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「ルカ君、これもう焦げてるよ」
「いいんです。わざと焦がしてるんですから」
「なんでまたそんなことを」
「そういうものなんです。あ、先生、ちょっと離れててください。危ないですから」
鍋の中で焦げつく砂糖に、小さな料理長は少量の水をふり入れた。ジュッ! と派手な音をたてて、砂糖はみるみるうちに焦茶のソースに姿を変える。
「先生、そこの棚から一番大きいお皿をとってください」
「これかい」
「それ二番目です。そっちじゃなくて、この間キャリガン夫人が魚を焼いた……」
魚どころか小型犬が行水できそうな大皿に、ルカ君は鍋のソースを流しこんだ。
「次は牛乳を温めます」
「いったい何を作るんだい」
何が始まるのか見当もつかないわたしに、少年はとっておきの秘密を打ち明けるような、きらきらした目を向けた。
「蒸し料理です」
そんなに嬉しそうな顔をするほど、この子はプティングが好きだったろうか。
「先生、粉はいらないです」
「だってプティングだろう?」
小麦粉の袋を取り出したわたしに、ルカ君は「いいえ」と得意げに笑ってみせた。
「この料理には使わないんです」
聞けば、ヘレンに教わった料理だという。この少年は、放っておくと次から次へと師匠を増やしていく。わたしの存在がかすむほどに。
「知ってるかい、ルカ君。小麦粉でも爆弾が作れるんだよ。粉塵爆発といってね、一定以上の濃さの粉塵に熱を……」
「使いませんよ?」
めずらしく強い口調でルカ君は念押しし、戸棚に粉袋をしまった。孵化前の雛は平気なくせに爆発は怖いとは、うちの弟子は少々変わっている。
砂糖を入れてすり混ぜた卵に牛乳を加えてさらに混ぜ、ざるで漉してなめらかにする。
「蒸すんだったらお湯がいるのかな」
「そうでした。先生沸かしてくれます?」
「承知しました、料理長」
ソースを張った皿に卵液を流し入れ、お湯を注いだ天板にのせてオーブンへ。
「だいたい三十分くらいです」
甘い香りがたちこめる台所で洗い物をしたり、余ったお湯でお茶を淹れたりしながら待つこと約半時間。つややかな黄色いプティングが焼き上がった。
「本当は中まで火が通っているか、串を刺して確認するんですけど……」
意味ありげな視線をくれる弟子に、わたしは背徳的な誘いをかけた。
「もっと手っ取り早い方法があるんじゃないかい」
「先生もそう思います?」
共犯者に分け前を配る首領のごとく、ルカ君は大きなスプーンを寄越してくれた。
「熱いから気をつけてくださいね」
やわらかそうに見えて意外と弾力のある表面をスプーンで割ると、湯気とともに濃い色のソースが溢れ出る。ふるふると蠱惑的に震えるそれを口に入れれば、舌の上にやさしい甘さとほろ苦さが広がった。
「おいしいですね」
満面の笑みで見上げてくる弟子に、そうだね、と同意を返す。
「今まで食べたものの中で一番おいしいよ」
「おおげさですよ、先生は」
ちっともおおげさでないことを、どうすればこの少年は信じてくれるだろう。本当に、掛け値なく、これまで食べたどんなものより幸福な味がするのだけれど。
「ルカ君」
なんですか、と応じる弟子は、早くもふたすくい目を頬張っている。
「たまには帰っておいで」
たまの休みに。この家に。一緒にお茶を飲んで、他愛もない話をしよう。また一緒に何か作ろう。
「はい、先生」
スプーン片手に、わたしの弟子はくしゃりと笑った。少しばかり照れくさそうで、見ているこちらの胸が温かくなるような、それは幸せそうな笑みだった。




