無茶な電話
ウィルはオウトウを食べ終えると、三日後の昼に再びサクラの木の下で会う約束をした。本来の依頼を片付けてエマのエクストラの異変も調べるとなると、目処を立たせるにはその位の時間は必要だとの判断からだった。少し計算が甘かったかもしれないが、あてがないわけでもなかった。
「うん、待ってるよ」
微笑みかけるエマの表情が憂いを帯びているようにウィルには見えた。
*
街に下りると、ウィルは今回の依頼を寄越した仲間に電話をした。相手――ウィルはミーシャと呼んでいた――はウィルより一つ年上の少年だった。仕事上でも先輩にあたったが、本人の腰の低さのせいで、ウィルにとってはほぼ対等な関係になっていた。
「あ、ウィルですね? 大丈夫、話せますよ。依頼は受けられました?」
いつも通りの呑気な声が受話器から聞こえ、ウィルは肩の力を抜いた。
「ああ、おかげでな。聞いてた通り、難しそうな依頼だ」
「そうでしょう? 難しそうというか、あまり論理的でなさそうというか……とにかく、僕には専門外のようですので。ウィルが受けてくれて、すごく助かりましたよ!」
……つまりは何か、ミーシャ。お前は、自分が興味ないからやっといてくれと、そういうことだったわけか。
ウィルの顔が引きつった。ミーシャに文句の一つでも言ってやろうかとも思ったが、生活費がかかっているこちらとしても仕事を紹介して貰えた事は純粋に有難かった。今回だけは流す事にしてウィルは本題に入った。
「ミーシャ、依頼と関係あるかは分からないんだけどさ……」
関係ないことは百も承知だったが、そう言うとくそ真面目なミーシャは調べてはくれないだろう。目的を達成するためには時に詭弁も必要だ。
「調べてほしいことがあるんだ。エクストラだけが消えるなんて現象があるのか、あるならその原因が知りたい」
受話器の向こうでぽりぽりという音が聞こえた。ミーシャが頭をかいている音だった。
「……それはまた、情報源を探すの自体、難しそうな問題ですね。そもそも本当にあるんでしょうか? エクストラだけが消えるなんて。」
「俺も聞いたことない。ただ……いろいろ引っかかることはあるんだよなあ……」
教会を見上げながらウィルは呟き、そして思い出したように付け加えた。
「ああ、あとな、他にも調べて欲しい事があるんだが……」
ミーシャに一通り調べて欲しい事を伝えると、ミーシャは流石に疑わしそうな声を発した。
「……調べるには調べますけど……本当に今回の依頼と関係あるんですよね? それ。」
「だから、関係ある可能性があるから聞いてるんだろ? とにかくな、明日の昼までに調べてくれ」
さらりと無茶を言うウィルにミーシャは声を裏返した。
「へ⁉︎ そんなの無理に決まってるでしょう⁉︎」
「いいやミーシャ、お前はやれば出来る子だ‼︎ 明日の昼、また掛け直すわっ‼︎」
ウィルは半ば強引に電話を切った。これでミーシャは頼んだ事を調べ上げてくれるだろう。ミーシャはそういう奴だった。
*
その日の晩。
ウィルは宿屋の屋根の上に登って星空を仰いでいた。その日は月一つの晩にあたり、街は蒼い月光と静寂の星空に包まれていた。そんな中で眠い目を擦り、調査を依頼された謎の現象が起こるのをウィルは待っていた。
〈……ほら、眠るとまた仕事出来なくなる〉
(……ああ、ありがとな。リリィ)
予想外に大人しいリリィの対応にウィルは内心面食らっていた。いつもなら左手ビンタで文字通り「叩き起こす」位やりかねないのに。そう言えば、エマと妙な約束をしたことにもリリィは何もツッコんでこなかったと、ウィルはふと思い出していた。再び妙な違和感を感じていたその時、それは聞こえてきた。ウィルは反射的にがばりと起き上がった。
(これが例の……)
ウィルは耳をそばだて、闇夜に微かに響く声をしっかり聞き取ろうと試みた。そして間もなく、ウィルは聞こえてきたそれの意味を理解し瞠目した。
「あの歌……なぜここで……⁉︎」
狼狽しながらウィルは慌ててリリィへ話しかけた。
(お前、何か知ってるんだろ? どう言う事だ⁉︎)
〈……何も知らない。けど、貴方の推測は、概ね当たってると思う〉
リリィはただ淡々とそう告げた。ウィルは唇を噛み沈黙した。
*
翌日、寝不足で頭をふらふらさせながらウィルはミーシャに再度電話をかけた。エクストラが消える件については何も情報は得られなかったが、その他に依頼した案件への返答についてはウィルの予想の範囲内だった。内心そうであって欲しくはないと思っていた答えを突きつけられ、ウィルは話の途中で電話を切ってしまった。
部屋に戻りベッドに突っ伏すとウィルは枕に顔を埋め呟いた。
「……仮眠とったら、今晩、あの声の主に会いに行く」
〈……いいの? 今晩で〉
リリィの気遣うような声にウィルは黙って頷いた。




