タフすぎる騎士
アンネがフィンとの会話を始めたちょうどその頃。
山道を登る一人の男性がいた。
彼は彼の国の密入国者について情報収集しており、仲間とともに容疑者の一人であるアンネ・シーベルトの身柄を確保するべく動いていた。
……筈だったのだが。
――一時間前のことである。
『だるいから、お前行ってきて。てか、お前なら楽勝だって』
『ふざけるな、任務は二人一組と決まってるだろうがっ!』
『大丈夫大丈夫、たかが小娘1人くらい、どーってことないっての。言語学者なら言葉も問題ないだろうしっ。じゃ、村で待ってるわ、俺』
失敗だった。
任務を与えられた際、よりによって隊で一番不真面目な奴と組まされていたことに彼は気付かなかった。その不真面目男は任務遂行など眼中になく、村に着くなり彼に面倒を押しつけ酒場に消えてしまった。
彼は一人で山道を登る事になった。しかし彼の不幸はそれだけに留まらなかった。なだらかな山道には数多くの地雷が埋まっていた。彼は危険察知に長けている所があったため地雷を踏む事はなかったものの、彼はわざわざ気づいた地雷全てを掘り起こし回収していた。そのため目的地への到達は結局遅くなっていた。律儀な撤去作業を続けながら彼は自分の迂闊さと地雷を埋めた張本人を呪っていた。
『ったく戦場でもあるまいに、なんだってこんな地雷だらけの山道を歩かにゃならんのだ……この国は私有地に地雷を埋めるのが当たり前なのか!?』
不平不満を独語する間にも、彼はまた通路上の地雷に感づいた。人気のない山道の地雷などそのまま無視して跨いでしまっても良いのだが、万が一にも自分が見逃した地雷のせいで、他の通行人に被害者を出してはならないと彼は考えていた。
(自分ができる最大限の努力で一人でも多く救いたい)
彼の信念はひとつだった。
彼がアンネの住居につながる石扉を発見したのは、二十八個の地雷を撤去し終え頂を見上げた時だった。
(ようやく本拠地へ乗り込むか……)
本来であれば周囲の鉄条網とのミスマッチに不信感を抱くべきところかもしれなかった。だがなまじ石扉の周囲に地雷はないと気付いてしまった事が油断を生み、彼には仇となった。彼は何の躊躇もなく石扉を前へ押し出した。
次の瞬間。
扉にヒビが、と思う間もなく、彼の全身を閃光と熱い爆風が包んだ。
*
地下室にいた三人は爆音のした石扉へと向かった。
『それにしても驚きだわ……』
『何のことだよ』
走りながら感心するアンネへウィルは尋ねた。
『だって、今日は地雷の爆破音を聞いてないもの。地雷を避けてあの石扉までたどり着くって、結構凄い人だと思うわ!』
『……それ以前に、俺らも同じ道を通ったのでは……?』
フィンは石扉の話を聞いた直後よりも更に顔を青くした。そんなフィンを振り返りウィルは言った。
『あれは俺が地雷ない道を選んだんだよ。人が通るにしちゃあ険しい道だったろ?』
『そんな抜け道あったの!? すぐに対策しなくちゃ!』
『『……頼むから、防犯対策で地雷設置なんかしないでくれ……』』
アンネの決断に男二人の懇願の声が重なったその時、三人は玄関の大扉の外へ飛び出した。中庭にはもうもうと粉塵が立ち込めはっきりとは視認できなかったが、粉々に砕け瓦礫と化した石扉の破片は確かに地面に散在していた。
『大丈夫かしらね、巻き込まれた人』
『お前の設置した爆弾だろ。他人事みたいに言、ってん……』
他人事のように呟くアンネへツッコもうとしたウィルは砂煙の中の気配に気づき口をつぐんだ。
ガラッ、ガララッ。
石の動く音が連続して聞こえた。続いて何やらぶつぶつ呟く声も聞こえてきた。
(……爆発の直撃受けて、動けるのか!?)
道中の地雷を爆破させなかったことと併せて考えると、相当な確率で只者ではない。ウィルの脳裏を「嫌な予感」が駆け抜けた。
(もし、俺の予感が的中したら…相当厄介だなこれは……)
ウィルはアンネに小声で何やら伝えると、フィンの襟首をつかみ建物の陰に引っ張って行った。あまりに強く首を締め付けられフィンは声を上げることもできず引きずられていった。 隠れられる位置まで来るとウィルは襟首を放し、代わりにジェスチャーで静かにするよう促した。無言で頷くフィンへウィルは耳打ちした。
『俺たちはここで待機。訪問者はやり過ごす。そのほうが面倒がないだろう』
『……アンネは大丈夫なのか?』
『あいつは一人にしても大丈夫だ。いいか、あいつに何が起こっても、俺がいいと言うまで、絶対表には出るなよ!』
息を殺してはいたがウィルの声には逆らえぬ力強さがあった。一旦は反論しかけたものの、ウィルの強い語調と睨みに気圧されフィンは渋々頷いた。
*
彼は程なく意識を取り戻した。
もうもうと立ち上る粉塵、自分の周囲に転がる瓦礫、全身に広がる痛みから、自分が爆発に巻き込まれたのだと気がついた。
……油断したか。
唇を噛み彼は立ち上がった。粉塵にむせこみそうになり、袖口で口元を押さえた。
『この国はこんな防衛手段を個人に許可してるのか⁉︎ 全く、俺の国なら問答無用で公務執行妨害だっつーの』
地雷処理の続きで愚痴を零した時、彼は粉塵の向こうに人の気配を察知した。おそらく女性が1人。他にはいないように思われた。
『……どなたかしら? 我が家の爆弾を発動させたのは』
煙の向こう側から女性の声が聞こえた。トキリア語で話しかけてきたことに彼は驚いていた。どこかから監視され、正体に気づかれていたという事か。だがまあいい。彼は服の汚れを払い咳払いをすると、背筋を伸ばし気配のほうへ言葉を発した。
『私の名はケイン・エルメス! アンネ・シーベルト殿でしょうか? 貴女には密入国の容疑がかかっているため、お話をお伺いしたいのです!』
――畜生、最悪のタイミングじゃねぇか……!
物陰の二人は黙って互いのひきつった顔を見合わせた。背中を冷たい汗が流れ落ちるのがわかった。




