気弱な少年
ヘリが三人を乗せて発進すると、操縦手はヘッドホンを外して振り返り、もじもじとお辞儀した。
「……えっと、自己紹介遅れてすみません。僕はディミトリ・ノクターンと言います」
少年はウィルと同年代のようだった。少年らしい短めの茶髪は地の色らしかった。前髪も十分短いのに少年は右耳の近くの前髪だけピンで留め上げていた。それが幼さの残る顔立ちを更に可愛らしく見せていた。
操縦席を立とうとして一番肝心の説明が足りないことを思い出し、少年はぽすんと操縦席へ座り直すとわたわたと両手を広げた。
「あ、このヘリは今自動操縦になってますから、心配せずとも大丈夫ですよ?」
無駄な念押しを終えて再度操縦席から立ち上がり、少年はアンネに再びぺこりと頭を下げた。
「ウィルに聞いてるとは思うんですけど、僕もペクトラです。たまに一緒に仕事する仲間です。よろしくお願いします」
だがしかし、アンネは全く何も聞かされていなかった。もしやフィンが何か聞いていたのではないかと考え、アンネは隅に蹲っているフィンに声をかけようとした。しかし少年の話を聴いていない――聴いていたとしても、共用語がわからないフィンに返答できる筈はないのだが――様子のフィンには、何を聞いても無駄と思えた。次に床に寝転がっているウィルへと目を向けたが、ウィルはウィルで、仰向けになったままぴくりともしなかった。
「……ごめんなさい、貴方の話、何も聞いてないの」
少年を振り返りアンネは困惑顔で謝罪した。
「うっ、ウィルー!?」
少年はみるみる泣き顔になり、静かに横たわるウィルへ声を荒げた。
「君が呼びつけたんでしょ⁉︎ 僕の話くらいしといてくださいよう、全く!」
その憤慨した声に、ウィルは漸く腕を顔からどけて薄目を開けた。
「悪い、それどころじゃなかった」
「嘘だッ!!!」
ウィルの顔色の悪さなどお構いなく、少年は強い語調で言い放った。涙目の少年をウィルは上目づかいでじっと見つめていたが、徐に何処からともなく鉈を取り出した。そしてそれを黙って少年に手渡した。
「……これは何ですか? いったい何処から……?」
「斧のほうが良かったか? いずれにしてもゴミ山で宝探しは無理だぜ?」
きょとんとして尋ねる少年に、ウィルは顔も上げずに尋ね返した。その返しと直前の自分の発言を合わせて考え、少年は漸く差し出された鉈の理由――それはエクストラの持つコアな知識に由来するのだが、あえて明示する必要もない――を理解した。理解、したにはしたのだが。
少年は今度は憤慨し始めた。
「んなこと言ってるんじゃありません!! 僕のヘリに余分な積載をしないでくださいっ! 君って人は、もう……‼︎」
ウィルが鉈を持ち込んでいた理由よりも、ヘリの積載量が無駄に増えている事実の方が少年には重要らしかった。少年に元の話を続けて貰うべくアンネは話しかけた。
「えっと、私の名はアンネ•シーベルト。言語学者をしてます、初めまして」
爽やかに握手の右手を差し出し、アンネは更に尋ねた。
「ディミトリって事は、愛称はミーチャでいいのかしら?」
彼女の問いかけに、少年は涙を拭うと手を握り返し頷いた。
「本来の愛称はそうです。でもウィルが、ミーチャは言いにくいからミーシャでいいだろって言うので、そのままミーシャで定着してしまったようで……。女の子みたいな愛称は止めてくれって言うのにきかないし……ウィルの頑固者が……」
鬱々とした雰囲気を醸し、俯きっぱなしで少年はぶつぶつ呟き続けたが、突如ぱあっと明るい顔で顔を上げた。
「まあでも、僕も正直どっちでもいいんで、皆さんもミーシャってよんで下さって構いませんので‼︎」
そのあまりにコロコロ表情が変わるさまにアンネは目眩がしていた。
(なんか、掴み所がないわあ、この子……)
アンネは音を殺して溜息を漏らした。
「そう言えば、さっき下で話していた男性はどなただったんですか?」
ミーシャの唐突な質問にアンネは反応するのが遅れた。さっきの男性とはケインの事だろうか。
「推測ですけど……ウィルと皆さんの怪我の原因、さっきの方が関係してるのでしょう?」
ミーシャは探るような目つきで尋ねた。特別不審に思っている訳ではなさそうだが、今説明しても話がややこしくなるだけだろう。アンネは言葉を濁す事にした。
「まあ、ちょっとね。説明するほどのことじゃないのよ」
言いながらアンネは隣のフィンをちらりと見た。フィンは相変わらず、心ここに在らずといった表情で蹲ったままだった。
(……結局、フィンが裏切り者と言われた理由は分からずじまいか……)
アンネはヘリへ乗り込む前の事を思い出していた。
*
「麓まででいいから、倒れてる二人も乗せて行けないかな?」
ヘリから下がった綱をのぼろうとしていたフィンはそう言い始めた。アンネはすっかり呆れ顔になった。
「貴方、自分のされたことを覚えてないの? こんなひどい怪我をしておいて……」
フィンの痣だらけになった顔にそっと手を伸ばし、アンネは顔を顰めた。いくらお人好しとはいえ限度がある。助けた人間に逮捕されるなんて御免だし、自己保身位きちんと考えて頂かないと困る。
「でも、二人も酷い怪我をしてるし、人のいるところまでは送らないと」
本気で二人のことを心配するフィンにアンネが説教を試みようとした時だった。
「……その必要はない」
背後からのケインの声で、二人はそちらへ視線を向けた。ケインはまだ痛むであろう鳩尾をさすりながらも、何とか立ち上がっていた。彼は一言一言確かめるように話し始めた。
「気絶した男を一人担いで山を下りる位、俺には大したことじゃない。それにユーリの持ち物から危険物は取り除いたし、腕は拘束したまま担ぐつもりだ。背中から襲われることはまずないだろう。少なくとも俺の事は心配しなくて良い」
ケインはそこまで言うと険しい眼でフィンを睨みつけた。
「言っておくが、お前は国の裏切りものだ。それは変わらないし、今回お前と遭遇したことも国には報告する。だが……」
言い淀んだケインの表情は、いつの間にか険しさより気まずさが先立っていた。
「お前たちの逃げ足が良すぎて、足取りはつかめず逃げられた。どうやって逃げたかはわからない。不名誉だが、今回はそういうことにしておいてやる。本当はこんな所で逃がすわけにはいかない大罪者なのだがな……」
上空のウィルへと視線を向け、少し苦々しそうにケインは呟いた。
「あの子に感謝しろ。次は逃がさないからな」
二人が気絶している間にウィルとの間で何かあったのだろうが、現時点では知る術もなかった。とにかく今は逃げるのが先決だった。
「……そう言うことらしいから、ちゃっちゃと逃げるわよっ、フィン」
綱を掴みアンネは言った。フィンは最後まで悲しそうに顔を曇らせていたが、遂にケインに背を向けて綱を登り始めた。




