桜下の踊り子
「……どこまで行くつもりなんだよ?」
ウィルは街の中心部から見て東側に向かった湖に接する山の中腹近く、緑茂る森の中を歩かされていた。
いくら今日一日ついてなかったとはいえ、塔の上で微妙な出会いをしたばかりの女にほいほいくっついてきてしまうとは。自分の能天気さと食い意地にウィルは我が事ながら呆れてしまった。
〈……本当にお馬鹿ね、貴方という人間は〉
自身の何倍も呆れ果てているリリィから延々お小言を頂戴し、ウィルは先を歩いている女に見られないように口を尖らせた。
(べ、別に、うまい果物だけが目的じゃねえよ……此奴の正体か、せめて妙な組織と繋がりがないか知っておいたほうがこっちも動きやすいだろ)
〈別に、わざわざ調べるほどの人間じゃないわよ。どうせ大した事もできないだろうし〉
慎重派のリリィらしくない消極的な返事に妙な違和感を感じ、ウィルはリリィを問い詰めた。
(……どうしたんだ一体? 彼奴のこと、何か知ってるのか?)
〈……別に、何も知らないけど……〉
リリィが言葉を濁したそのタイミングで女は急に振り向き、ウィルはびくっとなった。
「さあ、着いたわよ!」
女はウィルに微笑むと駆け出していった。ウィルも慌てて後を追った。
森を抜けたその先には草原が広がり、粉雪のように薄桃色の花びらを散らす立派な大木が一本そびえ立っていた。その幻想的な美しさにウィルは言葉を失いその場に立ち尽くした。
「……きれいでしょ」
ウィルは無言で頷いた。女は少し誇らしげな顔で花びらの中を踊るようにくるくる回った。その姿はただただ艶美だった。春の訪れに喜ぶ天女がいるとすればこんな風に踊るだろうかと、ウィルは頭の片隅で思っていた。
「サクラっていうのよ、この木。この街でサクラが咲いてるのを見られるのはここだけ。私のとっておきの場所」
そう言うと女はウィルの手をとった。
「な、何だよいきなり!?」
突然手を握られ面食らうウィルを女は不思議そうに見つめた。
「何って、果物あげるって言ったでしょ。こっちよっ」
有無を言わせずウィルの手を引っ張り、女は木の根元へと駆け出した。
「これよこれっ」
女は根元に置かれていた袋を拾うとウィルに中身を見せた。袋の中には艶やかな朱色のビー玉大の実がたくさん詰まっていた。小粒のリンゴのような形と艶やかさは見るからに美味そうで、ウィルは生唾を飲み込んだ。
ウィルの食べたそうな表情をすぐに察し、女は実を一つ、袋の中からつまみあげた。
「知ってる?これはオウトウという木の実よ。こうやって食べるの」
そういうと女はつまみ上げた実を自らの口の中へと入れた。実を噛み潰した際の破裂音と果汁の甘い香り、そして女の満面な笑顔がウィルの食欲をかき立てた。
女はもう一つ実をつまむと今度はウィルの鼻先へ差し出した。
「ほら、口開けて」
「ばっ……わざわざ食べさ……」
赤面し嫌がるウィルの口の中へ女は問答無用で実を放り込んだ。実を喉へ詰まらせそうになりウィルは一瞬目を白黒させたが、うまく実を口の中へ戻すと適度な弾力のその実をゆっくりと噛み潰した。途端に口内に甘酸っぱい果汁が広がり、ウィルは幸せのあまり酷いにやけ顔になっていた。
「ねっ? 美味しいでしょ?」
横から覗き込む女の得意そうな顔が癪に障り、ウィルは慌てて真面目な表情を繕った。
「……うん、この果物も悪くない。ほのかな酸味と甘味が絶妙なマッチだ。……その……」
そこで初めて女の名前を聞いていない事に気づき、ウィルは女の顔を見ながら口の中で種を転がし言葉を濁した。女は怪訝そうな顔でウィルを見つめていたが、直ぐにその意図を理解した。
「そういえば私の名前、言ってなかったわね? 私はエマ! エマ・キルシュバウムよ! あなたの名前は?」
朗らかな笑顔で差し出される右手をウィルは遠慮がちに握りながら答えた。
「……俺はウィル」
*
「この実はね、ここに咲いている花と同じ種類なんだよ。でもね、この木の実を収穫してもこの味は絶対出せないの。人間が実の美味しい品種を見つけ出して、更に美味しい品種を作り出したんだよ」
エマは植物について相当知識があるらしかった。特にサクラは彼女の一番好きな植物とのことで、エマは本当にずっとサクラのことばかり喋っていた。ウィルはその間ひたすらエマに貰ったオウトウを食べた。そのひとときは日が傾くまで続いた。




