星降る夜の夢
一方ウィルはというと、ミーシャへ鉈を渡した後、静かに眠りの淵へと落ちていた。或いは意識を失っていたというほうが正しいかもしれない。
ふと気が付くと、ウィルは満天の星空を見上げて小高い丘の上に立っていた。月が二つとも見えない分、星々はいつも以上に輝いて見えた。
ウィルはこの光景に見覚えがあった。施設を飛び出した日の晩の記憶だとウィルはすぐに理解した。しかし、それがいわゆる「走馬灯」と呼ばれる現象だとまでは気が付かなかった。記憶という映画の中の自分に憑依した状態とでもいうのだろうか、身体の動きは一切制御できなかった。しばらくは大人しく「映画鑑賞」しているしか方法がなさそうだった。
「お前さあ、ずっと俺と一緒にいるわけ?」
星空を仰ぎウィルは一人呟く。話し相手は言うまでもない。
〈当然でしょ。そういうつもりであなたを見つけたんだから〉
いつもの凛とした声が答えた。こんな事を言うとリリィにどやされそうだが、昔のリリィの声は多少なりとも可愛らしさがあるように思われた。
「見つけたって言われてもさぁ……俺には何のことだかさっぱりで……」
頭をかきかき面倒そうに言うウィルに、リリィは押し黙ってしまった。怒っているのか、呆れているのか。少なくとも、機嫌のいい様子は微塵も感じられない。
「おい聞いてる?」
〈……うるさいわね、聞いてる〉
しびれを切らし苛立つウィルの声に共鳴したように、リリィも不満そうな態度になった。こういうときは、どっちかが態度を変えないと状況打破はできない。そしてそれは二人の間に限って言えば、昔から自分の役割だった。
ウィルは地面に大の字になった。頭上の星々は相変わらず一つ一つ美しく瞬いていた。
「なあ、いい機会だからさ、お前の望みを教えてくれよ。なんかあるんだろ? こうやって俺と会話してる理由が」
〈望み……〉
軽い話題転換のつもりで話を振ったのだが、返ってきたリリィの声は予想外に重かった。自然、自分も真面目にしなければならないような気がして、ウィルはむくりと起き上がった。
胡坐座りになり、彼は再び空を仰いだ。
夜空を吸い込むように深呼吸し、一旦眼を閉じる。そしてゆっくり息を吐きながら、重い瞼を僅かに開けた。
「そう。……お前の望みは、何なんだ?」
何処へともなく発せられたかのような呟きに、いつもの凛とした声が答えた。
〈ずっと……変わらない〉
視界の真ん中で、星が一つ流れた。
〈私の望みは、貴方を護ること〉
リリィの声とともに、また一つ星が流れた。
「護るって……どういうことだ?」
ウィルはリリィの言葉に当惑した。自分なんかを護るためにリリィが自分の中にいるというのは、あまり実感が湧かなかった。
〈貴方の存在は死に近い。貴方に絡み続ける死神の鎖を断ち切る。それが私の望みであり、役割〉
リリィの表現は詩的過ぎて意図を図りかねた。俺が産まれる前からこんな風なのだったとしたら、きっと友達は少なかったに違いない。
「何だそれ。俺が死に近い存在って、何の事さ?」
微笑とも困惑ともつかぬ顔で尋ねるウィルに、リリィは少し呆れ気味に答えた。
〈……この前、死にかけた〉
もう忘れたのかと言いたげな口ぶりに、ウィルは益々困惑した。確かに先日、お花畑が一瞬見えたりしたが、「あれ」は臨死体験としてはノーカンだとウィルは思っていた。
「あ、あれは別に、そういうのとは違うだろ……」
もごもごと口の中で答えるウィルにリリィはきっぱり言い切った。
〈違わない〉
また星が一つ、尾を引いて流れていく。
流星群の極大時刻が近いのだろうとウィルは頭の片隅で思っていた。
〈これから先、貴方は何度も死にかける〉
予言じみたリリィの言葉は少なからず不気味さを含んでいた。
「何それ。未来が分かるのか?」
あまりに重い空気を払拭したくて、ウィルはわざとおどけたように言ってみせた。しかしリリィはあくまで真剣で、そして悲しそうに答えた。
〈残念だけどわからない。わかるならこんな回りくどいことはしていない〉
自分の無力さを噛みしめるような言い方は全くもってリリィらしくなくて、ウィルは狼狽えた。
「……でも、死にかけることはわかるんだろ? そもそもなぜわかる? そんなことが」
ウィルの問いにリリィは少し動揺したようだったが、直ぐにいつものきっぱりした口調で答えた。
〈貴方がそれを知ることで、貴方はまた死に近づいてしまう。だから言えない。言えないけど……〉
星空を見つめ、リリィは声に出して言った。
「私は貴方を護る。そして貴方は、この平和な世界で普通の暮らしをして普通に老いて死ぬ。……それが私の、ただ一つの望み」
「えらくきっぱり宣言するんだな」
リリィの事情は何一つ理解できなかったが、少なくともリリィは自分に早死にしてほしくないんだということだけは理解できた。首を傾げながらも、ウィルは今の自分にできる精一杯の返答をするしかなかった。
「……普通に老いて死ねるかはわかんないけどさ、簡単には死なないよう頑張るって」
そう答えたところで、急に頭上の星々が眩しく光り始めた。あまりの眩しさにウィルは眼を瞑った。
次に眼を開けたウィルの視界には、血の気の引いた顔で覗き込む三人の顔があった。