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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
第1部 出会い
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2

 ルシルが皆の確認も取らずに勝手に持ってきた依頼書にはこう書いてあった。

 『グルタウロスの討伐』、と。


 モンスターには危険度の等級というものがあり、下からD級、C級、B級、A級、そして実質空位に近いS級という5段階に振り分けられており、俺にとっては身近な存在になっているスライムなどは勿論D級の最下層に位置している。

 さて、(くだん)のグルタウロスは一体どこに位置するかというと、C級。しかも限りなくB級に近い、と言われるほどである。

 過去に父が100人程度の兵士たちと共にB級のモンスターと戦った事があるらしいのだが、その内70人の犠牲を強いた程の強敵だったらしい。

 つまり、よっぽど腕の立つ者で無ければ少人数で挑もうとしない相手に俺達は無謀にも挑もうとしているという訳だ。


「何でこんなもんを取ってきやがった?」


「だって誰も手に取って無かったし、金額が魅力的だったしね!」


 ルシルは満面の笑みで依頼書の報酬金額のところに指さした。そこには『50万(エギル)』と書かれている。

 50万(エギル)というと、まぁ普通に商店なんかの一月(ひとつき)分の稼ぎは楽々と超える金額だろうか。


「だとしても、こんなもんに挑んだら死んじまうって」


 今は、目的地の手前にある大きな森の中。

 何回目かの休憩をとっていた時、依頼の内容を聞き忘れていたことを思い出し、聞き出してみればこれだ。


「大丈夫だって。こっちには魔導師が二人もいるんだから」


 切り株に腰かけたルシルが、自分とフィリーネを指差しながら自信満々に無い胸を張る。

 確かに、魔導師というのは人間の筋力では到底不可能である程の破壊力を持った魔法を使える。

 さらに、魔法というのは便利なもので、攻撃、防御、回復といった様々な種類があるのだ。

 だから、優れた魔導師は兵士なんかよりも重宝されると聞いた事がある。


「んでも、まだまだ魔導師と呼ぶにはお粗末なもんだろうに」


 『魔法学校に通っているうちは、まだ三流以下。卒業してようやく二流』と魔法学校の校長が、そう言っていた事がある。

 よって、魔法学校に通っている内なんかは、まだまだといってもおかしくは無いのだ。


「で、でもルシルちゃんは学校でも先生に褒められるほど優秀だし……」


 そこに、フィリーネさんからの予想外の反論が来た。

 見たまんま、引っ込み思案っぽいのに。そんなフィリーネに目を向けると、ぱっと顔を下に逸らされてしまう。


「友人思いっすねぇ。それに比べて……」


 フィリーネさんに向けていた優しい目から一転して、ダバルは俺を睨み付けてくる。


「てめぇは何で最初から諦めたようなこと言ってんすか。そんなもん、やってみねぇと分かんねぇっすよ」


 やれば分かる、で挑戦したところ、死んでしまえば何もかも終わりである。人生にやり直しは利かない。

 一度きりの人生に無謀な賭けには出たく無いのが普通じゃ無かろうか。

 にしても、顔に(たが)わず強気な男である。俺にはとても真似出来そうに無い。

 多分、ダバルは物事を楽観視して死に急ぐ阿呆だ。気合でどうにかなると考えている、脳まで筋肉タイプなのだろう。


「んじゃ、そろそろやってみます?――」


 ルシルは褒めてくれたフィリーネの頭を軽く撫でると、ゆっくりと立ちあがる。

 その動きでさえも絵になるのだから、顔が整っている奴はズルい。


「――モンスター退治に」


 ルシルの言葉に、フィリーネとダバルが同時に首を縦に振る。

 やる気が充分あるのはいいけれど、チームワークの心配は誰もしていないのだろうか。

 まぁ、素人が立案した策だと思う通りにいかずに失敗する事があるというが、それでも考えなしに突っ込むよりマシだと思うのだが。






 さて、依頼の結果から言うと、出発前の不安が見事的中し、失敗に終わった。

 意気揚々に足を進める3人の雰囲気に引っ張られ、グルタウロスの住む巣に向かっていたのだが。

 その直前で、モンスターの大群と出会ってしまったのだ。


 危険度D級のイアンドッグ。大型犬より更に大きい体格をしているのだが、その見た目に対して特に強くはないモンスターである。

 だがしかし、その数が多過ぎた。

 しかも、ルシルにいい格好しいしようとしたのか、案の定一人でダバルがその群れの中に突っ込んで行き。

 背中に担いだロングソードを群れに向かって一振りしたところまでは良かったのだが、数の暴力には勝てなかったのかイアンドッグの波に飲み込まれてしまう。

 助けに行こうにも、数が多くて無理に突っ込めば彼の二の舞である。どうすればいいのか、と迷っていたところで。

 ルシルが得意の魔法である『フレイム』をいつの間にかに詠唱していたらしく、ダバルにイアンドッグの攻撃が集中しているところに、容赦無く『フレイム』をぶち込んだのだ。

 『フレイム』は、まぁ簡単にいうと火の魔法といったところか。

 自分の目の前に炎を展開させ、前にいる敵にぶつけるといった、シンプルな火系統の小規模魔法だ。

 まぁそんな魔法だが、魔導師の強弱によって威力がとても反映されるのだが、ルシルのは"優秀"と言われているだけあって結構な威力を持っていて。

 

 『フレイム』の炎が何体かのモンスターに着弾した瞬間に、一瞬で炎上した。

 普通、モンスターなんかは魔法に対して、『魔法抵抗』というものが存在する。

 その魔法抵抗というのは、魔法に対してどれだけ効きにくいかを表すものなのだが、例でいうと人間とかにある電気抵抗に近いもの、と言えばいいのだろうか。

 さて、そんな『魔法抵抗』だが、魔法を食らったとしても、ある程度の抵抗がある。

 しかし、それをもってしても、炎上を避けられなかったということは、だ。

 ルシルの『フレイム』はそれだけ凄い威力を秘めている、ということである。

 実際、俺は『フレイム』ごときでモンスターを炎上させるところなんて魔法学校にいた時には見たことはなかった。


「『フレイム』!!」


 そして、炎上したシアンドッグの群れが戸惑いを見せている間に、もう一発の『フレイム』がその中に放り込まれる。

 その火炎は更に勢いを増し、シアンドッグたちは四方に散り散りとなって逃げ出していった。


 そして、そこに残ったのは、シアンドッグにボコボコにされた挙句、火系統魔法を食らってボロボロの状態で横たわっているダバル。

 さりげなく何本か矢が刺さっていることから、俺が見ていない間にフィリーネさんも弓を引いていたのだろう。

 まぁ、ルシルと友達付き合いしている人間なんだから、彼女もああ見えて攻撃に関しては結構アクティブなのかもしれない。


 敵味方にボコボコにやられたダバルであったが、彼の丈夫さは素晴らしいもので、そんな状況に巻き込まれながら骨に損傷は無く、痣なんかの軽傷で済んでいた。

 ダバルがこんな状態に陥ったということもあり、少しも結果を残さないまま、このパーティは街にへと帰還することになったのだった。







 あの森から帰還した後、街の中央にある依頼ギルドという、依頼者と依頼を受ける者の仲介を担っている場所に依頼を返しに行った後、ダバルとフィリーネさんに別れを告げ、今は俺の生まれ育った村への帰り道である。


「まぁ収穫はなかったけれど、良かったよ」


「何が……?」


 落ち込んだ様子を見せるルシルが、俺の横に並んで歩く。

 ここ最近では彼女と一緒に帰ったことはないので、少し新鮮な気分だ。

 人を虚仮にするような言葉も言う余裕が心に無いからか、随分と大人しい。黙っているだけで受ける印象は結構変わってくるものだ。

 ルシルがいつもより可愛らしく見える。


「だってさ、誰も大した怪我も無く帰れたってのはいい事だろう?」


 その依頼ギルドにいた人たちの話によると、初めてB級クラスのモンスターと戦う人達は大抵重度の怪我を負うらしい。

 そんな事態が起こると聞いて、俺は胸を撫で下ろしていた。ダバルの尊い犠牲がこの結果を生んだのだ。そう考えると彼の行動は強ち馬鹿に出来ないかもしれない。


「あんな所でダバル君が倒れなきゃ、私がグルタウロスなんてパッパと片付けてやったのに」


「まぁ、そんな不満持っていながら巣に強行しなかったのは偉いと思うよ」


 そう、意外にもダバルが戦闘不可能の状態に陥った時、真っ先に街への帰還を提案したのは、なんとルシルであった。

 なんだかんだいって、彼女も人を大切にするところもあったりもするのである。

 結局、一日を無駄にした気がしなくも無いが、外に出るだけでも結構気分転換になったのだろう。

 しかし、比較的軽い足取りでいられたのも、村に着く帰路までの事だった。

 







 俺の生まれ育った村――サラナ村では、街との文化レベルがかけ離れている田舎である。

 しかし、田舎といっても遅れているのでも無く、進んでいるのでも無い、ある種他の村や街とは異なった文化を築いているのだが……まぁ、一般的な基準でいうなら田舎と評されるだろう。

 そんな村の景観は、長閑(のどか)ではある。住民が住む家以外に目的不明な建造物が建っているが、それを含めても街に比べれば静かなものだ。

 

――そんなサラナ村が、今はそんな雰囲気なんか見る影も無い程に酷い有様になっていた。

 地面はひび割れ、家なんかは屋根や壁が崩れ落ちており、中には原型のないぐらいに壊された家までさえある。

 夕食時ということもあってか、食事の準備をしていたのだろう。傾く太陽光以外にも、あちこちで上がる火の手が村を赤く照らしていた。


 混乱に陥った村の中で、逃げ惑う村人達。その混乱の中心部には、そびえ立つ3体のゴーレム。

 どういう目的があるのか分からないが、そのゴーレム達は腕を振り回しなながら移動しており、こうしている間にもどんどん被害が広がっていく。

 理解が追い付かず現実逃避しそうになる頭を押さえつつ、深く息を吐き出した。一旦、冷静になったところで隣にいるルシルに声を掛ける。


「ルシル」


 返事は無い。

 彼女の顔を窺うと、子供が泣き出す寸前の、青ざめた表情をしていた。

 そこには、シアンドッグに炎を振るうような強気な彼女の様子は全く見られず、寧ろ家を焦がしていく火にすら恐怖を抱いているとさえ感じた。


「ルシル!!」


 語気を荒げて叫ぶと、ようやくルシルは我に返ったのか何回かの瞬きの後に、彼女の表情は怒りに塗り潰された。


「あのゴーレムっ!!」


「少し落ち着け」


 今すぐにでも飛び出していきそうなルシルの肩を押さえつける。怒りの矛先が此方(こちら)に向きそうになったものの、どうやら短時間で心を鎮静化させたらしい。

 ルシルの瞳に理性の光が戻り、肩に掛けた俺の手を軽く払われる。

 そうしている間にも村の人達から悲鳴が上がるが、頭に血が上っているのでは空回りするだけだ。


「……村の人の避難が最優先ってことね」


「あぁ、余裕がある人には近隣の街から救援を呼んできてくれるようにも頼んでおけよ」


 ルシルの様子が落ち着いたのを確認すると、俺は東の方へと駆けだしていた。

 もう我慢の限界だった。隣にルシルが慌てた状態で無ければ、焦燥感に駆られ、すぐにでも走っていたに違いない。


「私一人にやらせようっての!?」


 彼女の叫び声が後ろの方から聞こえてきた。薄情だと非難されようが、人でなしと罵倒されようが、村の全員に恨まれても全然構わない。

 ルシルの前では取り繕っていたが、頭の中は母の安否が気になっていて仕方なかった。







「……頼む」


 走りながら、俺はひたすらに祈る。


「……頼むっ!」


 願う事は、ただ一つ。あの牧場に被害が及んでいない事だけだ。今まで生きてきた人生の中で、これほどまでに熱心に祈った事は無いだろう。

 せいぜい匹敵するのは、授業中に極大の腹痛に襲われた時くらいか。

 だが、かつての願いも、今の願いも、現実ってのは簡単にぶち壊してくれる。


 駆けつけた先――牧場のど真ん中には、目立つ物体が一つ見受けられた。

 その物体の正体は村に突如現れ、混乱を生んだゴーレムである。

 柵なんかは原型を留めておらず、動物のいる小屋の屋根は完全に消し飛んではいたものの――幸い母のいる家の方にはまだ被害が出ていないようであった。


「止まれぇえええ!!」


 喉を痛めるのも気にせず、悲痛な叫び声を上げると家へと向かっていたゴーレムに反応が見られた。

 このまま俺に注意を向けさせていれば、母には被害が出ずに済むだろう。


「こっちだ、ゴーレムッ!!」


 大きく両腕を高く振り、ゴーレムの注意を此方(こちら)に引き寄せようとする。

 だが、ゴーレムは最初の叫び声以降は反応を示さず、寧ろ家の方に興味を持ってしまったようだった。


「まさか……」


 俺の脳裏に、『魔造ゴーレム』の文字が浮かび上がる。

 実際、モンスターとして存在しているゴーレムは身体が鉱石などで構成されているのだが、命を持ったモンスターであるのだが、この魔造ゴーレムは例えるのなら人形といったところだろうか。

 モンスターのゴーレムと違って、魔造ゴーレムの場合は操り手がいないと動かないのである。

 だが、魔造ゴーレムとモンスターであるゴーレムの外見は正直俺には見分けがつかない。

 魔造ゴーレムの場合は国の管理下に置かれており、村に持ち込まれる理由など無い筈だ。

 かといって、モンスターであるゴーレムがここら一帯で発生したという話も聞いていない。

 だが、現実にはゴーレムが存在している。

 ……一回目以降反応を示さなくなったところから判断するに、恐らくモンスターである可能性は低いだろう。

 モンスターであるならば、単なる無機物を無作為に破壊するよりも、他の生物に向けて何らかのリアクションを取る筈だ。

 例え俺がゴーレムにとって何ら障害にもならない人間だとしても、無視はおかしい。

 それに、ゴーレムが敢えて俺が嫌がる方を選んでいる気がしなくも無いのだ。

 意思がある、となれば人が操っていると考えるのが普通の事。

 しかし、そんな事が分かったところで、何も好転しやしない。

 ゴーレムの重量感溢れる足取りが、此方(こちら)にも震動となって伝わってくる。

 こんな重いゴーレムが放つ一撃に、果たして家は耐え切れるのか。


「くそっ!!」


 いつの間にか止めていた足に活を入れ、ゴーレムの元へ駆けだす。正直、勝てるかも分からない相手だが、それでも――ただ何もせずに見ている訳にはいかなかった。


「こっちだってんだろう、がっ!!」


 ゴーレムとの間合いを一気に詰めて、固そうな足――近くに来て分かったが、岩で出来ていた――に回し蹴りを入れる。

 が、相手の方が重量があるからか、ゴーレムは全く微動だにせず、代わりに俺の足へと鈍い痛みが走る。


 そんな痛みに悶える暇もなく、ゴーレムの腕が俺へと迫ってくる。

 相手は振り向きもせず、なんだか羽虫でも払うような攻撃だが、その腕からは重い風切り音がまとわりついていた。


 それを俺は(かわ)そうとするものの、回し蹴りを放った体勢から立て直すことが出来ず――背中から思いっきりそれを受けてしまう。


「んぐっ……!?」


 全身を揺るがす衝撃に思わず息が止まるその。強打によって足が地面から離れ、身体が強引に宙へと投げだされる。

 かと思っていたら、その一瞬後に草の茂る地面に叩きつけられ、視界が暗転。


「がはっはへぁぁっ、はっ…………!!」


 衝突したせいか、チカチカとする視界を回復させるように、(まばた)きを繰り返しながら、呼吸を思い出すかのように思いっきり咳き込んだ。

 苦しい状況ではあるが、背中は思っていたよりかは痛く無かった。どうやら背負っていた盾が幸いしたようだ。

 今日初めて盾が役立ったことに自分の判断を自画自賛しつつも、痛みを堪えつつ身体を強引に起こす。

 そして、駆り立てる焦燥感を無理やり抑えつけ、俺は右の掌を肩の高さに構える。

 いつものように。

 魔法学校を辞めた後でもやっていたことだ。

 掌に魔力を集中させ、充実してきたところでそれを一気に解放。


――掌から光がはじけ、召喚魔法が発動される。

 スライムの召喚だ。

 数は、あの時と同じく10体。いつものように身体を震わせて、俺の目の前に姿を現した。


「いけ、突撃!」


 俺の声に、スライムは己の身体を弾ませて、ゴーレムへと向かう。

 弾力の反動を利用したその動きは、僅かな時間でゴーレムとの距離を縮める。

 そのゴーレムはというと、もう家の目の前に迫っており、腕を振り被り攻撃の動作に移っているところであった。

 スライムでは相手の攻撃を受け止めることは出来る程、頑丈では無い。だから――


「その右腕の肩辺りを狙え!」


 俺の指示に、スライム10体が全部ゴーレムの右肩に集まる。すると、ゴーレムの右腕は突如として拳が家に触れる前に停止してしまう。


――直接攻撃を受け止めるのではなく、関節の隙間にスライムを滑り込ませ、動きを封じたのだ。


 動作が停止した原因がスライムだと気付くと、ゴーレムは空いた左手でスライムを払う動きを見せる。

 だが、その前に俺はスライムたちを散開させ、此方(こちら)へと呼び寄せる。

 攻撃を止められたことでようやく俺に興味を示したのか、ゴーレムが此方(こちら)へとゆっくり振り向いた。

 最悪の事態は――まだ回避出来ていない。ゴーレムの興味が俺に移ったとはいえ、それはあくまで一時的なものかもしれないのだ。

 破壊活動が主だった場合、相手はただ単純にそれを邪魔する俺を先に排除しようと考えただけ。

 この状態で俺が逃げ出そうとも、ゴーレムが後を追ってきてくれるとは限らない。

 母を助ける為には、このゴーレムをどうにかせねばならないだろう。


 しかしながら、俺は必ずしもゴーレムを倒す必要は無い。

 時間をいくらか稼げば、ルシルが村人の避難を終えた後、他の街に救援を要請しているだろう。

 ルシルがゴーレムに挑んでいる可能性が無い訳では無いが、それでも救援くらいは呼んでくれる筈だ。

 救援が来るまで持ち堪えれば、状況は変わってくる。ゴーレムを倒せなくとも、誰かが注意を引き付けている内に母を助け出せばいいだけだ。

 この際、家については諦めよう。家は建て直す事は出来るが、命は失えば二度と戻ってくる事は無い。何事にも、命には代えられない。


 思考を巡らせている間に、いつの間にかゴーレムに接近を許していた。

 狙いは俺――ではなくスライム。どうやら先に仕留めやすいと考えたようだった。

 確かにスライムは最弱の部類であるモンスターだ。ゴーレムの一撃を貰えば一溜まりも無い。

 

――だが、その考えは実に甘い。


「下!」


 迫った勢いそのままに放たれたゴーレムのパンチは――見事に空振った。

 その目標のスライムはというと、身体を平べったい形に変えて攻撃を空振らせたのだ。

 (かわ)された事を特に気にしていないのか、ゴーレムはそこから間髪入れずに足の踏みつけに移る。


「U字!」


 それをスライムたちは足に合わせた形に身体を変形させ、それを難なく(かわ)してみせる。


――普通、スライムというモンスターは多少腕に自信のある人間であれば倒せてしまう弱いモンスターだ。

 だがしかし、それはスライムの知能が低いからその評価に甘んじているだけなのである。


 スライムは、その柔らかい身体を自在に変形させることが出来るモンスターではあるが、それをうまく使いこなす知能が無い。

 それをもし、俺がスライム達の代わりに判断してやれる頭になれば。


――こいつ等は、最弱から凄く厄介なモンスターへと変貌する!


 ゴーレムの連続攻撃が来るも、それをスライムは時に跳ね、時に沈み、時に(へこ)んだりと、身体の形を変えて次々に(かわ)していく。

 そして、攻撃が乱雑になってきたところで、防戦一方だった此方(こちら)から一気に攻勢へと打って出る。

 ゴーレムが左足を踏み出した瞬間に、スライムをゴーレムの左膝に集める。

 柔らかい身体を持つスライムは、可動部分である膝の動きを止め、そして前に重心がいったままのゴーレムはその体重を支えるはず左足が地面につかず、身体が傾き始める。

 バランスを崩した、この瞬間に。

 駆けだした俺は傾いている方向に合わせ、盾を思いっきり振りかぶる。


 渾身の一撃が決まり、鈍い金属音が鳴った後、岩の巨体は倒れ、その重量に耐えきれなかった身体がバラバラに砕け散っていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 極度の緊張と、急な運動で荒くなった息を整えつつ、ゴーレムが再び動き出さないか目を逸らさずに警戒を続ける。

 敵を倒した充足感に浸っている余裕は無かった。このゴーレムを倒したとしても、村の中にはまだ何体も残っている。

 気を緩めてしまえば、奮い立てた勇気も萎んでしまい、腰が抜けてこれ以上戦えないだろう。

 ……それに、ゴーレムの中にはいなかったものの、この近くにゴーレムを操っていた奴がまだ潜んでいる。


「――ふふふ、あははは!」


 唐突に高らかな笑い声が響いてくる。混乱に満ちたこの場に相応しくないその愉快げな笑い声は、どうやら空から聞こえてくるようだった。

 その声につられて視線を上にやってみると、そこには亜麻色で長髪の少女が宙に浮かんで腹を抱えている姿があった。


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