医師と刺客
黒い人型の機械は捻じ切った人形の頭を左手に掲げ、まじまじと見るように顔を近づけた。
「うーん、どっかで見た気がしなくもないんだけどなぁ……」
その緊張感のない仕草と直前まで放っていた殺気とのギャップに軽い眩暈を覚えながらも、ジークは憎悪を滲ませ辿々しく言葉を発した。
「この野郎、俺の被験体に何て事を……」
その声でジークの存在を思い出したように、人型の機械はジークの方をくるりと振り返った。
「あぁ、まだ生きてましたか、ドクター。何よりです。貴方を此処で死なせる訳にはいきませんからね」
その気さくな物言いとは裏腹に、人型の機械はジークの襟首を右手でむんずと掴み上げ、左手の人形の頭を乱暴にジークの顔へ押し付けた。
「……然し、これは元々私達の研究なんですよ。それをお前は盗み、こんなしょうもない人形なんか造りやがっ……」
「よさないかっ!」
背後から伸びた腕に止められ、黒い人型はジークを掴んでいた手を離した。
「がはっ……」
唐突に襟首を離されたジークは顔面から着地し、暫くむせ込む事しか出来なかった。
「気色悪いことをしてるね、全く君って奴は」
一方、黒い人型を止めた少年は人型の腕を掴んだまま嘆息し呟いた。ジークは這い蹲った格好で咳き込みながらも、突如現れた少年を上目で注視した。
少年は濃紺のワンピースタイプのウェットスーツで全身を固めていた。頭頸部は黒のフルフェイスマスクで覆われており顔と髪型の識別は困難だったが、恐らくミーチャよりも低い身長と、一見華奢な割に筋肉の張りが良い引き締まった四肢のシルエット、そして初めに病室で対峙した人影よりもほんの少しだけ低い声から、ジークはその人間を少年と判断した。
ウェットスーツの少年は、咳き込み過ぎてぐったりしているジークを一瞥すると黒い人型へ冷ややかに言葉を向けた。
「君の任務は拷問じゃないだろう。ドクターに対して思うところがあるのは分からなくもないけどさ、マミーの指示にない事はしない方が賢明だと僕は思うね」
「……分かった、分かりました。もうしませんよ」
黒い人型は首を竦めるような動作をすると左手に掴んでいた人形の首を地面に落とした。それを拾い直し眺めながら、少年はぼそりと呟いた。
「……見覚えあるのかい?」
その問いかけに黒い人型は頭を横へ振った。
「何とも言えません。ですが、本体が生きていればいずれまた会えるでしょうよ。その時決着をつけますよ」
「……そうだね。今は研究成果の流出阻止が出来ていれば十分だ」
眼を細めて肯定すると、少年はいよいよ命の危険が迫る失血量で意識が朦朧とするジークの身体をひょいと担ぎ上げた。
「じゃあドクター、貴方も命と時間が惜しいでしょうから、とっとと行きましょう」
そして三人は暗闇へ姿を消した。




