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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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瓦礫の下

 地下道から廃病院裏の出口へ到達した少年が見たのは、もうもうと燃え盛る瓦礫の山とそれを取り囲むように水を散布する花壇のスプリンクラーだった。爆破の衝撃で栓が開いたのだろうという事は察しがついた。

 少年はその炎に包まれた瓦礫の山を躊躇なくかき分け、探し人の名をひたすら連呼した。


「ジーク、ジーク‼︎」


 その声へ反応するように瓦礫の一部が崩れ落ちた。少年はそこへ駆け寄ると崩れた壁を蹴り上げかき分け、間もなく白衣姿の男を引きずり出した。


「ジーク⁉︎」


 虫の息のジークを両頬連続ビンタで文字通り「叩き起こ」すと、ジークは漸く薄眼を開けた。


「お前……あ、アイザック……か……?」


 重傷を負い意識の途切れかけていたジークだが、自分を起こした人物の正体が自分の造った人形である事は見て直ぐに分かった。


「……何故……此処へ来た……? リリィはどうした……?」


 爆発に巻き込まれ喉を焼かれたジークの声は、すっかりかすれ切っていた。それでもジークは精一杯の力を振り絞った。


「とにかく帰れ、アイザック。そのボディでここにいてはいかん」


 ジークはそう言い、自分を抱き起こす少年の腕を振りほどこうとした。しかしジークの腕をあっさりはねのけ、少年はジークの襟首を掴み上げた。


「……あんたねえ、もっと出来る奴と思ってたのに、ほんとがっかりよ」


 少年は頭を振り、確かにアイザックの声でそう言った。ジークは眼をぱちぱちさせて襟首を掴む少年を凝視した。何度見直しても、眼前の少年はアイザックにしか見えなかった。何より、自分の造った人形の欠点の一つである各関節の擦れる特徴的な音を聞き間違える筈がなかった。


「……お前、アイザック、なんだよな?」


 訝しんで尋ねるジークへ少年はにやりと笑みを浮かべた。


「半分はずれ。運動機能の制御は彼奴アイザックじゃないと無理みたいだから協力させたわ。でも中身は正真正銘……」


 その独特の言葉遣いと人を小馬鹿にした表情から、ジークが正しい結論を導き出すのは難しくはなかった。


「リリィか⁉︎」


 ジークの掠れ声に少年は黙って頷いた。


「……何てことだ。信じ、られない」


 驚愕に震えるジークを瓦礫の山へ突き落とすように襟首を放し、リリィは歯軋りしながらヒステリックに言った。


「そんな事より、何このボディ⁉︎ ほんとに最低限の運動機能しかないじゃないっ‼︎ アイザックの身体機能スペックで動かなきゃいけない事自体ストレスだって言うのに……‼︎」

「そんな事だと⁉︎」


 両腕で身体を支えながらジークは起き上がった。ジークにとって、リリィの発言は聞き捨てならなかった。しかしそれは自分が命がけで造り出した人形への冒涜が原因ではなかった。


「お前は俺の生涯を賭けた研究の先にあった事を今やってんだぞ⁉︎ それを『そんな事』で片付けようってのか、お前は‼︎」


 爆発に巻き込まれて重傷を負った人間とも思えぬ剣幕で、ジークはリリィの襟首を掴みながら膝立ちで食ってかかった。そんなジークを、アイザックが苛立っている時の数倍は冷たい視線でリリィは睨めつけた。


「前に言った筈よ、この研究は続けても無駄だって。せいぜい悪知恵の働く奴らに悪用されるのが関の山だって。あんたは私の教えた研究だけやっていれば良かったのに……それなのに、なんでまだ続けてたのよ⁉︎」


 非難のこもった声と視線がジークを射抜く。ジークは炎に照らされながらリリィを黙って睨み続けていたが、ちっと舌打ちすると襟首を突き離した。


「本来身体を持たないお前達に分かってたまるか」


 仰向けに倒れてそう言い放ち、ジークは両眼を左腕で覆った。爆発のせいで負傷した左脚の感覚と体温が確実に失われている事実に、ジークは自らの命のカウントダウンが始まっている事を再認識した。


「……あぁそんな、死ぬ間際になって、まさかこんなにあっさり糸口が見つかるなんて……‼︎」

「あんたねぇ、何を勝手に死のうとしてる訳?」


 悲嘆を滲ませたジークの掠れ声に反発するように、リリィは足元の瓦礫を蹴り崩しながら叫びジークの傍に膝をついた。その切実な表情を直視出来ず、ジークは反対側へ顔を向けた。


「あんたには続けて貰わなきゃならない研究がある。もっと大事な研究が」

「……相棒ウィルの記憶を戻す、だったか?」


 顔を背けたまま茶化すように相槌を打つジークへ、リリィはにこりともせず切り返す。


「あんたなら出来る筈。脳神経系の研究に生涯を捧げ続けた、あんたならね」

「……随分買い被ってくれるじゃないか。ええ?」


 右手で頭をかきながらジークはリリィの顔を横目で流し見て言った。


「でもな、俺だって人間だ。致命傷を負えば死ぬ」


 言いながらジークは自身の左脚へ視線を移す。活動性の出血こそ見られなかったものの、周囲の瓦礫は血で赤黒く染まり、赤々と燃える炎にワインレッドの暗闇を落としていた。瓦礫に埋まっている間に大量の血を流していた事は明らかだった。


「不死身の身体なら続けてやれたかもしれんがな。これではちと難しいだろ」


 自嘲と諦念を込めたジークの言葉に、リリィの表情が変わった。


「その言葉に嘘はないわね?」

「……は?」


 リリィの言葉の意図を図りかねたジークは思わず聞き返しながらリリィの顔を覗き込んでいだ。それをリリィは暗い闇をたたえた人形の眼で見返し言った。


「死より辛い道を開いてやろうって、言ってんのよ」


 リリィはジークの白衣の裾を引きちぎり左脚を縛ると、ジークの両脇を抱えて引きずり始めた。


「とにかくまずは安全な所へ逃げるの。あんたはそれまで死ぬんじゃないわよ」

「お前……一体何をしようって……」


 ジークがリリィの顔を見上げて尋ねようとしたその時だった。


 リリィの喉を、一筋の閃光が音もなく刺し貫いた。

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