16
夢を、見ていた。
幼き日の、思い出。他人と綴ったことのなかった時の、彼女の記憶。
彼は、覚えているのだろうか。
彼女ですら、うっすらとしか覚えていない、そんな遥か昔の記憶だ。
記憶というものは一日、また一日と新しく降り積もっていくものだから、埋もれていった記憶を引っ張り出すというのは、困難な作業である。
もう、思い出せない、というところまで、劣化している可能性だってあるものだ。
実際、彼女の記憶も劣化し、そのことは鮮明には思い出せなかった。
が、一つだけ。
強烈に、印象が残っているところがある。
それは、少しだけ暖かくて、少しだけ強引だった、彼の掌。彼女にとっては、初めての、他人の手の感触。
家族以外で、初めての温もりであった。
「こんなところにいたのか」
演習所からこっそりと抜け出し、現在はそこから少し西に位置するルルヌフの森の入り口。
木が密集して生えている中、突出して大きな木が一本あるのだ。
その木は、太さなんかは他の木と変わらないから、普通にしていれば他の木に紛れて、気がつかない。
そう、上を向いている時にだけ、その高さに気付ける、なんだか特別な木、なんて俺は思っていた、そんな場所の。
その木の根元に、ルシルはやっぱりいた。
「……何よ?」
普段の彼女らしくない、ぼそっとした聞き取りにくい声が返ってきた。
目元が、少しだけ赤くなっているから、泣いていたのだろうか。
「別に」
俺は特に気にしていない振りをして、彼女の元へと近づいていく。
――たぶん、ルシルはあの化け物が怖かったのだろう。
俺だって、怖い。
たぶん、あの二人――ダバルとフィリーネさんがおかしいだけで、こうした反応はおかしくないのだ。
人に似ているのに、全く違った構造をした生物。
まともなコミュニケーションを取ることが出来る知能、もしくは言語機能が存在せず。
また此方がコミュニケーションを取りたく無いと思う程にグロテスクな姿をしているのだ。
そんなもんが目の前に現れてみろ。誰だって驚くし、恐怖を感じるし、それが夢の出来事だと思いたい。
特に……普段から強がっているルシルからにすれば、キツイものがあるだろう。
最近は、怖がった様子が見られなかったからか、もうこの表面上の性格が完全に定着してしまった、とでも思っていたが、やはり根本までは変わらないらしい。
「……何笑ってるのよ?」
自然と頬が緩んでいたからか、そこをルシルに突っ込まれた。
まぁ、ルシルが無事で安心だったのと、彼女はそこまで変わってないんだなぁ、という懐かしさに少しだけ嬉しく思ったのである。
これは、仕方ないことだ。思い出に浸る時、大体の人間は微笑むんだから。
「べっつに~?」
「それ、キモい」
「ふざけただけで、容赦ないね、ホント……」
そう、昔から、彼女は容赦がなかった。それこそ、今の愚痴でも何でも言っているよりも。
ルシルは、正直な性格だった。
産まれた家の教育がそうさせたのか、俺にはよく分からないが、ルシルに初めて会った時には、既にそうだった。
その正直さ故か、彼女は嘘を吐かなかった。吐けなかった。吐くことが、苦手だった。吐くことが、嫌いだった。
だから、自分の思った通りのことを、すぐに言葉に出した。そして、他の人が嘘を吐いたことを、許さなかった。
それが例え、他人を傷つけようとも、他人が離れていってしまうようなキツイことでも、正直に告げた。
子供に夢を与えるような甘い嘘も、他人を守る優しい嘘も、その嘘を吐くいた者を非難した。
それが、悪いことだと、彼女は思えなかったらしい。
『私は悪くない』
その後、確か彼女はいつもそんな台詞を吐いていたと、親から聞いたことがある。
正直な私が、悪いはずがない。
嘘は、いけないことだ。嘘をつくなんて、後ろめたい人間がすることだ。
たぶん、彼女の頭の中で、そういった思考が固まっていたのだろう。
彼女は、そういったことから幼少期の間は、家族以外の人間とは殆ど喋らなくなったらしい。
そして俺は、そのルシルが人と話すのが嫌な時期に、出会ってしまった。
まぁ、昔のことなんで、詳しくは覚えていないけれど、何が気になったのか、彼女に問いかけたような気がする。
それで、いつの間にか、どういうわけか、彼女と話すようになっていたと思う。
話す内容なんて、まるで覚えてないけれど、彼女から結構いろいろと痛烈なことを言われた感じがするが、その時は父親のしごきで精神的に異様な耐性が俺はそれを普通に受け止めた。
怒りもせず、悲しみもせず、呆れもせず、抗いもせず、その言葉を受け止めた。
ただ、それだけだ。
それからだ。俺が何故だか知らないが、彼女の本音を聞かされるようになったのは。
それと、同時に。彼女は、処世術を覚えていくようになったのも。
普段の彼女は、いい子ちゃんとなり果て、代わりに俺の前ではいつもと変わらぬ毒舌及びに人を馬鹿にする発言等々。
今の彼女のような性格が形成されたのである。
他の人からは、あの時の彼女は子供時代の反抗期、なんて軽く受け止められ、今ではその傷跡は見かけないくらいに、さっぱりとしている。
が、代わりに、彼女にその傷跡は、残っていた。
傷つけた方が傷跡が残っている、なんて可笑しな事かもしれないが、彼女の心に少なからず影響を与えていたのだ。
その結果、彼女は他人にはある程度までしか、心を開かなくなった。
自分の言いたいことを言えない生き方は、それはもうストレスが溜まる溜まる。
そして、その溜まったストレスはどうなるか……それはもう考えなくとも分かるが、勿論俺へと向かうようになったのだ。
といってもストレスだけではなく、容赦のない大体の彼女の本音が、俺へと向けられているのだが。
「いつまで、こんなところにいるつもりだ?」
かといって、俺とルシルとの間に特別な感情は無い。
本音をぶつけられるからといって、ルシルが俺に好意的な感情を向けているとは、考えにくい。
「別に、アンタには関係ないでしょ?」
「お前さんの母親が心配してんだよ。だから、帰るように、言いに来た」
ただ、気を遣わずに本音をぶつけ合える関係。
「クレヴ、アンタに指図される筋合いはないけど――まぁ、親が心配してるから仕方なく帰ってあげる」
友達と言えば怒られ、仲間と言えば気持ち悪がられ、幼馴染と言えば冗談じゃないと返される。
ただの話し相手、というのが、俺とルシルの関係性である。
それは昔も今も、そしてこれからも、たぶん変わらない。
「それで、帰ろうって言った人物が、なんでこんなところに連れてくるわけ?」
再び、演習所A-1区画に戻ってきて早々に、早速ルシルに悪態を吐かれる。
化け物を嫌がって、あの場所に行ったのだから、ここでまた戻るというのが心底嫌なのだろう。
でも、俺と一緒に戻る辺り、俺を信用する何かでもあるのかもしれない。
「まぁ、合流したい人たちがいるからな、ここで待つってわけだよ」
「こんな、閉じ込められたような場所で?」
「それは発案した人に言ってくれ……」
ここで待て、と言ってきたのは、あの二人だ。俺は悪くない。
「それでその人たちを、いつまで待っていればいいわけ?」
「それは次の鐘が鳴るまで、って話になっているけど」
「……じれったい」
ルシルがぶすっとした表情をしたかと思ったら、腕を高く上に上げる。
一体、何の真似か。一瞬のタイムラグの後、俺は彼女が何をしようとしているか気付き、慌ててしまう。
天に伸びた腕の先――ルシルの手の方に、光が集まってきていたからだ。
それは、まるで太陽の光を集めたように強く輝き、まぶしく光る。
「何をす――」
何をする気だ、とそう言いきる前に、
「『エクスプロージョン』ッ!!!」
ルシルが遥か頭上で、爆発を引き起こした。
その光は、先ほど彼女の手に集まった光など微弱に感じさせるほどの輝きを放つ。
暴力的な光は地面へも降り注ぎ、俺の目を一瞬で痛めつけ、堪らず強く瞼を下げる。
そして、それに続くようにして、今度は爆音が耳を劈くような刺激を与えた。
「ぐぅ……」
何の備えもしていなかった俺は、思わず唸ってしまう。
視覚と聴覚、両方とも、こっ酷くやられた。
「わかりやすい合図も出したし、その人たちもすぐに来るんじゃない?」
「……あぁ、それと一緒に化け物も来なきゃいいけどな」
「その時は、文字通り"盾役"をお願い!」
回復してきた視力で瞳が捉えたのは、両手を合わせて可愛らしく頼み込むルシルの姿。
少し屈んで上目遣い、というのが余計にあざとく感じる。
「やだよ、俺だって嫌なもんがある」
「あの時、盾役でも壁役でもやってくれるって約束したじゃない!」
「いつの話だよ! そんなもん、破棄だ、破棄!」
二人してぎゃあぎゃあ口喧嘩を繰り広げること数分、ようやくお目当ての人物たちが戻ってきた。
「あ、フィリーネ!」
二人の姿を見た途端に、素早い変わり身で、猫を被るルシル。流石に数年の経験を積んでいるからか、凄く手慣れていた。
後、ルシルはダバルの方に目が入っていないのか、彼は完全に無視されていた。
彼の方が少し寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
いや、一方的にルシルに抱きつかれているフィリーネさんが羨ましいのか?
俺には判断がつきそうにない。まぁ、別にどうだっていいことだけど。
「ルシル、お久しぶりっす!!」
女子たちが一段落したタイミングを狙って、ダバルがルシルに声をかける。
やはり、好きな相手に会えたことで、いつもよりも数倍テンションが高いのだろう。
ダバルの声は、夏の喧騒を思い出させる。もしくは、工事現場。あるいは、おばちゃんたちの長話を。
「あぁ、うん」
嬉しそうな彼に対して、なんだかルシルの方は適当に流しているような気がする。
まぁ、そこで笑顔を崩さないというのが、彼女の手慣れているところだろう。
相手がストーカーでも、今は頼れる仲間となり得る存在なのだ。彼の機嫌は最低限損ねないレベルには装っている。
ダバルとフィリーネさんが、それぞれルシルに軽い会話を済ませたところで、少し情報の交換をすることにした。
ルシルからは、少し前に演習所で起きた出来事や、化け物が入ってきた予想経路など、現状で知りうる情報を語られ。
んで、俺は適当に嘘も交えつつ、ルシルを見つけたことを話し、そしてダバルやフィリーネさんは演習所全体の化け物の数や、どこにいるか、また……やられてしまっていた生徒のこと、なんていうものを喋っていた。
「それで、私が襲われた時より、化け物の数は減ってるのね?」
いつの間にか、会話の進行がルシルに委ねられている。
まぁ、他人の前では強がるし、ある程度のリーダーシップもあるから、まぁ適任と言えば適任だ。
生徒のことについて、追究しないのは、たぶん化け物の狂った戦闘意欲でも見ているからだろうか。
ダバルやフィリーネさんがここに他の生徒を連れてこない当たりで、彼らの無事を確認する必要がない、と悟ったのだろう。
既に命を失っていると、言わなくともわかるしな……。
「そうっすね。オレたちが倒した化け物の数と見つけた数合わせても、ルシルが見たのよりも少ないっすしね」
「どこかに移動したってのが、妥当だとは思うけど……」
指で金髪を弄ぶルシル。たまに見られる、彼女の考える仕草だ。
「それ以外だと後は……どこかで反撃があったとか?」
「それは考えにくいわね。周りにいた人たちは、怯えて逃げ惑っていた感じだったし。あったとしても、ごく一部ってところじゃない?」
お前も逃げたと同じようなものだろう、と軽口を挟もうと思ったが、意外と皆が真面目な空気を作り出しているので、控えておくことにする。
「……魔法学校の外、とかかな?」
ここで、フィリーネさんが小首を傾げて発言する。やはり戦闘時でないからか、少し遠慮気味だった。
「ここから一番近いのだと、ルルヌフの森とかいうふざけた名前の森になるけれど……」
ルシルは言葉の最後の方で少し言い淀む。
彼女が先程までいた場所ではあるが、塞ぎ込んでいたのだ。森の様子がどうだったのか、見る余裕はなかったのだろう。
「こんだけ人がいるところで暴れ回っているんすよね? その森に行くってだけで暴れる必要があるんすか?」
「考えても分からんだろ。それは一旦置いておくとして――これからどうするんだ?」
ここでモンスターについての可能性の潰し合いをしていても仕方ないので、話題を変更する。
場を温めてから本題に入るにしても、ここら辺でちょうどいいだろう。
「えぇ、そうね。じゃあテンプレだけど、皆の意見を聞いて多数決で決めるって感じで」
……ルシルからの提案で、また来やがったか、多数決が。
数の暴力。
少数派は、多数派によって淘汰されるという、あの平等の名を語った決め方。
俺は、今回の件で、少数派がいかに無力なのかを実感した。
自分の意見など、無意味なんだと思わされる、あの空気。皆と違うから、という理由で向けられる奇異の目。
言うだけ言った方がいい、なんていう甘い考えは、ここでは通じない。
その場では、数が多い方の意見が、絶対なのだ。
さて、心の中で愚痴ったところで、少しこの状況を整理してみよう。
これからどうするか、という提案に対し、ルシルは皆で意見を出し合い、最終的に多数決で決めるといった方法で、これからのことを決める、ということになった。
俺の意見としては……まぁ、まっすぐお家に帰りたい、というのが本音なのだけど、それはたぶん通らないだろう。
何故なら過半数が、過激派、もとい戦闘推奨だからである。
単純なダバルの思考を予想すると、
ルシルに自分の格好いい姿を見てほしい→だから化け物と戦う姿を見てもらう
――ってな感じで、考えていそうだ。
強さには自信があり、化け物が複数いても充分に戦える。
だから、片思いしているルシルに活躍をアピールする良い機会、彼が見逃すはずも無く。
たぶん、ここに残って化け物退治、というのが、彼の意見だろう。
そして、フィリーネさん。
彼女のことを、短時間でありながら良く見てきたことで、確信が深まったことがある。
それは、彼女はなかなかの戦闘好きであることだ。
戦闘狂、とは言いきれないかもしれないけれど、戦うことに楽しみを得ていることは、間違いないだろう。
となれば、ダバルと似通った意見になる確率が極めて高い。
後は、ルシルの意見だが。
あいつはなぁ……他人の前だと強がるから、二人の意見に乗っちゃいそうな感じもするんだよなぁ。
例え、本人が俺と同じく帰りたくても、だ。
まぁ、ここはルシルのことを信じよう。
期待のこもった眼差しで、じっとルシルのことを見つめる。
視線を感じたのか、ルシルはチラッとこちらを視線を返してくるが、嫌そうな顔をして、すぐに顔を逸らしやがった。
たぶん、俺の意思は伝わっていないだろう。
しつこく視線を送り続けていると、今度はダバルの方から鋭い眼光が突き刺さってくる。
大方、俺の目線をルシルに対して熱視線を送っている、とでも勘違いしたのだろう。
そんなわけないのに。ただ、俺は懇願していただけだ。純粋に家へ帰りたい、という願望を込めて。
ダバルみたいに、こんな状況でも色ボケ出来る程、俺は神経太くないやい。
……仮に、俺がルシルに熱視線を送っていたとしても、彼女は応えてはくれないだろうし。
だって彼女は、好きな人物に対しては、特に素を隠したがるのだから。
――結果は、聞くまでもなく。
本当に嫌な予想ってものは当たるもので、結局この魔法学校に残ることとなった。
俺としては、さっさとルシルをサラナ村に連れて帰って、無駄だと分かっていても、母を説得したいところなんだけど、もうここまで来てしまったら仕方ない。
本当に覚悟を決めて、化け物たちと戦うしかないだろう。
とはいえ、実際に奴らと戦ってはみたものの、1体を倒すのに、俺では時間がかかり過ぎる。
というのも、やはりスライムの火力、そして俺自身の攻撃力の低さにあるのだろう。
今更、それを嘆いたところで変わるはずもなく、今はこの状態で挑まなければならない。
「どこに行くんすか?」
目尻を垂らして、ダバルがルシルにすり寄っていく。
まぁ、ダバル自身、剣士育成所であるから、この土地のことをあまり良く知らないので、質問する分にはいいのだろうけれど、わざわざルシルにすり寄っていく必要はあるのだろうか?
彼らの距離が近づいていくたび、ダバルの顔は緩み、そしてルシルの表情が強張っていく。
「さぁ、どこにしよっかな?」
極めてわざとらしさの感じる、明るい声でルシルは返した。
まさかの無計画である。
まぁ、そもそも目的が化け物の退治、なんていうものだから、どこに向かう、なんていうのはないんだよな。
今は演習所をぶらぶらと徘徊し、出会ったら倒す、みたいな行き当たりばったりなことになっているし。
物音、では済まされないレベルの騒音を発生させたにも拘わらず、お目当ての化け物に出会っていないからか、少し空気としては緩み気味だが。
まぁこういった事態なんで、心に余裕があるって素晴らしいと思えばそれでいいのだろう。
フィリーネさんなんかは、目を忙しく辺りに巡らせて、いち早く敵を発見しようとしているし。
なんか、前にも思ったことだが、このパーティ、本当にまとまりが無い。
実力はあるので、大抵のことは何とかなりそうだが、手ごわい奴が現れたらどうなるだろうか。
例えば、あの化け物の頭領がいるんだとしたら。
仮に、あの化け物に人間並み、とはいかなくとも、ある程度の頭があるんだとしたら、やはり力で上下関係があったりするのでは、ないだろうか。
猿しかり、ある程度の知能があると考えるならば、他をまとめるリーダー的存在がいても、おかしくはないはずだが。
――とか、ふと考えてしまうけれど、その可能性はあんまり無さそうなんだよなぁ。
戦ってみたけれど、アイツらは一緒に行動していた割に、連携が取れていなかったし。
「クレヴ君は、どこに行きたいとか、ある?」
ルシルから話題を振られる。聞き方が、まるで遠足に行っているかのような気楽さだった。
まぁ、ダバルに聞けば関係無い話を長々と語ってきそうで鬱陶しいだろうし、フィリーネさんはあの状態だから話しかけづらいだろう。
そう考えれば、俺に振られるのも当然と言えば当然だ。
思わぬところで、いきなりやってきた決定権。
いつもの俺なんかでは、殆ど回ってこないであろうものである。
魔法学校の中でもそうだが、サラナ村、自宅ですら自分の何かしらの決定権があるかどうか。
そう考えると、少し悲しくなってきた。
「そうだな、お家とか――」
「「却下」」
今まで俺の存在なんて認知していないであろう人物たちに、意見を反対された。
俺の周りの人って、なんでこう理不尽な奴が多いのだろうか。
「じゃあ……」
仕方なく、真面目に他の候補を考えてみる。
「管理棟、なんてどうだ?」
「管理棟?」
ルシルが、不思議そうに聞き返してくる。たぶん、想定していなかった答えだったようだ。
「あぁ、普段入れない場所って、なんだかわくわくするだろ?」
少し芝居がかった笑みを浮かべてみせる。内心では、そんなことをこれっぽっちも考えてはいない。
管理棟。俺の今知り得る情報で、魔法学校のこと考えるならば、図書館に次いで安全な場所と言えなくもないのだ。
そういった根拠は、あのアスタールでの光景から来ている。
魔法学校へと帰る道のこと。俺が戻る際に通った人気のない道よりも、化け物は人が集まる道へと集中していた。
つまり、化け物は人などの声や騒音に、引きつけられる習性でもあるんじゃないか、と考えたのだ。
となると、うるさい場所とは反対の、人が少なく静かな場所は比較的に安全、と考えられる。
情報が数少ない中での推測だが、少なくとも適当に目的地を選ぶよりかはマシだ。
図書館の方は……また別の管理人がいるために、近づきたくない。
仮に俺たちの仲間となれば、心強いだろうけれど、彼の言葉を思い出す限り、彼はそこから動くつもりは無いようだし。
それに、一度現れた場所には、また出てきそうな気がしなくもない。
「それだけで場所を決めるってのも、おかしくないっすかね?」
そこに、ダバルから比較的まともな突っ込みが入る。
先程まで格好つけようと思考がいっぱいいっぱいになっていた人物らしからぬ発言である。
大方、俺の意見がすんなり通るのが、気に入らないといった感じだろうか。
「別に、特に決まってないなら、同じようなものだろ?」
「そうっすけどね」
不満タラタラそうな顔をするダバルだったが、ウジウジしているのが苦手な性分なのだろう。結局は俺の提案に頷いてくれる。
「フィリーネも、別に構わない?」
「……うん」
言葉少なく、フィリーネさんも肯定の意を示す。これで、一応過半数以上の賛成が得られたわけだ。
ようやく、目的地ができた。
とはいえ、それは一時的なものに過ぎず、目安に過ぎないかもしれない。
ただ、広大な敷地内を、なんの目安もなしに歩くのは、つらい。ずっと活動出来る人間なんて、いない。
例え、こんな危険な土地でも、休める場所が必要だ。
それなら、屋外よりも屋内。一時的ではあるが、腰を下ろせる場所が必要なんだ。
それくらいは、ルシルも考えているだろう。
だから敢えて、反対は出なかった。
拠点にするか、もしくは先生との合流を考えていれば、むしろ好意的に感じているかもしれない。
こんな、弱い俺が生き残っているんだ。化け物に襲われている、と考えれば不運かもしれないが、まだ生き残っている事実や強い人たちに囲まれていることを考えれば、幸運なのかもしれない。
どこからが、幸せで、どこからが不幸なのか。
そこの線引きは、よくわからない。
絶望からは、まだまだ遠い。幸せからも、遠い。
終わり良ければすべて良し、なんて言葉があるけれど、本当に。
このことはいったい、いつになったら終わるのだろうか?
そしてそれは、良い結果で終わるのか――それとも悪い結果で終わるのだろうか……?
ずっと停滞ムードでしたが、いよいよ物語が動いていく、かも。




