凶手
頸部への衝撃に反応する事すら出来ず、リリィの身体は仰向けに吹き飛び倒れ込んだ。リリィに分かったのは、頸部を顎下から後頭部にかけて矢のような物が射抜いたという事だけだった。
その一部始終を間近で見たジークは咄嗟にその場に伏せた。そして身を低く保ちリリィへと這い寄ると、首をがばりと上げ光の飛んできた方向を確認した。その方向から歩み寄る黒い人型のシルエットに不気味な程静かな殺気を感じ取り、ジークは影を凝視したまま動く事が出来なくなった。
影は軽快に瓦礫の山を踏みしめながら近づくとジークの側で立ち止まり、ジークを一瞥するように黒い頭をむけた。炎の光を背に受けている為か、はたまたジークの意識が薄れていた為か、ジークには顔の識別は出来なかった。
影はゆっくりジークへ右手を伸ばした。
(……殺られる‼︎)
ジークは思わず眼を閉じた。しかしそれは杞憂だった。腕はジークの脇をすり抜け、リリィの頭を掴んで持ち上げた。そして影は首を傾げ呟いた。
「ん? おかしいな。即死の筈なんですけど。狙いは逸れてないみたいだし……?」
そのやけに機械的な、だが妙にコミカルな声の主を霞む目で睨み、リリィは喉に矢が刺さったまま答えた。
「……標的は脳幹部。確かに普通なら死んでた」
リリィは首から下が全く動かせないでいた。少なくとも脊髄は完全分断されてしまったのだろう。頸部の保護が不十分な身体だったとはいえ、ピンポイントで脊髄を切断する程の弓の腕前は只者ではない。そうリリィは直感した。
「もっとも、確実に仕留めたいならヘッドショットした方が良かったんじゃないかしら?」
矢はぎりぎり声帯を避けていたのだろう、声量が小さい事を除けばリリィの声自体に変化はなかった。しかしいつも通り減らず口を叩こうとするリリィの語調は動揺を隠せてはいなかった。
リリィの動揺を知ってか知らずか、声の主は信じられないと言いたげに小さく身を震わせた。
「ヘッドショットなんて可哀想な事、出来ませんよ。命を取るならばせめて相手の痛みを最小限にしてあげなければ。動物虐待になっちゃいますよ。そうでしょう?」
その機械的な声は語調こそ穏やかであったものの、人間を下等動物と見下している態度が如実に現れていた。人間以外の知的生命体か、並外れて超人的な能力を持つエクストラかもしれないと思いながら、リリィは油断なく声の主を睨み続けた。しかしそんな事などお構いなく、声の主はリリィの喉の傷口から流れ出る半透明のゲルに触れて軽く頷いた。
「……成る程。貴方も生身じゃない訳か。でも柔すぎじゃないですか? 矢一本で動けなくなるとか。不良品?」
人の神経を逆撫でするような軽い物言いに苛立ちを蓄積させつつも、リリィは一番指摘すべきと判断した一言へ反応した。
「貴方も?」
その反応に声の主は動きを止めた。
「ええ、見ての通り、私も生身じゃないんですよ」
そう言いながら声の主は片腕を肘からカコンと取り外してみせた。腕の断面には鈍く銀色に輝く配線が幾重にも重なっている様が見てとれた。全身が黒く見えていたのはリリィの眼が霞んでいたせいではなく、全身黒光りの機械の身体だったからなのだとリリィは気付いた。
「……でなければ、今頃消し炭になってたかもしれませんね。そちらのドクターのせいで」
心なしか忌々しげに首を振り、声の主は外した腕を元に戻す。そして何かを確認するように左耳の部分を指で数回押す動作をとった。
「それにしても貴方、見たことあるようなないような……。えーと、ブラックリストには記録なし、と。因みに貴方、『戦の世代』ですか?」
「……何よそれ」
聞きなれない言葉に機嫌悪そうな声で答えるリリィへ、声の主はもう十分だと言いたげに掌を広げて前へ突き出した。
「ああ、その言葉が分からないならば結構。やはり私の勘違いですね。ですが……」
再びリリィの頭を片手で掴み上げ、声の主はのっぺらぼうの黒い頭でリリィの顔を見るような動作をとりながら言った。
「貴方をこのまま生かしておくことは出来ません。巻き添えで申し訳ありませんが、死んで下さい」
その機械の顔の向こうに一瞬冷ややかな微笑が見えたようにリリィには思えた。
黒い人型の機械はリリィの頭と喉に突き立った矢をそれぞれ左右の手で握り。
六角ボルトをメガネレンチで締めるが如く、矢を捻り回した。
その瞬間、リリィの意識は闇の中へ散った。




