二人のはじまり
新作「鋼の翼を持つ少女のグルメ旅~おっさんを添えて~」始めました。
下部にリンクありますので、よろしければそちらもどうぞ!
「ただいま戻りました」
「ヴィオラ様、おかえりなさい。長旅お疲れ様でした」
光り輝かんばかりの眩い笑顔で推しが迎えてくれた場合、オタクはどうなるか三文字以内で答えなさい。
答え:死ぬ。
と、なるところであるが、ヴィオラは根性及び女領主の仮面でもってどうにかやりすごした。心情的には大変致命傷である。今すぐ救急車を呼びたいところだ。
だが残念なことにこの世界にそんなものはない。
なんとか女領主としての体面を保てる程度に、はちゃめちゃに頑張って笑顔を返す。
「出迎えありがとうございます、タクトさん。
もしよろしければ少しお時間を貰えませんか?」
長旅といっても領内で危険があるわけでもなかった。ただ、少しばかり遠い鉱山が目的地であったため、移動時間が長かっただけで疲れてはいない。どちらかというと馬車の中で暇を持て余していたくらいだ。馬車の中で出来る仕事にも限りがある。
領主の遠出用馬車ということで、前の自分基準で言えばファーストクラスの移動手段のようなものではあった。しかしながら、馬車の中とは言え寝っ転がったりはしたない姿を晒すのは気が引けてしまい、体がガチガチに固まっていた。
敷地内を散歩ついでに、タクト用の離れに行こうと思っていたのだ。
「ヴィオラ様がお疲れでないのでしたら、喜んで」
はぁ、笑顔の推し尊い。
イエス、美少年。ノータッチ。
やはり意識せずとも多少の疲れがあったのだろうか。いつも以上に前のヴィオラのオタク思考に頭を乗っ取られながら、改装した離れまでを散歩する。
優秀な使用人たちは「離れまでタクトと散歩」というワードを聞いただけで、何かを心得たように自分のやるべき仕事をしにいった。お陰でタクトと二人きりで話すことが出来る。これは大変ありがたい。身分があるとどうしても誰かと二人きりということにはなりにくいのだ。
「実は、離れをタクトさん用に、と改装してもらっていましたの。
説明する暇もなく長期視察に行ってしまって無用な心配をおかけしてしまったかと…」
「あ、えーとその…はい」
離れが見えてきた段階で、そう告げるとタクトは面白いくらいに動揺した。
「あの…実は、マリアさんと少しお話をして…。外装だけちょっと見せて貰ったんです、すみません。
マリアさんのこと怒らないであげて下さい」
なるほど。マリアがアシストしてくれていたらしい。
タクトが根も葉もない噂、例えば「ヴィオラには公に結ばれない愛人がいる」だとかを信じていれば、この離れはその人物のためのものに見えるだろう。マリアがその誤解をといてくれたのだとすれば、怒るどころか金一封ものだ。
「怒るなど…私が言葉足らずだったせいでタクトさんには随分と心細い思いをさせていたと思います。重ねて謝罪いたしますわ」
「そんな、謝罪なんて。
あの、僕が勝手に思い込んでいただけですので、どうか顔をあげてください」
二人して謝り合い。
その様子は客観的に見ればとてもおかしなものだろう。それに双方思い至ったのか、同じタイミングでクスリと笑い出した。
「外はもうご覧になってるとのことでしたから、中も見てみませんか?
私も『タクトさんが気に入るように』という指示を出しただけですので、中がどう変わっているかはわかっておりませんの」
「はい、お供します!」
優雅な令嬢の仮面を被ってはいるが、ヴィオラは内心ものすごく緊張していた。
離れに入ったら、様々なことを告白する。そう決めている。タクトにどんな目で見られようとも。
離れの中は、使用人たちがとてもいい仕事をしてくれたようで、入った瞬間にタクトの目が輝いた。ヴィオラからすると『おとぎ話の中の小さな家族団らんの家』のような印象を受けた。優しげなタクトの雰囲気ともマッチするし、何よりお目々キラキラ状態の推しが見れただけで眼福ですごちそうさまですどこに課金すればいいですか状態だ。
実際問題として、この離れ改装そのものが課金なのだが。
「タクトさん、少しお話をしてもよろしいでしょうか」
「は、はい!」
緊張しているタクトを微笑ましく思いながら、ヴィオラは言葉を選ぶ。何から話してもなかなかに膨大な情報量だ。
「何からお話ししましょうか…。
まず、私は実は転生者なのです」
自分が転生者…前世の記憶があること。
前世の自分は30前の年齢であること。
だから、取り繕ってはいるが気を張っていない時の言動はとても令嬢とは思えないこと。
「このことは、セバスにもマリアにも言っていません。…薄々は別人と感じ取っているとは思いますけれど…」
「そ、そんな秘密を僕が知って良かったのですか?」
「…私がしたこととはいえ、タクトさんをガーネンシア家から逃げられないように婚約者に縛り付けた身ですから。
そのことは本当に申し訳なく思っているの」
元々、中身は令嬢ではない。そう告げた安心感から、少しずつ口調が元に戻る。素で話すことができるのはやはり楽だ。
「この離れもね。
逃げられないようにしてしまったあなたへの贖罪…の意味合いが大きいわ。これから先、タクトさんには何度も上流貴族として理不尽なことや大変なことが降ってくると思う。
私と顔を合わせたくない日だって、多分来ます。
そんなときのために、安心できる場所があるといいかも、と思ったのよ」
全て自己満足の結果だ。今、こうやってタクトに全てを打ち明けているのも『嫌われるのであればいっそ全て嫌って貰えるように』という感じ。つまりはやけっぱちだ。
「私は完璧な令嬢ではなく、異世界の一般人で、今まで生きてきた年数を考えればあなたの親であってもおかしくないの。
欺していてごめんなさいね」
「…あの、僕からも聞きたいことがあります」
ヴィオラの告白には何も触れず、タクトが質問してくる。
その表情がどうなっているか、恐ろしくてヴィオラは彼のことを見れないでいた。
「どうぞ」
「何故、僕を婚約者としてガーネンシア家に連れてきてくれたのですか?」
「それは…。
先ほど、私は前世の記憶がある、と言ったでしょう?
その前世の記憶の中に、あなたにそっくりな方がいたの」
推し、という概念がこの世界の人間にうまく伝わらないのは百も承知だ。それでも、できる限りの言葉をもって伝える。
どのくらい推しなのかを、オタク特有の早口になりかけながら伝える。
この熱量には正直タクトもちょっと引いていたが、幸いにもヴィオラはタクトの表情を見れないでいた。
「ただ、私はあなたに笑って欲しいと思ったの。推しにそっくりだったから」
とても正直すぎる言葉で締めくくる。
推しにそっくりだから、娶った。
飾り気も取り繕う気もない言葉だからこそ、タクトはそれが真実なんだなと感じ取る。
与えられた情報量が多すぎて処理しきれていないところはあるが、結局のところタクトはこの話を聞いてもヴィオラを嫌いになど到底なれなかった。
「推し、という概念は、あの正直よくわからなかったです。すみません。
でも最初の気持ちがどうであれ、ヴィオラ様が僕をあの環境から救ってくれたことは事実です」
「…そういえば聞こえはいいけれど…。気持ち悪くない? 中身はアラサー…あなたの親でもおかしくない年齢のおばさんなのよ?」
「ですがヴィオラ様はヴィオラ様ですし…」
少し前の自分と同じなのかもしれないとタクトは思う。
ヴィオラは「タクトが自分を嫌うに決まっている」という固定観念から離れられないようだ。思い込みの力はとても厄介だな、と人がそうなっているのを見てしみじみ思ってしまった。
「あの…ヴィオラ様。
僕に申し訳ないなと思って下さるのでしたら、ちょっと提案があるのですが」
「何かしら?
私は立場上ガーネンシア領を優先させなければならないけれど、それ以外のことならなんでも飲むわ」
「お金とかじゃないですよ。僕の実家じゃあるまいし」
そう言って見せるとほんの少しだけヴィオラが破顔した。
確かに、タクトがカネスキー家の一員にふさわしいような強欲な面を見せていたら、ヴィオラもここまでタクトを大事にしなかっただろう。
「僕、実は家族に憧れているんです」
「家族…ですか。それは、そうでしょうね。あの環境でしたら」
「でしょう?
なので、良かったら僕と家族になれるように頑張ってくれませんか?」
「へぁっ!!!!???」
ここ一番の令嬢らしくないヴィオラの悲鳴。というか、奇声。
それを見て、タクトは面白いなぁとは思えども忌避するような感情はない。むしろ、氷の令嬢とかいうよそ行きの顔や、タクトの前で見せた優しいご令嬢の仮面よりも好ましく思えた。
「ご存じの通り、僕家のことばかりで人との付き合い方もよくわからないです。
でも、だからこそ、ヴィオラ様と仲良くなって…折角婚約者という立場なのですから家族になりたいなぁって思うんです」
「それは私としても嬉しい提案ですけれども…」
「マリアさんたちに聞いたのですが、貴族の家族の形ってたくさんあるみたいですね。
婚約してから恋愛をするパターンとか、恋愛になれずお互い愛人をもって、それでも家を一緒にもり立てるパターンとか…。
僕らがどうなるかはわからないんですけど…折角婚約者にしていただけたことですし、僕もガーネンシア家に貢献できるように頑張りたいなって思ったんです」
「…辛いこともありますわよ?」
「はい。そういうときは、僕の愚痴だったり嘆きだったりを聞いて欲しいなぁって。
もちろん、ヴィオラ様の愚痴だって受け止めますから」
タクトが憧れた、物語の中の幸せな家族には、なれないかもしれない。
でも、もしかしたらなれるかもしれない。
何せ、二人はお互いのことをほとんど知らないのだ。これからお互いをよく知って、それから関係性を決めていけばいいとタクトは思う。
「…タクトさんは、私を甘やかしまくってどうするつもりなの」
これ以上ないくらい素直に言葉を伝えたところ、ヴィオラは令嬢として取り繕うこともできず顔を真っ赤にしていた。
「えーと、ですから、家族になりたいなぁって。どういう形になるかはわからないですけど」
「あーもう!
わかりました! 推しの頼みなら聞くしかないじゃない!
というか私にメリットありすぎてどうしていいかわからないのだけれど!?」
ヴィオラは完全に萌えギレ状態である。萌えを摂取しすぎてパンクしてしまったようだ。
そんな様子をタクトは面白そうに観察している。
始まりは自分の顔が好みだったからであっても、今はタクトという人間を好意的に見てくれているのだから問題はない。
「ふふ、それじゃあこれからもよろしくお願いします」
「私こそふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
今のところ、恋愛ではない。推しと恩人、それから婚約者同士という奇妙な関係。
それでも、これから先どうなるかはまだ誰にもわからない。
ただ、不幸せになる未来だけはありそうになかった。
ちなみに、慣れないタクトのエスコートで本邸へと帰った二人は、訳知り顔の使用人たちに大変祝福されたことを追記しておく。
ここまで応援ありがとうございました。
おかげさまで完走です。
このあとはいくつか短編を考えていたり、短編が長くなればまた連載を始めるかもしれませんが、これにて一度完結します。
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それでは今度は次回作でお会いできるよう頑張ります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。