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密やかな愛

維月は目を開いた。回りには維心と十六夜、蒼と碧黎が座っている。そして、将維が自分を抱くように横に寝ていた。維月は慌てて起き上がった。

「ああ将維が!私が止めたせいで…!」

維月は泣きながら叫んだ。碧黎が頷く。

「見ておった。陰の月の意識の消滅は我が確認しておる。維月よ…将維は残念ながら意識を戻す確率は低い。」

維月は目を閉じて動かない将維を抱きしめた。

「そんな…!」

十六夜が維月の肩に手を置いた。

「お前のせいじゃねぇ。オレだってあそこで将維を止めたろうよ。あれはオレ達を助けてくれた月の力でもあったんだ。最後に情けを掛ける気持ちも分かる。」

維月は泣きながら言った。

「それでも、将維より大切な訳ではなかったのに!私…陰の月の言っていた通り、甘かったのよ!この子は私を助けてくれたのに…!」

維月は将維を離さなかった。きっと戻ってくれるはず。時間は掛かっても回復して来てくれるはず…。

維心が言った。

「維月、将維をこの月の宮の我の対へ。そこで様子を見ようほどに。」

維月は頷いて、将維から離れた。

「はい、維心様。」

維心は維月を抱き寄せ、将維を気で持ち上げると、そのまま自分の対へと移動して行った。

残りの三人は、ただそれを見送るよりなかった。


それから一週間が経っても、将維が気付く様子はなかった。

ただ、死んでいる訳ではない。碧黎が言うには、精神が死ぬと、体もその役目を終えて命を終えるという。まだ、将維の精神は生きているのだ。

さすがに突然に宮を出て、代行の将維も居ないまま放っておく訳にも行かず、維心は将維と維月を置いて龍の宮へ戻った。そして、毎日暇を見つけては月の宮へ通った。夜は泊ることが多かったが、二人で将維を挟んで、まるで小さな子供に対してするように、三人で眠った。そうして維月はずっと将維に付き添っていたが、将維が目を開くことはなかった。

三週間目の夜、維心は昼に来て夕方、龍の宮へ帰った。維月は一人、将維の隣に横になって、月を見上げて、毎日そうしているように将維に言った。

「将維、今日の月は三日月よ。思えばあなたと初めてここで過ごした夜も、三日月だったわね…あの日は、雪が降った後で曇りがちで、あまり月は見えなかったけど。私達って血も繋がらないし、でも親子で、愛していて、親子って繋がりで離れることはないって甘えもあって、維心様が許してくださるのをいいことに、なんだかんだ言っても結構愛し合ってしまっていたわよね…一度だけって約束だったのに。数えきれないかも。それってもう、親子でないわね。維心様だって慣れて来て諦めちゃった感じ。私、やっぱり陰の月の性質を持ってるのかしら。人の世だったら大変よ?…でも、あなたはとても魅力的だと思うわ。陰の月が選んだもの分かる気がする…。」

将維はじっと目を閉じて動かない。維月は将維の髪を手で梳いた。

「さあ、もう休むわ。明日は目を覚ましてくれるかしら…早くあなたに会いたいわ。」維月は将維にソッと口付けた。「おやすみ、将維。」

維月は掛け布団を掛け直すと、将維に寄り添って目を閉じた。

頭上から、フッと息を付く音がした。維月はうとうとしかけていたが、そっと将維を見上げる。将維はいつものままじっと目を閉じていた。

維月がまたその胸に寄り添って寝る体勢に入ると、頭上から声が降って来た。

「…三週間もこの状態で」維月はびっくりして将維を見上げた。「何も出来ぬとは針のむしろぞ。戻って来るより仕方がないの。」

維月は開いたその目と視線が合って、胸がいっぱいになって声が出なかった。

「将…維…!」

将維は微笑んだ。

「思いの外時間が掛かってしもうた。待たせたの。」

維月は将維に抱きついた。

「ああ…!よかったこと!会いたかったわ…!」

将維は維月を抱き留めながら言った。

「知っておる。毎日毎日我を呼ぶゆえ…全て聞こえておったのだぞ?」と維月に頬を摺り寄せた。「あの折り、主が留めるゆえ…どうしても戻って来なくてはと必死であったわ。しかし主の声が我に聞こえて、意思の力が強くなったのも事実。なので戻って来れたと思うておる。」

維月は涙を拭いながら微笑んだ。

「よかったわ。本当に…。」

将維は微笑み返して、じっと維月を見つめた。そして身を起こすと、言った。

「…明日からはまた、我らは親子。我は父に礼を尽くすゆえこのようには過ごせぬ。」と維月に唇を寄せた。「だから良いであろう…?今日ぐらいは我を愛しておると言うのだ。のう、維月よ。」

維月は涙の中で微笑みながら言った。

「愛してるわ、将維。」

将維は微笑むと、維月を抱き寄せて口付けた。親子でもなく、恋人でもなく…だが、愛情だけは偽りのないもの。これだけは父にも負けぬと言いたい…。将維は、またいつ来るとも分からぬ夜なので、精一杯丁寧に愛情を込めて維月を愛し、それを心に刻んだ。


次の日の朝、維月から知らせを受けた維心が、月の宮を訪れた。

将維は、椅子に座って到着を待っていたが、維心が部屋に入って来ると立ち上がって頭を下げた。

「父上。」

維心は維月に手を差し出して傍へ呼び、維月がその手を取るのを待って将維に頷き掛けた。

「将維。大儀であったの。維月を無事に連れ帰ってくれたこと、感謝しておるぞ。主も回復してよかった。」

将維は少し頭を下げた。

「父上にも、大変にご心配をお掛け致しました。」

維心は満足げに頷くと、維月を見た。

「これで主も安心したであろう。では宮へ帰ってと言いたいところであるが、今戻ると七夕の行事にすぐに掛からねばならぬ。将維をそんなにすぐには、政務に戻らせたくないの。ゆえ、ここで七夕が終わる一週間後まで、主と共に静養すれば良い。」

維月は驚いた顔をした。

「でも、維心様…。」

維心は困ったように微笑んだ。

「まあ…我だって少しは情を持っておるわ。それぐらいの褒美を与えても、罰は当たるまい。」と、将維を見た。「主も休みなく政務に携わって参って、そろそろ少し休んでも良かろう。この一週間は我が代わってやるゆえ。ゆえ、こちらへはなかなかに顔を出せぬかもしれぬが、維月のことは頼んだぞ。」

将維はただ茫然と維心を見つめた。

「父上…しかしそれは…。」

維心はフンと背を向けた。

「なんだ、少しは喜ばぬか。我の気が変わるかもしれぬぞ?」と歩き出した。「ではな。維月、我を見送るのだ。」

維月は頷いて、維心に付いて部屋を出て行った。

将維は維心の背に頭を下げた。父は、この一週間をここで維月と共に過ごすことを許したのだ。

将維は父に感謝の気持ちでいっぱいになって、その念は、我知らず維心にも届き、維心はフッと笑って龍の宮へと飛び立って行った。


十六夜が、維月に言った。

「…維心がなあ…。あいつも将維はかわいいんだろうよ。自分の分身だと言ってたな。だからお前を助けると信じていると。結局将維は命がけでそれを成し遂げて、維心も感無量だったんじゃねぇか?普通なら考えられねぇじゃねぇか…あいつはそれは嫉妬深いんだからよ。」

維月は眉を寄せた。

「まあ、維心様をそんな風に言わないで。とても寛大におなりなんだから。私…でもね、維心様がそう言って下さって、とても安心したの。維心様も、きっと心を重視した考え方が出来るようになられたんだろうなって。」

十六夜は意地悪く笑った。

「いやいや、それは無理だろうよ。いきなりは変われねぇさ。でも、今回の事はほんとに維心も心配してたからよ。将維が戻って嬉しいんじゃねぇか?そのうちまた忘れて触るなとか言うんだって。賭けてもいいぞ。」

維月はぷうと頬を膨らませた。

「また十六夜ったら意地悪ばっかり言って。いいのよ、少しでも分かって頂けたら、それで。」

将維が遠慮がちに二人の部屋を覗いた。

「維月…?」

維月は振り返った。ここに居る時は、ここに置いてある維心の着物を着るので、本当によく似ている。まるで本人のように見える時もあった。

十六夜が明るく言った。

「おお将維!」と維月を押した。「連れてっていいぞ。期間限定だろ?オレは話はもう済んだ。」

維月は背中を押す十六夜を振り返って言った。

「ちょっと十六夜!まるで物みたいじゃないの!もう!」

十六夜は笑った。

「早く行ってやれよ。夫婦ごっこもいいもんだ。帰ったらまた、将維は一人なんだからよ。」

維月は将維を見た。将維は少し心細げに立っている。維月はそんな将維に、微笑みかけた。

「…維心様はすぐに手を差し出してくれるのよ?」

将維はハッとして、サッと手を差し出した。維月はその手を取ると、十六夜に笑い掛けてそこを出て、維心の対へと戻って行った。


それからの一週間は、将維にとって夢のようだった。

侍女が常待機している龍の宮と違い、月の宮は呼ばなければ来ない。なので誰にも邪魔をされる事はなく、二人で寄り添って話し、連れ立って庭を散策し、抱き寄せたいと思った時に抱き寄せ、唇を寄せ、それでも誰にも咎められる事はなく、そして夜は当然のように共に眠った。

居間で寄り添って話している時の近さも、不意に頬を擦り寄せて感じる幸福も、全てが将維には夢のようだった。

そして、それを今取り上げられている父にも、思いを馳せた。これを我に譲ってくださっているのだ…。

将維は深く父に感謝した。

最後の日の夜、将維は維月を腕に、庭を共に見ていた。明日は約束の日…。明日からはまた、いつものように戻らなければならない。

将維は維月に言った。

「明日には、この夢も覚める。」将維は思いの外落ち着いて言った。「しかし、まるで別の生を生きるかのようだった…我はまた、これで先を父を目指して生きようと思う事が出来た。父には深く感謝しておる。ほんに、どのように追い掛けても追い付く気がせぬわ。」

維月は微笑んだ。

「維心様はとてもお心の大きなかただわ。不幸な生い立ちであられて、長い間お心を閉じていらしたけれど、結婚してこうして良い息子にも恵まれて、本当に変わられたと思う…。私は維心様を幸福にさせてあげたいの。もちろん、あなたのこともよ、将維。あなたには絶対につらい思いをさせないようにと、小さな頃から心掛けていたのに…思いも掛けずこんなことで苦しめてしまって。私達もとても案じているのよ。」

将維は苦笑した。

「それは我の心の問題であるから」将維は維月を見て言った。「あまりにも大切にされたゆえに、愛してしまったのであろうの。まして、血が繋がらぬのだから…小さな頃には分からなかったが、惹かれても当然であったのだ。6歳の誕生日の時、主に問うたのを覚えておるか?」

維月は頷いた。

「母上を娶ることは出来ますか?とね。覚えているわ。とても驚いたから。」

将維は笑った。

「あの時は本気であった。主は母からいずれ離れて行くからと言っておったがの。そんな想いではないような気が薄っすらとしておったのだ。この身が龍の常より早く成長したのもおそらくそのため。陰の月の力であるの。主に見合うようにと考えたのだろう。」と、また月を見上げた。「父の分身であるなら、それも無理もないことよな。父の迷いのない想いは、そのまま我に受け継がれてしもうた。この姿ばかりでなく、心持ちまでそっくりと写しとったようになってしもうて。それでも、誰も愛せなかったことを思えば、我はこのほうがよほど幸福であると思う。これでいいのだ。これで我は、責務であるなら妃を迎えることもしよう。ま、通うはどうかは別の事として、妃の生活の保障ぐらいはしてやっても良いであろうしの。」

維月は顔をしかめた。

「まあ将維…妃にも人生があって、愛されたいと望むはず。あなたまでそんな、物のような言い方をするの?」

将維は少し黙って、ため息を付いた。

「…まだ分かっておらぬようだの。我は他に愛することなど出来ぬのだ。出来るならとっくにしておるわ。一夜ぐらいは通おうぞ。それも責務よ。だが、愛してやることは出来ぬ。我の妃として遇することはする。しかしそれ以上を望まれても与えることは出来ぬわ。」と、維月を見つめた。「父のことを考えてみよ。主の他に娶ることなどしないであろうが。同じことよ。父は妃を置くことすら拒絶して1700年も生きたのであるからな。それに比べれば、我は良いほうではないか?」

維月は黙った。確かにそうかもしれない。将維は、臣下のことも良く考える子だから…だから妃は迎えてもいいと言うのだわ。

「将維…。」

維月は言葉が見つからなくて、下を向いた。将維は維月を抱き寄せた。

「良い。そのように考え込む必要などない。どちらにしても、我は父が壮健なうちは妃など要らぬ。父が主を連れて世を去ったら、我も考えようと思う。主が世にある間に妃を迎えるなど…今はもう無理であるわ。」と、唇を寄せた。「主が我の妃であると、心の底で思うておるからの…。」

維月はその唇を受けながら、将維の幸せを考えた。確かに愛している。でも、確かに息子に対しての愛情でも、今はもうない。

お互いに、お互いのことを愛おしいと感じながら、それがどういう意味を持つのか、わからずにまた、最後の夜を過ごしたのだった。

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