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碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。  作者: 宵月葵
灯明の道しるべ

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111.




 (暑い・・・・)

 

 品川での日々のように、適当な回数で止めておくべきだったと。

 

 ただでさえ京都の寒さに比べたら断然ましな江戸で、長時間猛烈に素振りに勤しんでしっかり汗だくになってしまった冬乃は、

 

 風呂の場所も然ることながら利用時間の取り決めも確認しておかなかったのに、こんなになるまで稽古した事を、今さら後悔していた。

 

 

 (汗流したいよ)

 

 何度も胸内に呟いて、井戸場で素っ裸になって水浴びしている隊士たちの談笑を遠く耳に、溜息をつく。

 羨ましすぎた。

 

 先程、まだ彼らの声がしていないうちに勇気を出して井戸場を覘いてみたけども、表側なだけに人の通りがそれなりに確認でき、これではとても水浴びはできそうにないと諦めたばかり。

 

 そのままぐるりと周回し、元居た人気の無い庭先にとりあえず戻って来たものの、

 少し風を浴びている程度で汗がひくはずもなく。冬乃はそうして今、困り果てている。

 このまま汗がひいた頃にはむしろ風邪ひくだろう。

 

 (お風呂・・・)

 

 残る選択肢へ、冬乃は再び思いを巡らせる。

 

 場所も時間割も知らない上に、そもそも沸かすことから始めるはめになるけれど、もう仕方ないのではなかろうか。

 

 己のあいかわらずな無計画さを恨みながら、冬乃は腹を括って風呂場を探し始めた。

 

 

 

 

 水浴びの隊士たちで賑わったままの井戸場のほうは、見ないようにしつつ。庭の端を通り抜けた冬乃が、辿り着いた外れには、池まで備えた本格的な庭園が広がっていて。

 

 そして感嘆する暇もなく、その手前にぽつんと風呂場らしき建物を発見した。

 というのも、もくもくと湯気が上がっていたからだ。

 

 既に隊士たちが居るという事。

 

 

 冬乃は深く諦めの溜息をついて、早くも回れ右をした。

 (考えたら当たり前だった・・)

 

 井戸場で汗を流している稽古後の隊士がいるなら、風呂に直行している隊士がいても当然だ。

 

 (もう)

 本格的に己に呆れながら、冬乃はせめて体を水拭きだけでもしようと、

 台所に立ち寄って井戸の水を汲ませてもらうことにした。

 

 桶で持ちだせる程度の水量で我慢することになるが、こうなっては何もしないより遥かにましだろう。

 

 

 台所の戸口に立って覗くまでもなく、善五郎が居た。

 今や他の使用人二人も来ていて、彼らは皆、早めに予定している夕餉に向けてか忙しげに動きまわっていた。

 

 「たびたびすみません・・」

 善五郎と目が合うなり、冬乃は頭を下げる。

 

 「井戸の水を少し、いただいていってもよろしいでしょうか」

 「勿論です」

 善五郎は、木刀差しの稽古着姿で汗だくな冬乃に、心底驚いたような顔をしながらも、即答してくれた。

 

 「すみません。ではお邪魔します」

 礼を言いつつ、振り返った他の二人にも会釈をしつつ、冬乃はそそくさと土間の井戸へ向かった。

 

 桶をひとつ拝借して、たっぷり水を汲み入れる。

 

 「お持ちいたしやしょうか・・?」

 重いのでは、と心配した様子で善五郎が向こうから聞いてくれて、

 「大丈夫です!有難うございます」

 冬乃は急いで首を振って返した。

 

 

 

 再び隊士達の居る井戸場のほうを見ないようにしながら素通りして、玄関から屋内へと戻る。

 

 すれちがう隊士たちにも驚かれつつ。

 桶の水を溢さないよう慎重に歩みながら、そして正直とても重いので閉口しながら、

 ようやく冬乃は辿り着いた自室の前で、そっと桶を置いた。

 

 

 沖田が帰って来ていないかと、その場で聞き耳を立ててみる。

 だが彼の部屋のほうからも近藤の部屋のほうからも、もう話し声ひとつ聞こえなかった。

 原田たちもあれから部屋に戻ってないのだろうか。

 

 冬乃は沖田の不在にもう一度しょんぼりしてから、自室の襖を開けると桶を持ち上げて、

 畳なだけに今まで以上に慎重に進んで、床の間へと桶を置いた。

 

 

 (・・疲れた)

 

 無駄に冷や汗も追加されて、よけい汗だくになった気がする。

 

 冬乃は開けっ放しだった襖を閉めに戻り、部屋内を振り返った。

 

 とにかくも、疑似水浴びまであともう少しだ。

 

 冬乃は息をつき。着替えと手ぬぐいを取りに、最後の力を振り絞る気分で、部屋の隅の行李へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近藤と部屋の前で別れてすぐ、部屋内で寝そべっていた原田から、冬乃が訪ねてきていた事を聞いた沖田は、まっすぐ冬乃の部屋へ向かった。

 

 「冬乃」

 部屋の雑巾がけでもしているのだろうか、

 微かに水跳ねの音がする冬乃の部屋の前で、沖田は声をかける。

 

 「あっ」

 だがすぐに慌てたような声が返り、

 

 「ごめ・・なさ、いまっ・・」

 

 どうやら入室を拒んでいるらしき声が、続いた。

 

 (・・何だ?)

 少なくとも、掃除ではなさそうで。

 

 開けてみたい悪戯心が湧いたが、本当に開けても可哀そうかと、次にはおとなしく諦め。

 冬乃が来た件の確認だけはしておくかと、

 「さっき訪ねてくれたようだが御免、何か用事だった?」

 聞いてみる。

 

 「いえっ」

 引き続き慌てたような声が返った。

 

 「その、とくには・・」

 

 

 とうに水音は止んでいて、冬乃の声だけがひたすら返ってくる中、沖田は、

 とりあえず先程は用事があって訪ねてきたわけでもなかったらしい、と受け取りながら、

 

 ならただ逢いたくて来てくれたのだろうと思えば、今すぐ抱き締めたい衝動にも駆られ。

 

 「冬乃」

 

 もう一度、呼び掛けた。

 

 「入っていい?」

 

 「えっ、でも、・・・・」

 焦りながらも妙に弱々しい声がまた返ってくる。

 

 

 「・・・」

 

 

 でも、の後を暫く待ってみるも、続きが返ってこないので。

 

 「でも?」

 悪戯心が勝り。沖田は、たまには追求してみることにした。

 

 「でも・・」

 すぐに、おうむ返しが届き。

 

 「・・・」

 

 更に待ってみて暫く。

 

 「今・・は、」

 

 遂に観念したような返事が、続いた。

 

 

 「・・服を、着てなくて・・・」

 

 

 

 沖田がそのまま襖を開けたのは、言うまでもない。




 

 

 



 

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