになく真剣な表情で。
「俺の、結婚相手になれ」
「はい!!」
このチャンス、全力でつかませていただきますわ!
「お嬢様、頭おかしーだろ!何で返事が、はい、なんだよ!?」
魔法使いは全力で怒鳴ってますわね。
「だ、か、ら!お嬢様、俺のこと好きなの!?」
「さあ、それはよくわかりませんけれど。キリル様の魔法にベタ惚れしていることは、確かですわ」




