陸、時代在循環(完)
そうして時代は巡る。
「四神よ、どうか我らの守護神になってはいただけませぬか」
すでに青龍は身罷り、子華は玄武の妻となっていた。四神はどこまでも優しく彼女を愛していた。
「かつて商の湯も同じことを言った」
「天も地も商から離れ、紂王は女にうつつを抜かして政をおそろかにしております。民は重税にあえぎ、官吏もまたいたずらに殺され、このままでは国としての体を成しませぬ」
「……ゆえにそなたたちの守護をしろと」
「四神が商を放ったと知れば動乱は直ちにおさまりましょう」
北の地に訪れた男がとうとうと語るのを、玄武の腕の中で彼女は聞いていた。
(どこかで聞いた話だわ)
玄武の言う通り、今まさに倒れんとしている商の、湯王も同じことを言ったのだろう。彼女は「王が女にうつつを抜かしている」という言葉が気になった。
「ねぇ」
「子華、如何した?」
「王のところにいる女性はどんな方なのかしら?」
四神の花嫁である彼女から声をかけられたことに男は目を見開いたが、すぐに顔をしかめた。
「花嫁様がお気に止めるような女ではございません。元々は取潰しを命じられた家から献上された娘でございます。王は女の言うがままに金銀財宝を与え、罪のない者たちを罰したりしております。まさにあれこそ悪女と申しましょうか……」
「ふうん」
彼女は思わず笑ってしまった。男のすることはいつの世も変わらない。
「じゃあ、その女性を取り上げたらいいんじゃない? またいい王に戻るかもしれないわ。そうしたら国を潰す必要はないじゃない」
「いえ、その……さすがに紂王のしたことは取り返しがつかないほどひどく……」
「ならなんでもっと早く兵を挙げて諌めようとしなかったの?」
「お恥ずかしい限りですが準備を整えるのに時間がかかりまして……」
「ふうん。で、玄武さまはどうなさるの?」
「そなたはどうしたい?」
いつのまにか揃っている四神を見やる。正直彼女は国などどうでもよかった。商が別の国に変わったところで彼女には関係ない。ただどうにかして国を亡ぼす大義名分を掲げようとしているのが気に食わなかった。
「王のところにいる女性が欲しいわ。五体満足で生かして連れてきてくれるのなら守護をしてもいいのではないかしら」
そう言って妖艶に笑んでやると遣いである男は慌てて顔を伏せた。
「子華……。ではそのようにいたせ。女に一切の危害を加えることは許さぬ。紅陽」
「はっ」
「この者に付き、女を連れて参れ」
「承知しました」
彼女の意図に気付いたのだろう。玄武は朱雀の眷属に付き従うように言いつけた。
果たして白い魚は神に捧げられ、赤い鴉はゆったりとした声で鳴いた。(白は商の色、赤は周の色を表す)
「名はなんというの?」
「……妲己、と申します」
連れてこられた少女は巷で悪女と言われているような存在ではなかった。ただただ縮こまって、カタカタと震えるばかりだった。光のない瞳に、子華はかつての自分を思い起こさせた。
(この子は、妾だわ)
やりきれなかった。やがて訪れるであろう破滅をわかっていて。
「発(周の武王の名)の妻になれるとでも言われた?」
妲己ははっとしたように顔を上げた。
「……いいえ……妾がただ、愚かだっただけでございます……」
そう言って、少女ははらはらと涙をこぼした。ここにも男たちに翻弄された犠牲者がいた。
「妾に仕えなさい。これから貴女は、貴女自身の為に生きるのよ」
彼女の言葉に妲己はピンとこないようであったが、素直に彼女に仕えた。
やがて妲己は紅陽の番(運命の相手)であることがわかり、長い長い時を彼女と共に過ごした。
四神は時に嫉妬することもあったが、ひたむきに彼女だけを愛した。彼女もまた夫を見送る度に哀しみながらも四神だけを見つめていた。
建国してから約三百年程で周は衰退する。時代は小国がいくつも興る春秋から、列強の七国が勇を競う戦国時代へと移っていく。
激動の時代に翻弄され、絶望から立ち直りようやく微笑みを浮かべた、そんな四神を愛した少女がいたことは――誰も知らない。
終幕
これにて終幕です。最後までお付き合いありがとうございました!
貴方の心に少しでもなにか響いたなら幸いです。
補足:
中国歴史 夏→商(殷)→周→(春秋時代)→戦国時代→秦→漢→三国時代→
周の武王 商を倒し周を建てた。在位2年で崩御したと伝えられている。
参考文献:
中国書籍
「簡明中国古代史(第三版)」北京大学出版社
「中国古代史」 高等教育出版社
「中国歴史 先秦巻」 高等教育出版社
「話説 中華文明1 史前至東漢」 広東旅遊出版社
和書
「十八史略~覇道の原点」徳間書店
「中国の歴史01 神話から歴史へ」宮本一夫著 講談社